70 過去:彼が店長になった日 ③

 エクレルールさんと二人で買い物を終えて、店(予定地)に戻ってきた。

 結構な大荷物だったから、一人だと物理的に持てなくてエクレルールさんにも持ってもらうことになってしまったな。


「悪いな、荷物持ってもらっちゃって」

「いえ、私はマスターの手足ですから、これは当然のことです」


 とりあえず、重い荷物をどさっと地面におろしつつ、色々と仕分けをしていく。

 まだオープンしていない店内に、エクレルールさんの荷物が広がっていった。


「……ただ、失礼ですが少し意外でした」

「何がだ?」

「この世界の人間は、戦闘訓練を日常的に受けていないようですから。マスターがこれほど鍛えていることが……」

「俺はファイターだからな、それも結構強いと自負してる。強いファイターは身体能力も高いんだよ」


 別に鍛えてはいない。

 毎日ファイトに励んだら、勝手に強くなっていただけだ。

 それにしても、エクレルールさんは意外とよく喋る。

 思ったことを結構素直に口に出すし、こっちがそれを気にしないことをわかっている。

 元は偵察兵だったそうだから、観察眼が磨かれているのだろう。


「エクレルールさんは、鍛えてたのか?」

「はい。……今にして思うと、ファイターはファイトをしているだけで強くなるなら、兵士階級がわざわざ肉体を鍛える意味は……」

「…………身体を酷使させて、冷静な思考能力を奪うため?」

「……やめた方がいいかと思います。この話は誰も幸せになれそうにありません」


 そうだね……。

 いやほんと、なんというかエクレルールさんと話していると落ち着く。

 基本的に、俺は他人と関わる時、何かを教える立場であることが多い。

 普段から裏で様々な事件に追われていると勘違いされるくらい、経験豊富だと思われているからだ。

 だから俺と自然体で話すのは、それこそトウマやシズカさんみたいな俺と対等の立場な人間しかいない。


 けれど、エクレルールさんの場合はそうじゃない。

 本人の意識は、間違いなく俺を自分の主人だと思っている。

 だからこそ、彼女の発言はこちらを窺うような発言が多い。

 そのうえで、俺が遠慮を求めるようなタイプじゃないことをわかったうえで、踏み込んだ発言をしてくれる。

 話しやすいのだ、とても。


「マスター、ところで一つ疑問なのですが」

「どうしたんだ?」

「……ここは、一体どういった施設なのでしょう」


 ふむ、と少し考える。

 意外なことに、エクレルールさんがそういう質問をしたのはこれが初めてのことだ。

 ネオカードポリスも、各種店舗も、すべて何も言わずともそういうものだと納得していたのに。


「ここは、カードショップになる……予定の施設だ」

「カードショップ……ですか?」


 ああ、と頷く。

 まだ開店前なので、高額カードは置けないからショーケースはがらんとしているものの。

 ストレージにはカードがすでに置かれている、一目見ればそこがカードショップであることは見て取れるわけだが。

 そうか、エクレルールさんの世界にはカードショップという概念がないのか。


「……カードの販売と、ファイターへファイトスペースを提供する空間……ですか」

「意外か?」

「その……ファイトを娯楽として楽しむという経験がなかったもので」

「あー……」


 それはまぁ、納得だ。

 明らかに、圧政に苦しむ帝国の民であるエクレルールさんに、そういう感覚がないのは当然である。

 逆に、圧政の中での唯一の娯楽という方向性もありうるが。

 敗者が勝者に絶対服従の世界では、安易なファイトもできないか。


「この世界では、ファイトは楽しむものなんだ。誰もが当たり前にファイトを楽しんでいい世界。……不思議か?」

「…………はい」

「でも、エクレルールさんはこれからそんな世界で暮らすんだ。もう、向こうの世界には帰れないんだろう?」

「はい。敗北した以上、あちらに私の居場所はありませんから」


 それはなんとも、難しい話だ。

 エクレルールさんはそのことをこともなげに語っているし、同時にどこか寂しそうでもある。

 そして同時に、何かを恐れているようでもある。

 彼女の中にこのことでどれほどの葛藤があるのか、俺には推し量ることしかできないのだ。


「そうだな……とりあえずこの荷物を片付けたら――」


 軽く、フィールドを使ってファイトでもしてみるか? と。

 そんな提案をしようとした時だった。



「――マスター、お下がりください!」



 そう言って、エクレルールさんが俺をかばうように前に出た。

 ……なんだ? 誰かの気配を察したのだろうか。

 わからない、俺には何も無い空間しか見えない。

 ……いや、見えないってことはそういうことか?


「これは……ケモノ? 見たことないケモノです、どうして施設内にいきなり……」

「あー、少し待ってくれ。……よし、見えた」


 やはり。

 どうやら、精霊タイプのモンスターが入り込んでいたらしい。

 トラ型の……アレは、<サーヴ・タイガー>か?

 とあるカテゴリのサポートモンスターで、自身をセメタリーに送ることでエフェクトを発動できるカードだったはずだ。


「カードの……モンスター、ですか?」

「ああ、そうだ。もしかしたら自覚はないかもしれないが……エクレルールさんもカードのモンスターだよな」

「それでしたら、把握しています。睡眠をカードの中で行うこともございましたので。ですが、こういったタイプのモンスターは初めて見ました」


 ……確かに人型モンスターなら、カードの中に入れるけど。

 睡眠をカードの中で、かぁ。

 快適って話ではあるけど、絵面がヤバそうだ。


 とにかく、俺達は<サーヴ・タイガー>を軽く宥めてから作業に戻る。

 精霊タイプのモンスターは悪魔のカードになっていなければ、基本無害だ。

 <サーヴ・タイガー>もしばらくすれば、すぐに部屋の隅で丸くなって眠り始めた。


「それにしても……よくわかったな? 偵察兵だから、気配に敏感なのか?」

「はい。私は訓練を重ね、周囲の気配を察知することに長けています。今の<サーヴ・タイガー>も、出現の瞬間には察知することができました」

「ふうむ……」


 少し、考える。

 エクレルールさんは、柔軟性が高い。

 この世界にもすぐに馴染むだろう。

 それでも、生活基盤となるものは必要で……彼女は、元偵察兵。

 向いている職といえば、エージェント方面の仕事になるが……

 将来的に彼女が自分でやりたいと言ったならともかく、今すぐいきなり元の偵察兵としての仕事に近い仕事を紹介するのはどうなんだ?

 だが、かといって完全に元の生活から切り離しても、馴染むのに障害が増えるだけだろう。

 だったら……


「なぁ、エクレルールさん。今後のことなんだが」

「はい、いかが致しましたか? マスター」

「一つ、提案がある」


 提案ですか? とエクレルールさんが首を傾げる。

 ――彼女には、一つ向いている職業がある。

 偵察スキルをある程度活かせて、それでいて物騒すぎず。

 彼女くらいファイトが強ければ、むしろこちらからお願いしたいような。

 そう、すなわち――



「俺の店で、店員として働いてみる気はないか?」



 カードショップ店員だ。


「この店の……店員」

「そうだ。こういう店は、高価なカードを取り扱うから盗人に狙われやすい。そこでエクレルールさんの偵察能力の出番だ」

「なるほど……お心遣い、感謝いたします。マスター」


 どうやら、エクレルールさんもこちらの意図を察してくれたようだ。

 柔軟というか、頭の回転が早いな。


「そのうえで、もう一つ。君が俺の店で働いてくれるなら、君の俺に対する呼び方は……もっとふさわしいものがある」

「ふさわしいもの……ですか?」


 俺は、店内を見渡す。

 開店準備が八割方終わりつつある店内。

 本来働いてくれるはずだった、刑事さんの弟さんが異世界に召喚されてしまったために少し足が止まってしまっていたが。

 エクレルールさんが店員になってくれるなら、この店も最初の一歩を踏み出すことができるだろう。


 だから、



「店長、だよ。俺のことは、店長……って呼んでくれると、嬉しい」



 今日、この日。

 俺は店長になる。

 カードショップ「デュエリスト」の店長に。

 その最初の一歩を、今ここで踏み出したのだ。


「……店長」

「ああ、そうだ。ダメかな?」

「いえ……かしこまりました」


 少しだけ、エクレルールさんの顔から緊張が抜けたような気がする。

 俺を、少しだけ主人マスターと認識しなくてよくなったからだろうか。

 どちらにせよ、



「――店長」



 俺達は、ここから始まった。

 俺も、エクレルールさん――エレアも。

 

 すべてが、始まったのだ。

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