66 これが答えのラストファイト! 店長VSアロマ ③

 俺が出会った当初のアロマさんは、心に茨が絡みついていた。

 過去の経験が心を蝕んで、アロマさん自身を縛り付けていたのだ。

 それが、今。

 アロマさんは茨を恐れること無く手にとって、道を切り開くための武器にした。


「――わたくしには、ヒールファイターとしての才能がありました。ですが同時に、私が憧れたのは……師匠店長様の姿でしたの」


 そう言いながらエクスチェンジスーツの機能を利用して、アロマさんは自分の手に仮面と王冠を出現させる。

 両手に出現したそれを、アロマさんは大事そうに抱え込んだ。


「わたくしには、生まれ持っての才能と、なりたい願いが同時にありましたわ。ですけれど、それらは相反するものでどちらか一つしか選べない。ですが――」

「……ですが?」

「わたくし、まっぴらゴメンですの。何かを諦めて、別の何かを手に入れるなんて。そんなの、わたくしが憧れた師匠店長様がする選択ではない。ですのでわたくしは――選んだのですわ」

「何を、かな」


 すでに、その答えが何であるかを俺は理解している。

 けれども、だからこそ先を促す。

 アロマさんの背中を押した者の責任として。



「――全部、ですわ!」



 アロマさんが大事に抱え込んだすべてのもの。

 それら一つ一つが、アロマさんの答えだ。

 答えは、一つである必要なんてどこにもない。

 アロマさんがすべての答えを同時に望むなら、それは疑いようもなくアロマさんの答えなのだ。


「ブラックアロマも、プリンセスアロマも、わたくしはどちらも諦めません! たとえその二つを両立することがどれだけ困難であろうとも!」


 <茨姫騎士>を手に入れたことで、アロマさんはプリンセスアロマの戦い方に目覚めた。

 一見すれば、彼女の振る舞いはそう見えるだろう。

 しかし、違う。

 違うのだ。

 俺にはわかる、アロマさんは――プリンセスアロマの戦い方に目覚めてなどいない。

 <茨姫騎士>はあくまで、ブラックアロマ――ヒールファイターとしてのアロマさんの戦い方を補強するためのもの。

 エースカードとして、見栄えが改善されたことで多少はロックバーンの印象を拭えたものの。

 あくまで、このカードの本質は牢獄ロック蹂躙バーン


 そう、だからアロマさんは今――


「故に、わたくしは――わたくしの意志で、二つを両立させるのですわ!」


 

 本当に、ただそれだけのことなのだ。


 爆発が収まり、煙の中からボロボロになった<茨姫騎士>が現れる。

 その鎧が少しずつ剥がれ落ちていく。


「そうして手に入れた、ヒールと、プリンセス。二つの戦い方……それはわたくしがプロファイターとして、エンターテイメントを届けるためのもの。ですが、わたくしも一人のファイター……絶対に、負けたくない時はありますの」


 故に、アロマさんは宣言する。


「だから、その全部を追い求めることにしましたわ! このカードは、勝利を追い求めるわたくしの全力! ブラックも、プリンセスも関係ない、アロマとしての切り札ですの!」


 アロマさんが、今。

 彼女の戦いの中で手に入れた答えを、ここで形にしようとしている!


「<茨姫騎士>は破壊された時、その真の姿を天へとさらしますわ、現れなさい」


 そして、手をかざしてそのモンスターを呼び出した。



「<薔薇楼の茨天使>!」



 騎士としての鎧は砕け散っていた。

 そこには一人の少女が残る。

 少女の背には茨の翼。

 天から授かった薫陶を携えて、それまでの<門番>、<茨姫騎士>にあった体にまとわりつく茨の紋様は存在しない。


「出ましたね……アロマの最後の切り札」

「<茨姫騎士>が破壊されたときに、手札、デッキ、セメタリーからサモンされる……です」


 アウローラさんと、アリスさんがこぼす。

 二人は、このカードの存在を知っている。

 当然だ、何度も隣で彼女の戦いを見守ってきているのだから。

 そして、俺もまた。


「……手に入れたんだな、<茨天使>」

「はいですわ」


 なぜ知っているのか?

 単純だ、<茨姫騎士>に<茨天使>をサモンするエフェクトがあるのは最初からわかっていた。

 <茨姫騎士>を彼女に手渡した時、そのエフェクトは俺も確認しているからな。

 それにしても、アロマさんはどこでこのカードを手に入れたのだろう。


「感謝いたしますわ、――――エレア様」

「…………え、私ですか!?」


 え、エレア!?

 正直、俺も想定していなかった場所だ。

 一体どこから……?



「貴方から頂いた、あのカードパック。このカードはあそこから手に入れたんですの!」



 …………

 俺とエレアが沈黙する。

 周囲の人々は気にしていないようだが、俺とエレアはなんとなく気まずい。

 だってアレは、エレアが散々買い漁った<ミチル>パックの残りものなのだから。

 残り物には福があるというけれど、そんな福のありかたってある!?


「デビラスキングとの最終決戦を前に、アウちゃんと二人でデッキを強化することになったのですわ。その時、このパックを開けようということになりまして」

「え? なにそれお姉ちゃん聞いてないです」

「アリスさんは、プロとしてヨーロッパに行っていましたから……」


 つらつらと思い出を語るアロマさんに、何かアリスさんが反応した。

 アウローラさんに嫉妬の目線を向けるんじゃない!

 ハクさんがわかるわぁ、みたいな目でアリスさんを見ているぞ! あの人の同類になりたいのか!?


「わたくし、パックを開封するって初めての経験だったのですわ。今までは、そういったことは使用人の仕事でしたから」

「何か、世界が違う話ですね……」

「そうか? うちもパックはいつも竜刃リュウナが開けているが」


 自分でパックを開けないのがお嬢様仕草ってなんだよ。

 いやでも、友人とパックを開封する経験が初めてなら……きっと素敵な思い出になったのだろう。

 それならまぁ……アロマさんの経験を彩る1ページってことで、いいか。


「流石は師匠店長の奥様! エレア様にも、きっと師匠店長様のような素晴らしいお考えがあったのでしょう……! 改めて感謝いたしますわ!」

「んげっふ!? ごほっごほっ」

「エレア!? 大丈夫!?」


 なんかすごいことになってしまったぞ……。

 いや、とりあえずファイトに戻ろう。

 長々と、話し込んでしまったからな。

 なお、アロマさんの言動に違和感を持つ者はこの場に誰もいなかった。

 まぁ、そっすよね……奥様……。


「こほん……さぁ、続けようアロマさん!」

「ここから先は、師匠店長様にとっても未知! 勝利するのはわたくしですわ!」

「やってみなければ、わからないさ!」

「いいえ、ここで終わりますわ。カウンターエフェクト! <花園の決闘>!」


 フィールドに、薔薇の花園が出現する。

 自身のモンスターの打点を上げたうえで、強制的にバトルさせるカウンターエフェクトだ。

 これにより素の打点は<メタトロン>が上回っていたが、逆転された。

 どころか、ここまでの戦闘で、これを許せば俺のライフが尽きてしまう。


 無論、<メタトロン>には打点上昇効果がある。

 あれは打点を上昇しつつモンスターの攻撃対象を変更する効果だが、打点上昇だけを行うこともできる。

 問題は、それを発動できるかどうか……だが。

 すくなくとも、<茨姫騎士>のような常時発動効果はないようだ。


「ここで踏み込まないのは、全力で戦ってるとは言えないな! <エクス・メタトロン>のエフェクト!」

「させませんわ! <茨天使>は相手のエフェクトが発動した時。手札を一枚捨てることで、エフェクトを無効にし……破壊! さらに破壊したモンスターカードがセメタリーに送られた時、その攻撃力分のダメージを相手に与えますわ!」

「何!」


 これまでの効果を、一つにまとめたかのような効果だ。

 これでは、俺は戦闘を行っても行わなくても敗北が確定してしまう。


「更に、<茨天使>は自身がこのエフェクトを使用した時1ターンに1度、セメタリーから<薔薇楼>カード一枚を手札に加えますわ」

「そして、無効効果に使用回数の制限はない……か」


 つまり、手札が一枚あれば1ターンに2度妨害を行うことができる。

 仮に二度目の妨害を行わなくても、次の展開に使用するカードをセメタリーから呼び戻せる……と。

 強力な効果だ。


「無効効果は、店長の影響を感じますね」

「まぁ、憧れの人のエースカードの効果だものね、解るわ」


 なんて、エレアとヤトちゃんの声が聞こえてくる。

 少し気恥ずかしいが……


「だが、そのエフェクトにも弱点があるな」

「あら、そうですの? 万能の無効エフェクトですわ、弱点なんて――」

「セメタリーからの回収が、エフェクトの処理後に発生する点だ。アロマさん……君は今、この瞬間だけは<茨天使>の無効エフェクトを使えない!」

「!!」


 <茨天使>の無効エフェクトで手札を捨てるのはコスト。

 その後、<薔薇楼>カードを回収できるとしても、それは無効エフェクトに関する処理が全て終わってから。

 なので、この瞬間に使用したカウンターエフェクトは無効にできないのだ。


「俺は<古式からの新生エンシェント・リバース>を発動! この効果で、<エクス・メタトロン>をセメタリーへ!」

「自身のエースをですの!?」

「ああ、破壊エフェクトが処理される前に、コストとしてな! そして、同じレベルのモンスターを手札、デッキ、セメタリーからサモンの条件を無視して呼び出す!」


 すると、<エクス・メタトロン>が手をかざし、そこに光が生まれる。

 その光を<メタトロン>が押し出した後、<メタトロン>は一つ頷くとフィールドから姿を消した。


「これにより、<メタトロン>は破壊されずバーンダメージは発生しない。そして、呼び出すのは――」


 観客とアロマさんが見守る中、俺はそのカードを呼び出す。



「現われろ! <大古式聖天使エンシェントノヴァ ソーン・セントプリマ>!」



 それは、翼を水晶の茨に変えた<茨天使>だった。

 言うまでもなく、<茨天使>の他人の空似モンスターである。


「もうひとりの……<茨天使>ですの!?」

「俺のファイトを見たことあるなら、アロマさんも知ってるだろう? 俺はファイトする相手のカードをモチーフにしたカードを入手することがあるんだ」


 その入手先は様々で、カードの買い取りだったりパックから湧いてでたりと様々だ。

 今回の場合は……ファイト工学研究所でのカード生成実験で生まれたパックの中から……だ。


「そしてこれは……俺がアロマさんに見せたいものでもある」

「見せたいもの……ですの? それは……」

「何、ファイトを続ければいずれわかるさ」


 俺は、アロマさんの一件を遠くから……けれども密接に見守ってきた。

 その中で、俺も色々と感じて、考えてきた。

 アロマさんの出した答えに対する、俺の解答。

 それを今から、ファイトでお見せするとしよう!

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