65 これが答えのラストファイト! 店長VSアロマ ②
かつて、世界には闇があった。
その闇を払うべく、姫騎士――プリンセスアロマは旅にでた。
しかしその最中、プリンセスアロマは闇に囚われてしまう。
そうしてブラックアロマと化したアロマは、けれども一人の勇者の手によって洗脳から解放された。
プリンセスアロマは自身を解放してくれた勇者に感謝しつつも、闇は強大であると語る。
そこでプリンセスアロマは、勇者に対し一つの試練を課すこととした。
それは自身に勝利すること。
これが、アロマさんの「勇者に試練を与える姫」スタイルの全容だ。
<庭園>は破壊されたあと、<薔薇楼>モンスターを手札、デッキ、セメタリーから呼び出す効果がある。
それによって呼び出された<茨姫騎士>こそが、アロマさんのエースモンスター。
俺が手渡したカードだ。
「なるほど、自身を試練を与える裁定者に見立てたか、香の民よ」
「……それの何がなるほどなんだ?」
「ふふ、熱血の民にはわかるまい」
いつもどおりの不遜な笑みを浮かべて解説するレンさんに、問いかけるのはネッカ少年。
ネッカ少年の言葉に鋭い笑みを浮かべるレンさんは、同級生に大人ぶりたいんだろうなぁ、となる。
「ああすることで、“勇者”が試練を乗り越えられずとも、観客はそれに悪印象を抱かなくなるのだ」
「……? なんでだ? そもそも観客が悪印象ってなんだよ?」
「単細胞め! 考えてもみろ、悪いやつが勝つファイトを見て貴様はどう思う?」
「……なんか悔しいってなるな?」
そういうことだ、と偉そうなレンさん。
まぁ話としては単純で、ヒールファイターというのは負けることが役割だ。
なぜなら、観客がそう望むから。
そして、だからこそヒールファイターというのは非常に難しい道だ。
「故に、香の民はヒールとしての“ギミック”を破壊される前提で、次なるロールを用意した。それがあのプリンセススタイルというわけだ」
「ええと……洗脳されてた兄ちゃ……じゃない、アロマの姉ちゃんが正気を取り戻したんだよな? いいことじゃん」
今、ネッカ少年が兄ちゃんっていいかけたぞ、まぁ彼の兄はいつも闇落ちしたり洗脳されてるからネッカのイメージがそうなるのも無理はないが。
「うむ。そうして香の民は洗脳を破ったファイターを勇者と認定し試練を課した。仮にその勇者が試練を突破できなかったら熱血の民はどう思う?」
「次こそは……って思う?」
「そういうことだ」
「どういうことだよ!」
端的に言って、試練を課す姫とのファイトに負けるのと、ヒールファイターに負けるのとでは観客の悪感情は大幅に違う。
何よりアロマさんはビジュアルがいい、プリンセスアロマのビジュアルはアイドル性として受け入れられるだろう。
「……けど、こうやって試練を与えるタイプのファイターって、別にそんな珍しくもないよな?」
「蒼穹の民は詳しいな、その通りだ!」
そして、この世界でそういうファイターは珍しくない。
そういうデッキを構築するファイターというのは、一定数いるからだ。
というよりもヒールファイターをしていたファイターが、そういったファイターに転向する例は珍しくない。
その方が、ファイター自身の心理的にも負担が少ないからだ。
「……ファイトを続けるぞ」
「ええ、いつでもいらしてくださいまし」
俺が宣言する。
<ブラスター・ウリエル>もそうだが、<ウリエル>モンスターはサモンした直後にフィールドからいなくなり、ターンが終了すると戻って来る。
相手の盤面を崩しつつ、次のターンに備える攻防一体のモンスター。
そして、見方を変えればこれもまた「試練を与える」モンスターだ。
「っていうより、店長のファイトスタイルがそういうスタイルよね」
「試練を与える……っていうと、ちょっと違いますけど。相手の全力を引き出そうとするのは今のアロマさんと変わりませんよ」
「試練を与えるモンスター」とはどういうモンスターか。
ぶっちゃけ、盤面の打開力と制圧力を兼ね備えたカードだと俺は思う。
具体例をあげると「バロネス」、シンプルな破壊効果と妨害効果は試練と呼ぶにふさわしいと思う。
ちょっと汎用カードすぎるのが玉に瑕。
<茨姫騎士>もそれは変わらない。
俺の<メガブラスター・ウリエル>には1ターンに1度破壊されない効果があるのだが――アロマさんのターンで<茨姫騎士>と<メガブラスター・ウリエル>がファイトすると、一方的に<ウリエル>が破壊されてしまった。
「<茨姫騎士>には相手モンスターのエフェクトを無効にする永続エフェクトがありますの。そして<茨姫騎士>を破壊しようとしても、手札を捨てることでその破壊を無効にして相手のカードを破壊しますわ」
そして、当然のようにバーンダメージも完備、と。
<庭園>と<門番>を一枚のカードに収めたかのようだ。
「つまり、店長みたいなスタイルってことだな! なんだよアロマの姉ちゃんも店長のファンなのか?」
「ちょ、あまり恥ずかしいことは言わないでくださいまし!」
……一番恥ずかしいのは、ファンとかなんとか言われる俺なんだけど?
ともあれ、「試練を与える」スタイルのいいところは、割と誰だってそういうスタイルのファイトができることだ。
俺のリスペクトスタイルだって、その一種なのだから。
「アロマさんの素晴らしいところは、自由自在にそれをスイッチできることですね」
「どういうこと? エレア」
「普通、ヒールファイターがファイトスタイルを変えると、元のスタイルに戻せなくなっちゃうんです」
エレアとヤトちゃんの話が聞こえてくる。
それが、ファイターの心境の変化によるものだからだ。
心境の変化はカードとの相性すら変化させる。
ヒールファイターがヒールファイターでなくなったら、かつてのようにヒールにふさわしいデッキを組むことはできなくなるだろう。
だが、アロマさんはそうではない。
そもそも彼女のヒールスタイルは、彼女の過去に由来するものだからだ。
本人の性格に由来しない以上、意識の変化でカードとの相性が変わるわけではない。
だが同時に、<茨姫騎士>もまたアロマさんと相性の良いカードになった。
「今のアロマさんなら、こうしてヒールとプリンセスを切り替えることも、どちらかだけで戦うこともできると思います」
「プリンセスだけでも? 器用ね……」
「何だったら、ヒールモードでも<茨姫騎士>を使えますし、プリンセスモードでも<庭園>と<番人>のコンボは使えると思いますよ」
「そうなの?」
小首をかしげるヤトちゃんに、エレアが頷く。
「<茨姫騎士>を観てください。あのカード、顔の半分だけを仮面で覆っています。他にも、悪そうな部分と清楚な部分がいい感じにアシンメトリーなんですよ。だから今は悪そうな部分を見えないようにしてますが……」
「エレア様は鋭いですわ。ええ、立ち姿を変えれば<茨姫騎士>は悪の女幹部にもなりますの」
俺も、初めて<茨姫騎士>を見た時にピンと来たが……アロマさんはどうやら一人でそのことにたどり着いたようだ。
「スイッチ」、これこそアロマさんがマジカルファイターの経験で手に入れたもう一つの武器。
俺に見せたかったものなのだろう。
だが……
「……アリスさん、どういうことですか? アレがアロマの答えなんですか?」
「見ていればわかるです」
アウローラさんと、アリスさんの話が聞こえてくる。
そうだ、これはアロマさんの答えではない。
もう一つ、彼女には先があるのだと俺は知っている。
そもそも彼女は、あくまでその答えによって得られた新しいファイトスタイルを披露しているだけで、答えを口にしたわけではない。
「なら俺のターンだ、反撃と行くぞ! <
「……来ましたわね、勇者店長様の絶対的切り札! ですが、そのエフェクトは<茨姫騎士>によって封じられていますわ!」
「けど、打点はこっちのほうが上だ!」
故に、俺は攻撃によって<茨姫騎士>を攻撃する。
もちろん、その破壊は<茨姫騎士>によって手札を捨てることで防がれる。
「そして、<エクス・メタトロン>を破壊いたします! エフェクトが無効になっている以上、破壊耐性も無効……ですわ! 消えていただきます、<メタトロン>!」
<茨姫騎士>のエフェクトが、<エクス・メタトロン>に命中する。
爆発が<メタトロン>を覆って、観客たちが息を呑む。
しかし、
「それは……どうかな!」
「……!」
爆発の中から、健在の<メタトロン>が姿を見せた。
「どういうことだ!?」
「<茨姫騎士>の弱点はカウンターエフェクト、俺はこいつを発動していたのさ」
ネッカ少年の言葉に、俺はフィールドのカウンターエフェクトを指差す。
カウンターエフェクト、<譲れない場所>。
その効果は単純で相手のモンスター破壊エフェクトを無効にして、破壊されなかった俺のモンスターをもう一度攻撃させるというもの。
「破壊されなかったことで、<茨姫騎士>のバーンエフェクトは使えない。さぁ、もう一度バトルだ!」
「く……!」
「そして、アロマさんの手札は残り一枚。その一枚を捨てて<茨姫騎士>を守るか?」
俺の問いかけに、ダイアが不思議そうに視線を鋭くする。
普通なら、ここは<茨姫騎士>を守るところだ。
ただしそれは、<茨姫騎士>が最後のエースなら……という前提の上での話だが。
「……このカードは、わたくしのプリンセスアロマとしての象徴。破壊を赦すわけには行きません」
何より、アロマさんは試練である<茨姫騎士>を守るのが今のスタイル。
ここで手札を使わずに<茨姫騎士>を見捨てたら、そのスタイルを捨てることになる。
「ですが……いいでしょう。赦しますわ! なぜなら私は、それを捨ててでも――!」
かくして、再び<エクス・メタトロン>と<茨姫騎士>が激突。
今度こそ、<メタトロン>の勝利でバトルは終わる。
<茨姫騎士>が破壊された爆発で、アロマさんの言葉は中断された。
何にせよアロマさんのライフは残っているから、ファイトはまだ終わっていない。
「……アロマさん。そろそろ、聞かせてもらってもいいよな」
「…………何でしょう、師匠店長様」
呼び方が師匠店長に戻っている。
今のアロマさんは、もうプリンセスアロマではないということだ。
衣装も、最初に変化したディティールの増えた私服に戻っている。
「君の、答えを」
だからこそ、問う。
ここまでアロマさんのファイトを見せてもらって、彼女のファイトスタイルは理解できた。
そこに込められた意味も、俺ならば解る。
でも、ここで彼女の口から答えを聞くべきだろう。
それこそが、彼女の区切りとなるのだから。
「……かしこまりましたわ」
アロマさんは、か細い声でそうつぶやく。
ファイトはまだ、終わっていない。
ラストファイトは、最終局面を迎えようとしていた。
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