64 これが答えのラストファイト! 店長VSアロマ ①

「おたのもーですわ!」


 かつて、俺の店に初めてやってきた時と同じように。

 アロマ・ユースティアは勢いよく扉を開けて店に入ってきた。

 後ろには、二人の少女の姿がみえる。

 一人は小柄なプラチナブロンドの少女、アリス・ユースティア。

 もう一人は見知らぬ顔だが、誰であるかは想像がつく。

 彼女が、アロマさんの言う“アウちゃん”なのだろう。


「よく来たね、いらっしゃい」

「はいですわ、師匠店長様!」

「先日の呑み会以来です」


 そうやって、見知った二人と挨拶をしつつ。

 見知らぬ一人が前に出てくる。

 細身で青い長髪。

 凛とした佇まいの少女だ。


 あと、アリスさんは先日の呑み会で自分は特に問題を起こさなかったみたいな顔をするんじゃない。

 記憶ないのはわかるけど、記憶ないことに危機感を持ちなさい。


「はじめまして、店長さん……でよろしいでしょうか。アウローラと申します。アロマからは、アウちゃん……と」

「よろしく、アウローラさん。会えて光栄だ」


 言うまでもなく、彼女はアロマさんと親しくなったもう一人のマジカルファイターだ。

 聞いていた話の通り、クールな印象の少女である。


「三人がこうやって店に来たってことは……」

「はいですわ! デビラスキングを、無事封印することに成功したんですの!」

「そりゃあよかった、おめでとう」


 それから、デビラスキングとの闘いがどうなったかアロマさんから話を聞いた。

 概ね俺の想像通り、デビラスキングはマジカルファイターとの戦いに楽しみを見出しているようだ。

 まぁ、まさかそれを確かめるためにアロマさんが封印の中に飛び込むとは思わなかったが。


「二人にはこってり怒られましたわ」

「そりゃあな、甘んじて受け入れてくれ」

「……アロマが不良になっちゃったです」


 いや、さすがに不良にはなっていないと思うが。

 割と過保護な従姉である。

 まぁヨーロッパからはるばる足を運んでいるのだから、驚くことでもないのだけど。


「それで、師匠店長様。ええと……」

「前に言ってた、俺の質問への答えだな」

「はいですの! それを形にするために――」


 アロマさんは、かつて俺がファイトを提案したとき尊死した。

 俺に対して偶像的な印象を抱いていた当時の彼女は、もういない。



「貴方にファイトを挑みますわ!」



 自信に満ちた笑みで、俺に対して宣戦布告した。



 □□□□□



 フィールドが空くのを待って。

 俺とアロマさんは、店の中央に立つ。

 俺たちのファイトは、当然のごとくフィールドを使ったものとなった。

 これが今回の事件におけるラストファイトとなるのだ。

 テーブルファイトでは、あまりにも味気ない。


「あ、店長がファイトするのかよ! 間に合ってよかったー!」

「ネッカが寝坊するから、ぎりぎりになったんじゃないか」


 店には、常連たちもどんどん集まり始めている。

 熱血少年のネッカにクール少年のクロー。

 アロマさんと同じように、この世界を守る宿命を背負った主人公のような存在と、そのライバル。

 ネッカ少年はアロマさんに先達としてアドバイスを送っている。

 このファイトを観戦するのに、ある意味最もいい店の常連かもしれないな。


「シズカがいないのは、本人悔しがるかもな」

「別にお前だっていなくてよかった、です」


 不審者とアリスのやりとりが聞こえてきたり。


「ヤトちゃんはどっちが勝つと思います?」

「順当に考えれば店長……って思いたいわね。でも、相手は明らかに何かを隠してるわ」


 エレアとヤトちゃんの勝敗予想が聞こえてくる中で。

 俺とアロマさんは向かい合った。


「さて、……やるか」

「ええ、当然ですわ。そして――こうして多くの観客の皆様が見ている中で、新しいわたくしを披露できること。光栄に思いますわ!」

「へぇ」


 言いながら、アロマさんは腕を少し動かす。

 すると、私服だったろう普段着ている衣装が、少し豪華なものに変化した。

 服のデザインは変わっていないのだが、身につけているアクセサリが増えた感じ。

 こう、今までがアニメ用のデザインなら、これはソシャゲ用のデザインみたいな……この二つってディティール違うよね、動かしやすさの関係で。


「あ、アレは……ワタシの研究所で制作したホログラフ衣装装置……エクスチェンジスーツデス! ピガガピー!」

「説明ありがとうございますわ、メカシィ様! お父様に無理を言って、用意していただきましたの!」


 さすがお金持ち。

 結構な値段になるだろうエクスチェンジスーツを入手してしまうとは。

 エクスチェンジスーツ、以前エレアが様々な衣装に変身していたあれだ。

 それはそれとして、メカシィの説明的なセリフに感謝だな。

 説明の手間が省ける。


 そして、アロマさんの姿が更に変化した。

 その衣装は、どこか月兎仮面を思わせる少し露出度の高い衣装。

 一言で言えば、“悪堕ち”衣装だ。


「ヤト、あれを見てヤト……いい、とてもいいわヤト!」

「わ、わかったから、落ち着いて姉さん! ファイト始まるから!」


 なんて、ハクさんが興奮する通り、少しエッチな悪落ち衣装を身にまとったアロマさんが笑みを浮かべる。

 なお、ヤトちゃんはハクさんの痴女趣味が露呈するのを妹として防ぎたいようだが、ハクさんの趣味を把握していないのはネッカ少年とダイアくらいだから大丈夫だ。

 大丈夫じゃない? そうだね。


「なるほど、それをファイトのギミックとして活用するわけか」

「……参りますわ」


 最後に、アロマさんの手にホログラフの仮面が現れる。

 別にそれは、手に持っているよう表示せずとも直接顔に張り付けて表示してもいいのだが。

 あえてアロマさんは仮面を装着する動作を挟んだ。

 そして――



「わたくしの名は……ブラックアロマ! これよりこの世界に混沌をもたらす、闇の化身ですわ!」



 かくして、アロマさんのプロファイターとしての姿――ブラックアロマさんは姿を見せる。

 そして俺達は高らかに――。


「イグニッション!」

「……イグニッション!」


 ファイトの開始を宣言する。

 俺たちの戦いが、始まった。



 □□□□□


「……やはり彼女は、ヒールファイターという選択肢を選んだか」

「そうです。ファイト工学研究所の試作品を用いて、悪の姿に変身することを選んだです」


 ダイアとアリスさんがヒールファイターとなったアロマさんを眺める中。

 ファイトはよどみなく進む。

 俺がいつも通り<大古式聖天使エンシェントノヴァ ロード・ミカエル>をサモンして相手の様子を見る構え。


「わたくしは<薔薇楼の庭園>を配置し、その効果で<薔薇楼の門番>をデッキから手札へ加えますわ! そのままサモン!」


 どうやら、アロマさんの使用デッキ「薔薇楼」が回り始めたようだ。

 前々から話した通り、アロマさんのデッキはロックバーン。

 <庭園>には攻撃とモンスターエフェクトを無効化する効果がある。

 前者はターン一回、後者は永続エフェクトだ。

 これを<門番>で守りながらバーンダメージを与えていくのが基本戦術だ。


「このスタイルでプロを目指すなら、最もわかりやすい道のりだろうな」

「そうです。でも貴方はそれだけだと思ってないみたいです」

「私は――」


 ダイアが言葉を選ぶ最中も、ファイトは続く。

 俺はアロマさんのロックを前回と同じく<ブラスター・ウリエル>で突破しようとする。


「ふっ、その程度でわたくしの花園を踏み荒らすなどと、片腹痛いですわ! <門番>は自身と<庭園>がフィールドにいるかぎり、手札を一枚捨てることで破壊を防ぐんですの!」


 前回は手札がつきていたせいで、このエフェクトを使えなかったが――


「そんなもの、重々承知だ!」

「ですが、この効果を発動した時に発生するダメージも、貴方なら理解しているはずですの」


 これこそがアロマさんの「薔薇楼」の基本的なコンセプト。

 相手の効果を<庭園>で無効にして、それを突破しようとする相手のエフェクトを<門番>で防ぎながらダメージを与える。


「……やはり、このギミックはヒールファイターとして大きな素質を秘めているな」

「そうです。アロマには才能があるです。それを本人が望んでいるかはともかくですが」

「少なくとも、今は最大限活用しているだろう。それに、このコンボのいいところは……」


 なんて、ダイアとアリスさんの会話が聞こえてくる中。

 俺はさらなるモンスターを呼び出そうとしている。


「現われろ! <極大古式聖天使フルエンシェントノヴァ メガブラスター・ウリエル>!」


 <ウリエル>の強化体。

 それをサモンしたのだ。

 その効果は――自身を一時的にフィールドから取り除くことで、相手フィールドのカードをすべてデッキに戻す効果。

 <門番>の効果は破壊にしか対応していないのだ。


「――こと。一見強力なコンボだが、工夫をこらせば突破は容易。プロファイターからしたら、どういう方法で突破するか舌なめずりをしたくなるようなコンボだな」

「確かにプロファイターなら突破したいと思うようなコンボです。でも、それを弱点が多いと言い切れる人間は限られるです」


 ちょうど、君たちみたいにな?

 とはいえ、アロマさんだってそれはわかっている。

 アウローラさん相手に、あのカードを手に入れるまで負け越していたのはこの弱点のせいだ。

 そして――


「そんな……ありえませんわ! わたくしの茨の楼閣が、こんなにもたやすく……!」

「どうやら、その楼閣は砂上の楼閣だったようだな!」

「あ、ああああああっ!」


 アロマさんは、俺の反撃に激しくうろたえた後、<メガブラスター・ウリエル>のエフェクトで吹き飛ばされる<庭園>の勢いに煽られてたたらを踏み、顔を伏せる。

 その後、<ウリエル>の爆炎がアロマさんを包んだ。


「ふむ、香の民よ、少し演技がオーバーであるぞ。もう少し、自然とその振る舞いができるようにならなければな」

「お嬢様とは年季が違いますよ」

「そうそう年季が……って我は演技ではなぁい!」


 なんてレンさんとリュウナさんのコントが聞こえてきつつ――


「ああ――」


 <ウリエル>の爆炎が消えていく。

 そして、爆炎の中からアロマさんが現れる。

 その姿は、先ほどとは少し異なっていた。



「感謝いたします。勇者店長様。わたくし、ようやく目が覚めましたわ」



 エクスチェンジスーツの衣装を変更したのだろう。

 先程までのような悪の女幹部衣装が、正統派なお姫様の衣装に変化している。

 ――なるほど。


「……やはり彼女は、そこからスタイルを変化させる方向を選んだか」


 ダイアがつぶやく。

 アリスさんが言っていた通り、ダイアもこの展開は読んでいたようだ。

 そして俺も――


「なら、改めて名を問おうか。君は?」

「わたくしは――プリンセスアロマ! かつて闇を祓わんと立ち上がり……けれども敗れ、闇に囚われていた姫ですわ」


 同時に、アロマさんの隣に一体のモンスターが出現していることに気がつく。

 それは薔薇と茨で包まれた女性のモンスターだ。

 アロマさんと背中合わせに立っていて、姫のようにも騎士のようにも見える。


「わたくしの闇を払ってくださったこと、感謝いたします。ですが、この世界の闇はわたくしよりもずっと凶悪。……故に!」

「故に?」

「貴方を見定めさせてもらいますわ。わたくし、プリンセスアロマと――」


 そのカードは、言うまでもない。


「この、<薔薇楼の茨姫騎士>が! 貴方に闇を払う力があるかどうかを!」


 俺がアロマさんに渡したもの。

 あの時、アロマさんに必要だったエース。

 そして、アロマさんが見出したさらなるスタイル――「勇者に試練を与える姫」スタイルの象徴とも言えるカードであった。

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