61 デビラスキングの答えって

「よーし、勝ったぞ!」

「ぬぐー、負けました」


 人のいない店内で、エレアとレンさんがファイトをしている。

 テーブルでのファイトだから細かいやり取りまでは測れないが、どうやらレンさんが勝ったらしい。

 エレアが<エクレルール>を使っていないというのはあるけれど、基本的に日常のファイトでレンさんがうちの常連に勝つのは珍しい。

 それくらい、日常でのレンさんは本気モードのレンさんと比べて強さが安定しない。


 それでも、この街で一番強いファイターは俺かレンさんだって誰もが認めるくらい本気モードのレンさんはすごいんだけど。

 俺はそれを見る機会がないんだよなぁ。


「今日の我は絶好調だ!」

「うー、なんかレンさんが気合入ってますー」

「アロマさんの件で、色々と気を揉んでるんだろう。アリスさんがついてるとは言え、今のアリスさんはマジカルファイターじゃないからな」


 レンさんが日常において強くなる時は、大抵裏で別の誰かがダークファイターと戦っていて、レンさんがそれを心配している時だ。

 なんというかこう、心配であると同時に手が出せないフラストレーションがレンさんを戦闘モードに近づけているんだろうな。


「ともかくだ、天の民! 昨日、香の民と話をしたのだろう!」

「したけど、どうしたんだ?」

「聞かせるのだ、デビラスキングが今も復活と封印を繰り返している理由を。――デビラスキングの、答えを」


 真剣な眼差しで、ファイトに使ったカードを片付けながらレンさんは問いかけてくる。

 デビラスキングの答え。

 かつて、世界をめちゃくちゃにする悪の王として誕生したデビラスキング。

 長い年月の末に、デビラスキングは当初の目的に執着しなくなった。

 その理由を知りたいと、レンさんは言っている。


「別に、俺達がそのことを深堀りする必要はないと思うんだが」

「レンさんって、ダークファイターのことは普通に呼ぶんですね」

「別にいいではないか、香の民たちが帰ってくるまで暇なのだ。それと、ダークファイターは民ではないし、部下でもないからな」


 俺はそこまで、デビラスキングの答えについて興味はないのだが。

 レンさんの不安がそれで紛れるなら、悪くないだろう。

 如何にレンさんといえど、こういうところはまだまだ子供らしいところもあるようだ。


「天の民よ、とてつもなく失礼なことを考えていないか?」

「いいや? でもまぁ、客も殆ど来ていないしな。少しくらいはいいだろう」


 とういわけで、俺はレンさんとエレアが座るテーブルの隣に腰掛ける。


「んじゃあ、俺の考えを話す前に……エレア、君の考えを聞かせてくれないか?」

「私……ですか? いいですけど……大した答えなんて出てきませんよ?」

「俺はそうは思ってないよ」


 むむむ、とエレアは少し考える。


「じゃあ私の答えは……それがデビラスキングの役割だから、とかどうですか?」

「役割?」

「はい。ダークファイターっていうのは、言ってしまえばある種の災害……自然現象です。人じゃないダークファイターは、その傾向が特に強いと思います」


 ダークファイターには、人間が悪魔のカードを使用することでダークファイターになるタイプと、ゲームの魔王のようにどこからともなく出現した人ではないダークファイターの二種類がいる。

 デビラスキングは典型的な後者のダークファイターだ。

 そういうダークファイターは、本能的に自分が生まれた当初の“役割”に縛られる……というのがエレアの考えだろう。


「たとえ本人の意志がどれだけその役割を嫌だと思っていても、役割を遂行する。それがデビラスキングが今も復活と封印を繰り返している理由だと思います」

「それは、もはや生物じゃなくて機械だろ」

「人間だって、強制され続ければそれが自然になりますよ」


 実感こもりすぎだろ。

 経験者は語る、ってやつだな。

 まぁ、今がそうでないなら俺は何も言うまいが。


「じゃあ、レンさんはどうだ?」

「我か? 我の答えは簡単だ。終わらせるのが怖い、というのはどうだ?」


 デビラスキングが、エレアの言うように役割を遂行する自然現象のような存在だとしたら。

 役割を終わらせたあとは、果たしてどうなる?

 それはすなわち、デビラスキングの終わりだ。

 アイデンティティの喪失、存在意義の喪失は恐怖を抱かせるには十分なもの。

 なるほど、確かに理にかなっている。

 ……が。


「我もそうだ、今の自分の立場を失うのは、我だって怖い」

「いや、レンさん絶対そんなこと考えてませんよね?」

「アリスさんの受け売りだろ、それ」

「貴様らー!」


 多分、レンさんはダークファイターのそういった感情など、今まで考えたことすらなかったのだろう。

 昨日、アロマさん達がレンさんの家に泊まった時議論になって、初めてそれを認識したにちがいない。

 そのうえで、俺にその答えを求めているのだろう。


「じゃあ、店長はどうなんですか?」

「そうだそうだ、こっちの考えを聞くばかりではなく自分の考えを口に出せ、天の民!」

「そうだな、俺の答えは――」


 少しだけ、今まさに決戦の渦中にいるであろうアロマさんたちのことを考えて。

 俺は、その考えを口にした。



 □□□□□



 同時刻。

 店長達が激論を交わしている頃、アロマ達とデビラスキングの決戦は最終局面を迎えていた。


「……これで、わたくしたちの勝利……ですわ」


 アロマが、デビラスキングを倒したのだ。

 途中、様々な妨害に見舞われてアリスやアウちゃんとはぐれてしまったものの。

 最終的には合流して、アロマがデビラスキングにとどめを刺した。


『ぐ、おおお……これが、今代のマジカルファイターの力か……!』


 デビラスキング。

 その名を体現したような姿の悪魔の王が、どこか加工されたようなくぐもった声をこぼしつつ笑みを浮かべる。


「そうですわ。これがわたくしが……多くの方に導かれて手にした強さ。貴方を倒した強さですの」

『ふ……フハハハハハハ! いいだろう、今は負けを認めよう。しかし、デビラスキングはいずれ蘇る! その時こそ、吾輩は貴様らマジカルファイターに勝利するのだ!』


 そうして、デビラスキングは封印の中に消えていく。


「終わったです……」

「アリスさん、無理をしないでください。貴方は今、マジカルファイターではない。デビラスとのファイトには大きな消耗が伴うのです」


 それを見守るアリス・ユースティアと……細身な青髪の少女。

 アウちゃんと呼ばれた少女が、アリスを労っている。

 そんな中、アロマだけが考え込みながら、デビラスが消えていった封印の“穴”を眺めていた。


「アロマ? どうしたです?」

「……アロマさん?」


 そして、仲間たちが不安そうにアロマのことを見つめる中。

 アロマは――


「お二人共、本当にごめんなさい。もう少しだけ、ご迷惑をおかけしますわ!」


 そう言って、ある確信を持って――



 封印の中へと飛び込んでいった。



「アロマ!?」

「アロマさん!?」


 穴をくぐり抜けて、アロマはデビラスキングに追いついた。

 そこでは、驚きに顔を歪めたデビラスキングが待っている。


『貴様……何を考えている?』

「どうしても、貴方に聞かなくてはならない事があったのですわ」


 ――二人だけで話がしたい。

 アロマは言外にそう言っていた。


「それに、これはわたくしの封印。わたくしは自由に脱出が可能ですもの、問題ありませんわ」

『……ふん。吾輩をあざ笑うつもりか』


 デビラスキングは、不満を顕にする。

 だが、不思議なことに彼は先程までマジカルファイターに向けていた敵意を今は抱いていないように見える。


「そんなことはありませんわ。ただ一言、聞きたいだけ」

『……言ってみろ』

「貴方を見た時、わたくしひと目でピンと来ましたわ。だって貴方は……わたくしと同じなんですもの」

『何……?』


 デビラスキングが眉をひそめる。

 対するアロマは……一瞬だけ瞳を閉じて、“彼”の後ろ姿を思い出す。

 自分が憧れ、そして目指すことにした。

 あの、遠い遠い彼の背中を。

 そして――告げた。



「貴方は――こうして復活して自分を封印するマジカルファイターと戦うのが、んじゃないですの?」



 その言葉に、デビラスキングは肯定も否定もなく。

 ただ、沈黙とともにアロマを正面から見据えるだけだった――

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