60 終わりを始める前の夜

 もう店が閉まるかどうかというそんな時間。

 店には俺と二階で夕飯の準備をしているエレアしかいなくて。

 多分、お客はもう入ってくることはないだろう。

 そんな時だった。


「夜分遅くに、失礼しますわ」


 アロマさんが、申し訳無さそうに入ってくる。

 時間が時間だからだろう。


「アロマさん、こんばんは。こんな時間に出歩いてて大丈夫か?」

「マジカルファイターをしているうちに慣れましたわ。それに今日は、レン様のお家に泊まりますの。お姉様と一緒に……それからアウちゃんも一緒に」


 というよりも、何だか以前よりも落ち着いた雰囲気だ。

 とはいえ、アリスさんやアウちゃんと一緒にレンさんの家に泊まるということにはウキウキを隠せていない様子だが。

 単純に、夜も随分と更けているからかもしれないな。


「マジカルファイターの件で?」

「はいですの。明日、わたくしたちはデビラスキングとの戦いに終止符を打ちますわ」

「そうか……大変だったな」


 ここに来るまで、長いようで短いような時間が経過している。

 具体的には一年くらい。

 正確に言うと4クール……いや、実際の時間はそんな経過してないけども。


「デビラスキングには会ったのか?」

「はいですわ。……直接彼とお会いして……感じましたの。彼は、この世界をめちゃくちゃにするという最初の目的に執着していない、と」


 かつて俺が言ったことだ。

 デビラスキングは、当初はこの世界をめちゃくちゃにするため誕生した。

 しかし、その目論見は今まで一度として成就していない。

 成就していればこの世界は今のように平和な日常を送れていないのだから当然だ。

 故に、それの一体どこが楽しいのか……俺は、そんな疑問を呈したのである。


「なら、どうしてデビラスキングは今も同じことを繰り返しているんだ?」

「わかりませんわ。アリスお姉様も、アウちゃんも、それぞれに思うところがあるようですが……それが正しいかどうかはお二方にも確証はないようですの」


 あ、アロマさんがアリスさんをアリスお姉様と呼んでいる。

 まぁ、正体がバレたんだから当然か。


「師匠店長様は……デビラスキングの考えをどうお思いですの?」

「俺か? そうだな……」


 考えは……ある。

 それが答えかは解らないが、仮に俺がデビラスキングの立場ならこう思うだろうな……という考えが。

 しかしそれを、俺は口にするべきではない。


「……俺は部外者だ、適当なことをいいたくない。それに……答えはやっぱり、アロマさん自身の手で見つけるべきだと思う」

「そう……ですわよね」


 アロマさんは、少し考え込むようにしてから頷いた。

 これはアロマさんの戦いだ、だから俺がどうこういう筋合いではない。

 ただ、だからこそ俺が聞くべきこともある。


「俺はアロマさんに、二つ聞きたいことがある」

「なんでしょうか、師匠店長様」

「アロマさんはマジカルファイターとして戦って、その戦いが今終わろうとしている」

「はいですわ」

「その戦いをアロマさんは、どう思った?」

「そうですわね……」


 ここまで、アロマさんはいろいろなことを悩みながら、前に向かって進んできただろう。

 その中で彼女が出した答えを聞く義務が、俺にはある。

 なにせ――


「わたくしの戦いは……師匠店長様から始まりました」


 彼女の始まりが、俺だからだ。

 第三回ファイトキングカップで俺に憧れたアロマさんが、やがてマジカルファイターとしてプロを志す。

 当時の俺が意図したことではなかったけれど、その背を押したのは間違いなく俺だ。


「一度は、わたくしとデッキの相性が原因で、その道を諦めたこともありました」

「でも、諦めたことと目指していないことは違う。アロマさんはそれでももう一度、夢に向かって歩き出したんだ」


 最強とはなにか。

 その問いにメカシィが迷っているように。

 アロマさんも一度は夢を諦めた。

 しかし、そこで折り合いを付けなかったからこそ、アロマさんはもう一度立ち上がれたのだ。


「そして今、わたくしは自信を持って、師匠店長様にこのお願いをすることができますの」

「ほう、なんだ?」


 彼女の願いを、俺は聞くまでもなく理解しているが。

 それでも、いや……だからこそ、俺は問いかけて促す。



「デビラスキングとの戦いを終えた後。わたくしとファイトをしてほしいのですわ」



 ――ラストファイト。

 全ての戦いが終わったあと、何の気兼ねもなく行うファイトのことだ。

 遊戯王における、「戦いの儀」から続くシリーズの伝統である。

 とはいえそれはあくまで気兼ねなくファイトをするだけで、非常に重要な意味合いのファイトになるのだが。


 それはこの世界も同様である。

 戦いを終えた後に行うラストファイトは、それこそ遊戯王のようにある種の伝統となっていた。

 もちろん、この世界の人々がそれをラストファイトと呼ぶことはない。

 あくまで、区切りをつけるためのファイトである。

 特別な呼び方は、必要ない。


 なぜ、そういったファイトが伝統になるかと言えば、それこそ区切りのためである。

 この世界は、事件と日常が隣り合って存在している。

 深い戦場に身をおいたファイターが日常へ回帰するには、精神的な切り替えが必要不可欠。

 ラストファイトは、そのための最も有効な手段である。

 それと同時に――


「そこで、わたくしがたどり着いた答えを、師匠店長様にお見せいたしますわ」


 答えを出すためでもある。

 自分が歩んできた道を、もっともわかりやすい結論にする。

 それもまた、ラストファイトの役割だ。


「光栄だな、それは」

「わたくしは、師匠店長に憧れてここまで進んできましたの。そんな師匠店長様にファイトを申し込めるなんて、こちらの方が光栄でしてよ?」

「買いかぶりすぎだって」


 そう言いながらも、俺は笑みを崩さない。

 こうやってラストファイトの相手に選ばれることは、非常に光栄なことだからだ。


 ――意外に思われるかも知れないが、俺はこれまでラストファイトを経験したことがない。


 多くのファイターの背中を押してきた俺だが、あくまで俺がファイターたちと関わる時はほんの触り程度。

 今回ほど密接に、“師匠”として誰かを後押ししたことはないのだ。

 正直に言うと、そういうラストファイトを経験するファイターが羨ましくないと言えば嘘になる。

 だからこそ俺も、アロマさんのラストファイトにふさわしいファイトをしたいと思う。


「約束するよ、アロマさん。俺は君の答えに、俺の答えをぶつける……って」

「期待しておりますわ」

「だから……」


 ラストファイトへの思いをぶつけ合って、お互いの意志を確認する。

 だが、俺が言うべきことはもう一つある。


「アロマさん」

「はいですの」

「俺が言いたいこと、2つ目は……もっと単純だ」


 ええ、とアロマさんは頷いて言葉を待つ。

 俺は――



「勝ってこい!」



 サムズアップをして、そう告げる。


「当ッ然ですわ!」


 対するアロマさんも、笑みを浮かべてサムズアップで返して。

 彼女は、自分の戦場へと向かっていく。



 □□□□□



「店長ー、お夕飯できましたよ」

「ああ、エレア。店を閉める準備もできたし、せっかくだから頂いてくよ」


 CLOSED。

 カードショップ「デュエリスト」の営業は終了した。

 店の中には、完全に俺とエレアの二人だけ。

 店の制服であるエプロンではなく、私物のエプロンを身に着けて店に降りてきたエレアに、言葉を返す。

 バックヤードの扉が開いた時の匂いからして、今日はシチューか。


「今さっきまで、店に誰かいました?」

「ああ、アロマさんがな。……明日、決戦に挑むらしい」

「ほほぉ、それはまた。頑張ってほしいですね」


 俺は夕飯の準備ができたことを告げに来たエレアに伴って、店の奥へと入っていく。

 店のエプロンをロッカーにしまって、これで俺も店長からただの棚札ミツルに戻る。


「ちなみに、どんなお話を?」

「戦いが終わったあとに、区切りをつけたいからファイトしてくれ……だってさ」

「おー、何だかちょっと妬けちゃいますね。ちなみに店長はなんと?」

「俺は俺の答えをぶつける、って感じかな」


 俺の答えは、最初から決まっている。

 というよりも、俺はコレまでの経験から、すでに多くのことを学んでいる。

 その中から、アロマさんの答えに最もふさわしい答えをぶつけるのだ。

 とはいえ……


「……ま、何事にも因果ってものがある。運命力は、自然と答えをものだ」

「なるほど……ごくり」


 そこでごくり、を自分で言ったら台無しだからね?

 まぁ、可愛げがあるので悪いとは思わないけど。

 何にせよ、俺はデッキからあるカードを一枚引き抜いて、手元に持ってくる。


「俺の答えは……多分、この一枚が導いてくれるさ」


 その一枚は、あの時俺がパックから引き当てた――


 そうやってカードを眺めてから、またデッキに戻す。

 それから俺達は夕飯を食べるためリビングへ向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る