39 そして月夜に仮面と出会う
そろそろ店も閉まるという時間帯。
俺はじゃんけんに負けて夕飯の買い出しをすることになった。
おのれ、あの時エレアのグーを出すという言葉に惑わされなければ……
「そういえば、最近変な辻ファイターがいっぱい出てるそうですね」
店を出る時、エレアがそんなことを言ってきた。
辻ファイター、つまるところ辻ファイトを挑んでくるファイター。
先日俺が戦った、風太郎のようなファイターだ。
どうやら、話題になっているファイターは四人ほどいるらしい。
「ああ、聞いてるよ。こないだあった風太郎とかな?」
「彼も真面目な人ですけど、風貌は純度百%のサムライですからね」
他には、現在うちでバイトをしているメカシィだって元は変な辻ファイターの一人だ。
……いや、一機だ。
そんなメカシィは、現在床の掃除中だ。
内蔵された掃除機機能を使って掃除している。
だから、なんでそういうところに予算を使ってデッキ強化に予算を回さなかったんだよ。
後は――
「身長百九十越え、筋肉ムキムキマッチョマンのサングラスとニット帽の不審者。自称タイヤキング」
「……わ、私じゃないぞ!」
閉店間際まで店内に居座って、ストレージと格闘していた不審者に視線を向ける。
こないだ刑事さんから全く同じ内容のワードを聞いたぞ。
っていうか、なんで既にバレてるのにごまかそうとするんだ。
「お前、まだ話題になってたのか」
「ち、ちがう! 私は話題になるようなことはしていない! そもそも相手から挑まれたファイトを一度受けた結果、何故か話題になってしまっただけで……」
「通称タイヤキング、これまで数度のファイトで辻ファイトを挑むような実力に自信のあるファイターをボコボコにした<グランシオン>デッキ使い……」
「……数度?」
「今日は、失礼させてもらう。またな!」
あ、逃げやがった!
あいつ、刑事さんが話題に出した後も辻ファイトをしてるんじゃないか。
っていうか<グランシオン>使ったら正体バレバレだろうが!
店でも普段使ってないだろ!?
こほん。
「そういえば、話題になってる変なファイターってもうひとりいたよな?」
「そうでしたね、確か名前は――」
最後の一人に関しては、これまで戦ったファイターが知り合いにいないので情報がないのだ。
他のファイターは、こういう辻ファイトにノリノリで乗ってくれるネッカ少年やクロー少年から話が入ってくるのだが。
とにかく、なにかといえば俺は最後の一人の名前を知らない。
風太郎が戦ったはずなのだが、名前を聞きそびれたそうだからな。
「――月兎仮面、っていうらしいですよ?」
……ん?
月で、兎で、仮面?
なんか、猛烈に嫌な予感がした。
というか、何か大きなフラグがそこで成立した予感がした。
□□□□□
そして、買い物からの帰り道。
「そこのファイター、私とファイトしてください」
そう、声をかけられた。
女性の声だ。
それも、聞き覚えのある。
まさに、図ったようなタイミングで――
「私は、月兎仮面、謎の美少女辻ファイターです」
月兎仮面――ハクさんは、俺の眼の前に現れた。
とりあえず、振り返って視線を向ける。
向こうがどういうつもりで俺に話しかけてきたのか、確認しないといけないからだ。
「――て、店長!?」
「……ハクさん、何をしているんだ?」
どうやら、後ろから声をかけたせいで俺だと気付かなかったパターンのようだ。
ホビーアニメ特有の特徴的な髪型が、前から見た時にしか気付けないことの弊害が再び現れた。
そして、向こうも俺に声をかけるのは意図したものではなかったようなので、目を白黒させている。
なので俺も、相手がハクさんということで話しかけることにした。
これで俺が気付いてることとか無視して、ゴリ押ししてくるようならこっちも気付かないふりをしないといけなかったからな。
「あ、えっとこれは、その、雰囲気を出すためといいますか」
そう言いながら、恥ずかしそうにハクさんは衣装を隠すようなポーズをする。
白いぴっちりとしたバニースーツに怪盗要素を足したような衣装に身を包んだハクさんは、そのプロポーションも相まってなんというか……本人の趣味が大いにでている。
腰と腹のあたりに穴が空いていて、素肌が見えるようになっているのがフェチズムを感じるな。
それと、言うまでもなく仮面をつけている。
自称謎の美少女辻ファイターの称号は伊達ではない。
とか、批評している場合ではないぞ。
ハクさんはひとしきり恥ずかしそうにした後。
こほん、と咳払いをしてから――
「私は月兎仮面。謎の美少女辻ファイターです。貴方にファイトを申し込みます!」
「そのまま続けるのか……!」
ここまでのことをなかったことにすると決めたようだ。
色々と突っ込みたいところはやまやまだが、こうなったからにはファイトは避けられない。
何より、ファイトの中でハクさん――月兎仮面の真意を確かめないと!
「行きます!!!!」
「お、落ち着いて……」
お互いにイグニスボードを構え、俺達はファイトを始めた。
イグニッション!
……月兎仮面のイグニッションには、若干の照れが残っていた。
□□□□□
一つ解ったこととして、月兎仮面はダークファイターではない。
持っていたら、ファイトが始まった時点でそれがダークファイトであると理解できるからすぐに解る。
つまり、このファイトは本当に純粋な辻ファイトということだ。
そして、その上で問題が一つ。
俺は、こういうファイトの勝率が非常に悪い。
そりゃそうだ、だって相手は販促の化身。
新デッキを操る謎の新キャラなのだから。
基本的に、常に古式聖天使を使用する俺は、標的にされるととても弱い。
だから、この戦いはあくまで向こうの真意を測るためのもの。
どうしてハクさんが月兎仮面になったかを探り、他の人に解決を託すためのものだ。
まぁ、当然ながらそれはヤトちゃんになるのだろう……と、思っていたのだが。
「俺は、<
「くっ……やはり店長さんは、強いですね……!」
明らかに、押していた。
既に月兎仮面の場にはエースであろう<伝説の
そのうえでこちらのエースモンスター、<アークロード・ミカエル>をサモンした。
おそらく、このまま行けば勝てるだろう。
「……月兎仮面、なぜ辻ファイターをしているんだ!」
「それを店長さんがいいますか? 背中を押してくれたのは、貴方じゃないですか!」
「もはや正体隠す気ないな!」
「やめてください!」
なんてやり取りをしつつ。
やはり、原因は俺が<ヴォーパル・バニー>を渡したことのようだ。
とはいえ、どうしてそこから今の姿に繋がるのかはわからない。
「何故って……これがなりたかった私だからですよ! 顔を隠し、辻ファイトを挑む!」
「その動機がわからないと言っているんだ!」
「それを知りたかったら、私に勝利してください!」
まぁ、相手の真意を問い質すなら、ファイトの中で答えを求めるか、ファイトに勝利して相手の口を割るのが一番早い。
今回の場合は、あまりにもハクさんの行動が突飛だったから、後者でなければ真意を理解できないだろう。
いや、ハクさんが露出の多い格好が好きなのは知ってるけどね?
問題はそれ以外だよ、どうしたらハクさんはこの選択にたどり着くんだ?
俺にはさっぱりだ。
「トドメだ、<アークロード・ミカエル>!」
「くっ……迎え撃ってください、<ヴォーパル・バニー>!」
何にしても、このファイトに勝利するのは俺である。
最終的に、<ミカエル>の攻撃が<ヴォーパル・バニー>を破壊し決着だ。
とはいえ、結局どうしてハクさんが月兎仮面になったのか。
販促期間であるはずなのに俺が勝利できたのかは、さっぱり理解らなかった。
「何にしても、俺の勝ちだ。ワケを話してもらうぞ、ハクさん」
「く……解りました」
なぜか、恥ずかしそうに身体を隠す月兎仮面。
やめて、俺が悪いことしているみたいになるから!
「実は私は……えっちな格好で歩き回るのが好きなんです」
「それは知ってる」
「あ、はい……」
俺がハクさんのしたいことをするべきだと言ったから、えっちな格好をしているんだろう。
それは解る、問題はそれ以外だ。
「そう、ですね。どこからお話ししたものか……」
……そうやって、ハクさんが思案し始めたその時だった。
「……店長、姉さん……何をやっているの?」
見れば、暗がりの向こう。
電灯の下で、驚愕に顔を染めたヤトちゃんが俺とハクさんを見ていた。
俺とハクさんが、声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない……
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