38 拾っちゃった……! 伝説のカード!

「そういえば、店長は聞いたか? 伝説のカードの噂」

「伝説のカード?」


 なんて話を、パックを買いに来ていたクール少年のクローから聞いた。

 どうやら最近、クローや熱血少年のネッカ達が通っている学校で話題になっているらしい。


「なんでも、この街のどこかに伝説のカードが出現したらしいんだ。もしも落ちているのを見つけたら、最強のファイターになれるらしい」

「へぇ、そりゃあすごい。……もしかしてネッカがいないのは、そのカードを探しに行ってるのか?」

「あいつ、バカだからな。すっかり噂を信じてる」


 その割には、クロー少年だってその話を俺にしてる辺り、情報が欲しいんじゃないか?

 この街でカードの噂に関して知りたかったら、まず俺に聞くのが一番だ。

 冷静というか、ちゃっかりしたところのあるクローは、まず俺に聞いて情報の真偽を確かめようとしてるんだろう。


「あいにくと、クローから聞いて初めて知ったところだ」

「ってことは……噂は本当じゃないってことか。はは、明日ネッカを笑ってやろう」


 と言いながら、クロー少年はパックを買って、フリーのテーブルで開封しに向かった。

 なお、出たのは全てダブりの「蒼穹」カードで、クローはその場に崩れ落ちるのだった。



 □□□□□



 伝説のカード。

 そういう話が人々の間に出回るのは珍しいことじゃない。

 そして、それが実在する可能性も高く、伝説のカードっていうのも間違いじゃない。

 なにせそうやって人々の間で噂が広まったカードは、たいてい世界で一枚しかないレアカードだ。

 最低でも七桁単位の値が付く。


 ただ、それが本当に伝説のカードかというのは疑問だ。

 なにせ伝説といったって、この世界には伝説が多すぎる。

 モンスターカテゴリの数だけ伝説や伝承があると言われるくらいだからな。

 俺が思うに、そもそもその伝説とやらの噂を広めているのは、自分を拾って欲しいカードに宿ったモンスター本人じゃないかと思っている。

 道端に落ちているであろうレアカードの存在を、人々が知っているのも変だしな。


 で、そういう伝説のカード、噂の真偽を確かめるなら俺に聞くのが早い。

 だが、伝説のカード自体に俺が関係しているかといえば否である。

 なにせ俺は事件に関われない男、生まれながらの前作主人公。

 伝説のカードなんて拾うはずない、そう思っていたのだが――



「拾ってしまった、伝説のカード……」



 めっちゃ拾ってしまった。

 思わずひょいっと拾ったら、伝説のカードだった。


 カード名、<伝説の仮面道化マスカレイド ヴォーパルバニー>


 まじで伝説としか言いようがねぇ!

 こんなにも伝説としか言いようがないカード初めてみた!


「まさか本当に拾うとは……後でエレアに見せてやろう」


 といいつつ、スマホでパシャリ。


 さて、どうやらこの伝説カード、「仮面道化」モンスターの一種だそうだ。

 如何にもといった感じの、仮面を被った首刈り兎ヴォーパルバニーが描かれている。

 おそらくは、俺の他人の空似シリーズと似たようなもの。

 「伝説」カテゴリでありながら「仮面道化」カテゴリでもあるという、欲張りセット系カードに違いない。

 俺の直感がそう告げている。


「しかしアレだな、俺がカードを拾うってことは……つまり誰かに渡せってことだな」


 流石の俺も、自分の前作主人公ヂカラについてはある程度理解している。

 俺がこうやって、自分に関係ない伝説のカードを拾った時点で、それを導くのが役目であることは想像がつく。

 せめて他人の空似タイプの「古式聖天使」モンスターだったら良かったんだがな。

 カードの相性がよくないのだから、デッキに入れてもしょうがないというのもあって、他人に渡すのがベターな選択なのだ。

 世の中、レアカードを拾ったからと言って自分のデッキが強くなるわけではないのは色々と悲哀を感じる。


「じゃあ、次に会った人にこのカードを渡そう。知らない相手でも、だ」


 カードがお前のところに行きたがってる……って言えばなんとかなるだろう。

 そう思いながら、今は人気のない道を、適当に歩いていたのだが――



「……あれ、店長さん? こんにちは」



 出会ったのは、幸いにも見知った人間だった。

 ただし、比較的関わりの薄い知人――ヤトちゃんのお姉さんこと、ハクさんだった。


「こんにちは、ハクさん。奇遇だ、こんなところで」

「家が近いんですよ。……店長さんはどうして?」

「今日は休みなもので、適当にぶらついてたところなんだけど」


 伝説のカードを拾ってしまった……というのは、いきなりぶっこみにくい話だ。

 それからいくつか、ハクさんと世間話をする。

 そうしていると、ふとハクさんがある話題を口にした。


「店長さんは……ヤトの秘密についてどれほど知っているんですか?」

「……ヤトちゃんの秘密か」


 正直、ヤトちゃんには秘密がある、ということくらいしか知らない。

 刑事さんから教えられて、ヤトちゃんからも話があって。

 ただ、具体的な内容まではまだ踏み込んではいない。

 刑事さんも、内容はともかく秘密が存在すること自体は伝えたほうが色々スムーズだと思ったから伝えたんだろうな。

 今回みたいに。


「秘密の存在を知ってる……って程度だな」

「そう……ですか」


 ハクさんは、少し悩んだ素振りを見せてから続ける。


「私は……迷ってるんです。ヤトは、自分の秘密をそこまで重要なものじゃないって考えてます」

「本人も、そう言ってたな」

「実際、今のヤトはそのことで悩んだり、他人よりも不利益を被っているということはありません。でも……」


 なるほど、と納得する。

 ハクさんの言いたいことが、見えてきた気がする。


「だからこそ、ヤトちゃんの秘密と向き合うべきなのか、ハクさん自身が悩んでるってことか」

「……はい」


 そういう秘密っていうのは、大抵何かしらの大きな事件を呼び込むものだ。

 今のヤトちゃんには関係なくとも、何れはヤトちゃんの“運命”に関わってくるものだろう。

 ハクさんはそのことを、隣で実感する立場にある。


「本当なら、ヤトにはエージェントとしても活動して欲しくないんです」

「危険だから?」

「そうです。……でも、今のヤトは、エージェントになる以前よりもイキイキとしているように思えます。だから私は……ヤトに危ないことをしてほしくないと思うことが、正しいことなのか解らないんです」


 ハクさんがエージェントのことをヤトちゃんへ秘密にしていたのは、純粋な善意で。

 けれど、ヤトちゃんはエージェントになってからの方が充実した生活を送っているという。

 実際、エレアという友人ができたのは、エージェント活動で俺と知り合ったからだ。

 しかしだからこそ、今のヤトちゃんの生活は秘密に少しずつヤトちゃんを近づけていることにほかならない。

 ハクさんが悩むのもムリはないだろう。


 俺から言えることは……


「まず第一に、ハクさんのしていることは決して間違いなんかじゃない。正しいことなんだ」

「そう……でしょうか」

「そのうえで、ヤトちゃんがハクさんの行為を束縛だと感じて、自由を求めることもあるかもしれない」


 正直、今の充実したヤトちゃんがそんなことを考えるかは解らない。

 でも、ボタンの掛け違いってやつはどんな状況でも起きうることだ。

 ネッカ少年のお兄さんが、些細な理由で闇落ちを繰り返すように。


「でも、それだって正しいことなんだ。つまり、どちらかが間違っているんじゃなく、どっちも正しいからこそ相反する部分があるってこと」

「どちらも……正しいからこそ」

「そのうえで、ハクさんに俺から言いたいことはただ一つ」


 俺は、指を一本立てながら続けた。


「ハクさんは、ヤトちゃんのことに気を取られすぎじゃないか?」


 それはとても単純な話。

 ハクさんは、ヤトちゃんの姉で。

 両親が行方不明らしい二人にとって、お互いは唯一の家族だ。

 だからこそ、ハクさんはヤトちゃんを大事に思っているのだろうけど。

 大事に思いすぎていることで、ハクさん自身のことをおろそかにしている部分がある。


「だからこそハクさん、ハクさんは一度自分のしたいことを存分にやってみるのも、一つの選択肢なんじゃないかと俺は思う」

「……それ、は」

「だってそうだろ? 今のヤトちゃんにはエレアがいる、レンさんだって……組織の仲間がいる。それに――」


 それに、



「俺がいる。周りには、ヤトちゃんを支えられる人がこんなにもいるんだ。だったらハクさんも、ハクさんのしたいことを、やってみたらどうかな」



 その言葉に、ハクさんは大きく目を見開いた。

 考えたこともなかったのだろう。

 何かをする、始めるという行為は、現状を維持するよりもずっと大変なことだ。

 ハクさんはこれまで、ヤトちゃんを守るために現状を維持することばかり考えてきた。

 発想すらなかったとしても、不思議ではない。


「私の、したいこと……ごめんなさい、すぐには思いつかないです」

「だったら……ほら」

「……? これは?」

「このカードが、君のところに行きたがっている」


 いや、知らないけど。

 他人にカードを渡す時は、基本こう言っている。

 最終的に、それが正しいことのほうが多いからな。


「多分、このカードには何かしらの意味があると思う。それが何を意味するかまではさっぱりだけど、考えるヒントにはなるはずだ」

「……仮面、道化……これは一体……?」

「最近、小学生の間で話題になってるんだ、伝説のカードってやつ」

「ああ……レンさんから聞きました。あの人、そういう噂好きですし」


 闇札機関の盟主にして、ハクさんとヤトちゃんの上司であるレンさん。

 彼女からの情報ならそれは正確な情報だろう。

 実際、俺がこうして伝説のカードを見つけたわけだからな。


「……ちょっと、考えてみますね」

「ああ、答えを楽しみにしてるよ」


 なんて、話をまとめる。

 正直、どうしてこんな話をして渡すカードが「仮面道化」なのか、俺には解らない。

 それでも、一つだけ言えることがある。


「……それにしても、なんというかこの伝説のカード」

「うん」


 そう言いながら、二人で伝説のカードを見下ろす。


「……すごく、伝説のカードですね……」

「そうとしか言いようがないよな……これ」


 だって、カード名に伝説って書いてあるんだもの……

 こういうのに困惑する感覚は、転生者だけのものではないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る