お嬢様系魔法少女、アロマの場合
アロマ・ユースティアは幼い頃、病弱だった。
今でこそ元気に……元気すぎるくらいなアロマだが、当時は少し外出する程度でも発熱してしまうような体質だったのだ。
幸いにも、周囲の環境には恵まれていた。
お金持ちのお嬢様で、両親は病弱なアロマのことを気遣ってくれるやさしい両親で。
アロマ自身自分の境遇に文句を言わず、まっすぐ前を向いて生きられる強い心の持ち主だった。
けれど、それでもアロマの置かれた環境は彼女を苦しめるには十分なもので。
出ることのできない室内で、高熱に魘される経験は後の彼女にとって“呪い”となった。
そんな彼女が、外の世界に強いあこがれを抱いたのは今から数年前のこと。
偶然テレビで中継されていた、“第三回ファイトキングカップ”の映像を見たことがきっかけだった。
ファイトキングカップは、プロ・アマ問わず多くの実力派ファイターが集う祭典だ。
伝説となった第一回、大波乱の第二回と、非常に人気の高い大会である。
しかしこれまでの開催で二回ともダークファイター勢力が裏で暗躍したことで、第三回は長らく開催されていなかったのだが。
多くの人々の念願がかなって、ようやく第三回の開催に至ったのだ。
まぁ、その第三回でも裏でダークファイターが暗躍していたらしく、以降第四回の開催はいまだ叶っていなかったりするが。
ともあれ、第三回の暗躍は表にでてこなかったこともあり、テレビから中継を見ているだけだったアロマにとっては、非常にエキサイティングな大会として映った。
特に、後にカードショップ“デュエリスト”店長となる棚札ミツルのファイトは、彼女の人生観を変えるのには十分なファイトだった。
それ以前の彼女は、ファイトを自分とは関係のないものだと思っていた。
病弱な自分には、ファイトをする資格はないと諦めていたのだ。
だが、棚札ミツルのファイトは違った。
お互いが全力をぶつけ合い、観客すらも魅了するファイト。
もちろん、そういったファイトをするファイターは他にも存在する。
しかし、アロマにとってそれが初めて自分を熱中させるファイトだったこと、初めて熱中するにはミツルのファイトがあまりにも劇薬だったことは大きいだろう。
ある意味で、それはインプリンティングのようなものだった。
それから、ミツルのようなファイトをしたいと強く思うようになったアロマは、ファイターとしての勉強を始めた。
すると不思議なことに、アロマの病弱だった体はみるみるうちに元気になって、人並みの生活が送れるようになった。
従姉のアリスが言う通り、ファイターとして強くなることは、人として強くなることなのかもしれないとアロマは思った。
両親にも、周囲の友人たちにも祝福されて。
アロマは、ようやく普通の人間としての生活を始めたのだ。
しかし、過去の“呪い”は今もアロマを蝕んでいた。
そのことに最初に気付いた原因は、ファイターになるべくカードを集め始めたアロマのカードが、どれもロックバーンに特化したカードだったことだ。
ロックバーン、相手の攻撃を封じて攻撃以外のダメージでライフを削り切るデッキ。
それは、アロマの思う――アロマの望むファイトスタイルとはかけ離れたもので。
もちろん、最初のうちはこれまで苦労してきたアロマを気遣ってか周囲の人間も、アロマとファイトしてくれたのだが。
ファイトのたびに申し訳無さそうにするアロマを見てか、少しずつ周りの人間はアロマをファイトに誘わなくなっていった。
決して、周囲の人々に悪意があったわけではない。
むしろ、アロマの知る人々は、善性に満ち溢れた人たちだ。
病弱で迷惑ばかりかけてきたアロマを、ここまで優しく導いて、友人や家族として接してくれた人たちだ。
だからこそ、その優しさではプロファイターになりたいアロマの夢を支えることができなかっただけで。
結局。
アロマは夢を諦めるしかなかった。
自分には何も悪いところがなかったとしても、過去の呪いが自分や周囲を苦しめるなら。
夢なんて、いっそ最初から持たなければよかったのだ――――
そうして諦めた結果、かつて憧れた“彼”のファイトも、憧れた理由も。
色褪せて、消えていった。
転機が訪れたのは、それから数年が経過した後のこと。
中学生になったアロマは、ファイトとは無縁の生活を送っていた。
ファイターになる夢は諦めたが、それでも病弱でなくなったのは事実。
かつてはできなかったいろいろなことを、アロマは積極的に挑戦するようになった。
元気印のですわお嬢様、そんな風に、周りからは認識されていたのだ。
ただ一つ、ファイトだけは自分から遠ざけて。
そんな彼女に、ダークファイトを挑むダークファイター、デビラスが現れた。
ダークファイトは始まってしまえば逃げられない。
ファイトからは遠ざかっていたものの、偶然その時はデッキを持ち歩いていたこともあってアロマはファイトをせざるを得なくなった。
そこで、マジカルファイターに覚醒したのだ。
それからは、まさに激動としか言いようがなかった。
突如現れたどこかで会ったことがある気がする謎のフードのお姉さん。
日常の陰で暗躍を始めるデビラス。
善良な性格のアロマは、デビラスの悪行を見過ごせず、ファイトに巻き込まれていく。
――強い運命力を持つファイターに襲いかかる、典型的な試練であった。
世の中にはいるのだ、アロマのように望まずともファイトに巻き込まれるファイターが。
アロマもその例に漏れずデビラスとの戦いを強いられ……その中で、意識の変化が色々とあった。
かつて、自分がファイトに憧れる原因が何だったのかを思い出し、当時あこがれたその人に、会いに行く決心がついたのだ。
そうしてインターネットなどを利用してたどり着いたのが――カードショップ“デュエリスト”だった。
憧れのファイター、棚札ミツル。
今は店長……アロマ流に言えば師匠店長は、当時と変わらずすごいファイターだった。
彼の店は、とてもあたたかくて穏やかな場所だ。
客達はみなやさしくて、いきなり師匠店長のことを師匠と呼び出すアロマも、普通に受け入れてくれた。
まぁ、そこでうっかり尊死してしまったせいで、師匠店長と……師匠店長の恋人だろうか? 店員の女性には迷惑をかけてしまった。
……そういえば、客の中にどこかで見たことあるような金髪ゴスロリ少女がいた気がするが。
まぁ、多分気のせいだろう。
そして、その夜にデビラスが出現したことがきっかけで、アロマはマジカルファイターとしての正体を師匠店長に知られることとなる。
しかも、昼にはできなかったファイトを彼の方からもう一度持ちかけてくれて。
アロマは、ある意味で人生の絶頂に立っていると言ってもよかった。
けれども同時に、だからこそアロマのファイトスタイルは、アロマに自分がプロファイターに向いていないことを突きつけた。
しかしそんなアロマに師匠店長は言ったのだ。
「でも、俺は楽しかったよ、アロマさんとのファイト」
アロマはその時、人生で初めてファイトを楽しかったと言われた。
衝撃だった、そんなことを言ってくれる人がこの世界にいるなんて。
でも話を聞いてみれば確かに、ファイトのことが好きで好きでたまらない人たちは、きっとアロマのファイトだって楽しんでくれるのだろう。
そして、師匠店長はアロマに道を指し示してくれた。
マジカルファイターとしての活動を続ける。
単純だけど、アロマにとってそれは紛れもなくこれまで経験したことのない挑戦だ。
何より、これまでアロマはマジカルファイターを続ける動機がなかった。
けれども今、師匠店長が道を示したことがアロマにとっては理由となったのだ。
きっとこれから、どんな困難がアロマの前に立ちはだかろうと――アロマは絶対に諦めない。
それほどの大きな理由を、アロマは手に入れたのである。
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