37 俺のところに押しかけてきたですわお嬢様が実はロックバーン使いだった件
ロックバーン、いわゆる相手の行動を封じてバーン……直接攻撃以外のダメージをリソースに相手のライフを削り切るデッキ。
相手に何もさせず一方的に倒してしまうのだから、言うまでもなく興行の側面もあるプロファイターには向いていない。
「わたくし自身、理解っていましたわ。自分がプロファイターに向いていないということが」
「……カードの相性のせいか」
俺の言葉に、アロマさんが寂しげな表情で頷く。
アロマさんは、そういったロックバーン系のカードとの相性が極端にいいらしい。
他のカードでデッキを組んでも、思うように回らず。
そのことに、諦めに近い感情があるのだろう。
「わたくし、いろいろな事情があって、ファイトを始めたのが普通の子よりも遅いんですの。師匠店長様のファイトにあこがれてファイトを始めて……そうしてできたのが、このデッキでしたわ」
「それは……」
人は時に、自分の理想とかけ離れたデッキを組んでしまうことがある。
それは、本人の性格よりも、デッキを組む以前に経験してきた過去が大きな要因である場合が多い。
人々を魅了するプロファイターになりたいと願った少女の組んだデッキがロックバーンだったとして。
果たしてアロマさんは、一体どんな人生を送ってきたのだろう。
もちろん、それを掘り起こすような真似はしないが。
察するに、本人の善性が揺るぎない分、原因に本人の責はないのだろう。
どころか、周囲にも恵まれていたはずだ。
アロマさんの真っ直ぐさは、そういうところから来ているはずなのだから。
「ファイトをすること自体にも、ためらいが生まれていました」
ロックバーンデッキは、人によってはファイトを嫌がられるデッキだ。
なにせ、自分の思ったことが何一つできないかもしれないのだから。
もちろん、中にはロックバーン以上の制圧や封殺が可能なデッキだってある。
ロックバーンだって、常に相手を封殺できるわけではないし、ロックバーンを崩すことも楽しみの一つだ。
それでも、全ての人がロックバーンデッキとのファイトに楽しみを見いだせるわけではないのだから。
アロマさんが悩むのも、尤もな話である。
「……そんな時に、わたくしはマジカルファイターに選ばれたのです」
これは、あくまで一つのものの見方の話だが。
プロファイターに向いていないということは、エージェントに向いているということでもある。
特にエージェントは一発勝負で、戦う相手も初見の相手が多い。
アロマさんのロックバーンは相手の行動を封じることができるから、初見の相手に効果を発動させないという手段が取れるのだ。
だから彼女がエージェントに向いているのは、間違いない。
「周囲の方々の平穏を守り、笑顔を守り、未来を守る。わたくしのファイトでそれができる。そのことに……多少なりとも誇りを抱くことができたのですわ」
そのうえで、本人の気質も、エージェントには向いているのだろう。
こうして話をしている限り、アロマさんは真面目で善い人だ。
他人のために頑張れる人だ。
そんな人が、人々の平穏を乱すダークファイターと戦うエージェントに向いているのは間違いない
「ですが……先程の店長との戦いで、わたくし解りましたわ。わたくしはプロファイターには、とことん向いていないのだと」
「それは……」
「だって、そうですわ。先程のファイト、店長が使用したのは<大古式聖天使>だけでしたもの」
彼女は、俺のファイトをよく見ているんだろう。
俺の基本スタイルは、相手の全力を引き出し自分の全力でそれを打倒する。
簡単に言えば、「大古式聖天使」クラスのエースで相手のエースを迎え撃ち、その後「極大古式聖天使」の反撃で勝利する。
それが俺の戦い方。
行動を封殺してしまうロックバーンでは、俺が「極大古式聖天使」を呼び出す動きが封じられてしまう。
それでは、確かに興行として観客を魅了しなくてはならないプロファイターとして、失格であると言わざるを得ないのだろう。
「なるほどな……アロマさんの悩みは、確かに難しい問題だ」
「そう……ですわよね」
概ね、彼女の事情は理解った。
俺の言葉を受けて、表情を暗くするアロマさん。
ああでもしかし、確かに難しい問題ではある。
それでも俺が言いたかったのは、そこではなくって……
「でも、俺は楽しかったよ、アロマさんとのファイト」
「え……?」
アロマさんに、アロマさんとのファイトを楽しいと思うファイターがいるってことを、知ってもらいたいということだ。
思わず目を見開いたアロマさん、俺は構わず続ける。
「あの強固なロックをどうやって突破しようか、悩むのが楽しかった。突破できた時の達成感は何事にも代え難いものだった。だから俺は、楽しかったんだよ。アロマさんとのファイトが……楽しかった」
「で、でも……突破できなかったら? 一方的にやられてしまったら、それは本当に楽しいと言えるんですの?」
「その時は、たしかに悔しい。でも同時にこうも思う。――次は負けない」
負けたことは悔しくても、次に勝つために対策を考えることは楽しい。
そう、ファイトは楽しいのだ。
だから、俺達はファイターとして戦い続けるのだ。
「アロマさんは、楽しくなかったか? 言ったよな? 俺と正面から戦えてるって」
「そう……ですわよね」
「その時の自信は、決して悪いものじゃなかっただろ?」
あの時、俺と戦っているアロマさんは……楽しそうに見えた。
彼女自身が気付いていないだけで、アロマさんだってファイトが好きなのだ。
「この世界にはアロマさんとのファイトを楽しいと思うファイターは必ずいるんだ、そしてプロファイターっていうのは……どんなファイトだろうと楽しめる、ファイトバカの集まりなんだよ」
「……!」
ダイアはもちろん言うに及ばず。
何れプロになるかもしれない、ネッカ少年とクロー少年もきっとアロマさんとのファイトを楽しんでくれるだろう。
他にも、俺の知っているプロファイターは、みんなファイトが楽しくて楽しくて仕方がないバカばかりである。
まぁ、中には使命感でファイトするプロファイターもいるけど、昔のアリスさんみたいに。
「だから、自分と相手がファイトを楽しめるなら、きっとそのファイトは誰が見ても楽しいものになる」
故に、俺は断言する。
「アロマさん。君はプロファイターになれる、絶対にだ」
「――――」
その言葉を、アロマさんは呆然とした様子で聞いていた。
きっと、信じるにはあまりにも荒唐無稽で、突飛なものだったからだろう。
これまでの人生で、プロファイターという夢をここまで肯定されたことがないからだろう。
「……もちろん、今すぐにプロファイターになれるわけじゃない」
「そう、ですわよね」
「要するに、アロマさんのファイトスタイルだって、エンタメに昇華することはできるんだ。今はまだ、そうするための経験が足りていないってだけで」
なにせ、アロマさんはまだ若い。
ファイトを始めたのも人より遅かったという。
だったら、まだまだこれからできることはいくらでもあるはずだ。
それを全てやりきる前に、諦めてしまうのはあまりにももったいない。
「そのために……」
「そのために……?」
「まずは、マジカルファイターとしての役目を全うしよう。君が、デビラスを倒して世界を救うんだ」
「えっと……どうしてですの?」
その言葉に、イマイチアロマさんはピンと来ていない様子だ。
エージェントを続けることが、どうしてプロファイターへの近道となるのだろう。
両者は相反する性質を持っているというのに。
まぁ、ムリもない考えだ。
「アロマさんには、まだ経験という手札が足りていない。どんなことをするにも、経験ってのは一番大事な手札になるんだ。手札のない状態で、どうやってファイトで逆転するんだ?」
「それは……」
「マジカルファイターとしてデビラスを追っていけば、何れ同じマジカルファイターと出会うこともあるだろう。そういう交流を、経験に変えていくんだ」
マジカルファイターとして、なにかに挑戦するということは、それだけで多くの経験をアロマさんに与えるだろう。
悩み、迷い、立ち止まってしまうこともあるかもしれない。
しかし、それを乗り越える経験が、何れ彼女の大きな力になってくれるはず。
「アロマさんなら、それができるさ」
「……そう、でしょうか」
「俺はそう信じてる。いや……信じたい、というのが正しいかも知れないな」
だって、アロマさんは俺のファイトを見て、俺に憧れてファイターを志したのだ。
そんな彼女が、夢を叶えられるなら。
こんなにも嬉しいことはないのだから。
「……わたくし、頑張ってみますわ。夢を叶えるため……マジカルファイターとして使命を果たすため!」
そうやって、決意を新たにするアロマさんを見て、俺は満足げに頷くのだった。
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