36 俺のところに押しかけてきたですわお嬢様が実は魔法少女だった件(さすがに始めて見た)
この世界には様々なエージェントがいる。
一般に知られたエージェントや、秘匿されたエージェント。
その種類は様々だが……魔法少女というのは、初めて見た。
いや、きっと世界の何処かにはいるのだろうなぁ、とは思っていたのだけど。
実際にそれを目の当たりにするのは、初めての経験というか。
「ええと、……さっきぶり? アロマさん」
「……え? 師匠店長……様?」
杖型イグニスボードを構えて、電柱の上でポーズを取るアロマさん。
マジカルファイターアロマ……もしくは、アロマ・ユースティア。
どうやら、相手を確認せず名乗りを上げたようで……目を白黒させてこちらを見下ろしている。
「そんな……まさか……師匠店長様が、デビラスの手先!?」
「いや、違うからね? 俺はむしろ、そのデビラスって奴の手先を今まさに退治したところで……」
「ありえませんわ! デビラスの操る悪魔のカードは、相対したものを幻惑させる効果がありますの! マジカルファイター以外のファイターが戦って、平気でいられるはずがありません!」
なるほど、悪魔のカードを使われるとデバフが入るタイプの敵だったのか。
悪魔のカードには、割とよくあるパターンだ。
まぁいつも通り、悪魔のカードが召喚される前に倒してしまったから気付かなかったんだが。
とはいえ、それを説明するのは難しいな……。
「といっても、倒したのは事実だし……」
「倒すことがありえないということはありませんの、師匠店長様くらいの実力なら、不可能ではないでしょう。一切疲弊した様子が見られないのが、おかしいのですわ」
なるほど。
流石に幹部クラスならともかく、木端クラスのデビラス相手に、例えばレンさんが負けるとは思えない。
しかし、幻惑効果のせいで戦うと非常に疲れるのだろう。
その状態で連戦とかしかけられると、レンさんでもキツイかも知れないな。
逆に、俺が疲弊してないのは普通ならありえない……と。
そうだな、それは確かに怪しい。
でも、何も悪いことはしていない以上、俺は無実を訴えるしか無い。
疲弊してない理由を伝えるには、そもそも悪魔のカードを使わせなかったと明かすか……
よし、そういうことなら。
「ならアロマさん」
「な、なんですの……?」
「――ファイトしよう、ここで」
そう言って、俺はイグニスボードを構える。
アロマさんは目を見開いた。
俺の無実を証明する、もっとも単純な方法。
それはファイトで対話すること。
人と人が解り合うのに、一番普遍的な方法はいつだってファイトだ。
そして、
「……わ、わかりましたわ!」
アロマさんも、この状況ならファイトに乗ってくれるだろう。
推し相手に尊死してしまうとしても、アロマさんは見るからに真面目なタイプだ。
真面目な状況なら、尊死してしまうことはあるまい。
そう思っての提案だったが、どうやら思った通りだったようだ。
これで、昼間にできなかったファイトもここで行える。
まさに一石二鳥。
「……イグニッション!」
「イグニッションですわ!」
こうして、俺とアロマさんのファイトが始まった。
□□□□□
ファイトとは、お互いの本質をさらけ出す行為。
別にいかがわしい意味ではないぞ。
「なるほど、つまりマジカルファイターってのは、素質のあるファイターがデビラスを倒すために覚醒した姿だ……と」
「そういうことですわ、デビラスの討伐こそがマジカルファイターの使命!」
どうやら、マジカルファイターは組織ではなく、個人で活動するエージェントのようだ。
そういうエージェントは、たまにいる。
もはやそういうエージェントはヒーローって言ってしまったほうが早い気がするが。
ダークファイターと戦うファイターはこの世界でエージェントというのが普通なので、エージェントと呼ぼう。
俺は<ロード・ミカエル>の攻撃が封じられ、ちまちまと直接ダメージを受けながら話を続ける。
「他にもマジカルファイターはいるのか?」
「いる、という話は聞いたことがございますけれど、直接お会いしたことはありませんわね」
あくまで個人の集団が、それぞれ別個にデビラスと戦っているらしい。
俺は<ロード・ミカエル>の攻撃どころか、効果すら封じられてできることがなくなりターンを終了した。
ぶっちゃけ、ファイトをしてすぐにアロマさんも俺が無実だと気付いたらしい。
もともと、疑いよりも困惑が先に来ていたようだから、ファイトで俺の戦い方におかしな点がないことを理解すれば気づくのは容易だ。
とはいえ、それでファイトを中断するかといえば、答えは否。
むしろ、純粋なファイトはファイトするという行為そのものが有意義なものだ。
続けない理由がない。
「デビラス……っていうのは異界のダークファイターなのか?」
「正直、わかりませんの。異界からやってきたようにも、どこか人の知らない秘境で生まれたようにも見えますもの」
どうやらマジカルファイターにとっても、デビラスはよくわからない存在のようだ。
そもそもマジカルファイターは魔法少女系のエージェントだそうだが、魔法少女によくあるマスコット的存在がいないらしい。
せいぜいマジカルファイターに覚醒した直後に現れた謎のフードの女性が、マジカルファイターについて教えてくれた程度。
「そのフードの女性、怪しいよな」
「わたくしもそう思いますが……こうして、マジカルファイターとして活動するためのイロハを教えてくださったのも事実、頭ごなしに疑いたくはないですわ」
それになぜか、親しみのようなものも感じますし……とは、アロマさんの談。
もしかしたら正体はアロマさんに近しい人かもな。
何にしても、マジカルファイターはまだまだ謎が多い存在のようだ。
デビラスとの戦いについても、先日大型デビラスを一体苦戦しながらも倒した程度らしい。
仮に四クールアニメだとしたら、ちょうど一クール目が終わったところか?
それで新展開として俺のところにやってくるって……結構特殊な経歴だな、アロマさん。
いやまぁ、なんとなく理由は解るんだけど。
俺はアロマさんのカウンターエフェクトで、直接自分のライフにダメージを受けつつ考える。
「それでアロマさんは……俺の“第三回ファイトキングカップ”を見て俺に憧れてくれたんだよな」
「そうですわ! あの時の師匠店長様のファイト……今でも思いだしたら……うぅ……」
「今ファイト中だから! 頑張ってこらえて!」
「は、はいですわ!」
話は、アロマさん個人のことへ移っていく。
昼に話をした通り、アロマさんが俺の店を訪れた理由は、数年前のファイトに憧れたから。
今になって俺の元を訪れたのは、数年経って自分の足でここまでやってこれるようになったから。
それ以外にも……
「わたくし……あのファイトにあこがれて、師匠店長様のようなファイターになりたいと強く思ったのです」
「……お互いに全力を出してファイトして、他人を魅了するファイターってことか。将来の夢はやっぱりプロファイター?」
「はい。師匠店長様は、カードショップの店長様になられたようですけれど。わたくしはやはり、プロとして多くの人を魅了したいのですわ」
アロマさんには夢がある。
けれどもそれは、あまりにも険しい道のりだ。
本人もそれが理解っているのか、夢にたいして真っ直ぐな言葉を口に出してこそいるものの、その表情はどこか陰がある。
そんなアロマさんが、俺のところに会いに来る決心がついたのは……きっと。
「それでも、マジカルファイターとして誰かのために戦って、自信がついたんだろ?」
「そう……ですわね。こうして、師匠店長様とも正面から戦えていますもの」
……なんとなく、アロマさんのことが理解ってきた。
彼女が何に悩んでいるのか、どうして俺の戦い方に憧れるのか。
理解ってきたからこそ、彼女がどうして悩むのかも容易に理解できてしまう。
「俺は先達として、ここで負けるつもりはない。……現れろ! <
「……! そのカードは!」
「このカードはサモンされた時に、自身を一時的にフィールドから取り除きエフェクトを発動する!」
現れた、炎を思わせる水晶天使が、自身ごと周囲を焼き尽くす。
現在、フィールドにはフィールド上のモンスターのエフェクトを無効化するカウンターエフェクトが設置されている。
効果を発動するには、一度モンスターをフィールドから取り除く必要があった。
「この効果で、フィールドに設置されたカウンターエフェクトを全て破壊する!」
「そんな、わたくしの……」
なぜなら、
「これで、君の“ロック”は破壊される!」
アロマさんの使用するデッキは、いわゆる「ロックバーン」デッキだ。
それも、1ターンで一気に相手のライフを削り切ることのできない、遅滞戦術に特化している。
だから、アロマさんだって理解っているのだろう。
自分は致命的なまでに、プロファイターには向いていない……と。
「改めて……これで終わりだ! <ロード・ミカエル>!」
「く、ああああ!」
何とかロックされた盤面をひっくり返して勝利しつつも、アロマさんの抱える悩みの大きさに内心難しい顔をするのだった。
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