35 俺のところに押しかけてきたですわお嬢様が実はエージェントだった件(割とよくある)
「おたのもーですわ!」
平和なカードショップ“デュエリスト”の店内に、突如として甲高い声が響き渡った。
見るとそこには、お嬢様がいた。
「ここがカードショップ“デュエリスト”でよろしいかしら!?」
上から下まで、お嬢様としか形容しようのないお嬢様だった。
白いドレスに青白い髪をドリルみたいにしている少女。
あまりにも、お嬢様という言葉が似合うお嬢様だった。
「ええっと……そうだが」
「でしたら! 貴方が店長の棚札様ですのね!?」
「お、おう」
ずんずんとカウンターにやってきて、俺に声を掛けるお嬢様。
その顔は、何やら興奮した様子で俺のことを観察している。
何だ? 俺はレアカードに宿ったモンスターか?
「なんだアレ……レンの同類か?」
「我は語尾にですわは付けぬ主義だ!」
「あわわ、本当に来ちゃいました……」
「エレア……? いや、それにしてもすごいお嬢様ね……」
ガヤガヤと、外野が賑わっているのが聞こえる。
ネッカ少年とレンさんに、エレアとヤトちゃん。
なんかエレアが変なことを言っている気がするが、ここからじゃよく聞こえない。
とにかく、常連もそうじゃないお客もこぞってお嬢様に目を奪われていた。
「ふふふ、うふふふふふ……」
「…………」
ごくり、と思わず喉を鳴らす。
なんというか。ゴゴゴゴゴゴ……みたいな効果音すら聞こえてくるようだ。
そして、店内がその雰囲気に静まり返った直後……
「棚札様、貴方様をお師匠様、と呼ばせて欲しいのですわ!」
――――沈黙。
ですわ……ですわ……ですわ……語尾が店内に反響する。
数秒、そうした後。
俺はなんとか口を開いた。
「え、ええと……弟子は取る予定がないので……店長って呼んでくれると助かる」
「師匠店長様!」
「そうじゃなくって」
「店長師匠様!」
「ひっくり返った!?」
これは、師匠と呼ばれるのを避けられないパターンだな?
周囲の視線が俺に突き刺さる。
いきなり美少女に師匠と呼ばせるとかどんなラノベ主人公だ? みたいな視線。
いや違うな、そんな視線向けてるのはレンさんとエレアだけだ。
「あの……」
そこで、おずおずとヤトちゃんが手を上げた。
何事……?
「どうしたんだ、ヤトちゃん」
「わ、私も店長のこと、師匠店長って呼んでも……?」
「なんで!?」
そんなに俺、ヤトちゃんの師匠みたいなことしてたかな……?
「ヤト……? 我は……? 上司の我は師匠じゃないのか……?」
「あ、え、レンさん!? ごめんなさいそういうつもりじゃなくって、あとこの場で上司っていうのはちょっと!」
「そういうことなら、俺にとっても店長は師匠店長だぜー」
ガヤガヤ。
レンさんが涙目になったり、ヤトちゃんがそれを宥めたり。
ネッカ少年が嬉しいことを言ってくれたり。
店内に再び喧騒が広がり始める。
そんな中で、お嬢様の視線は俺にだけ注がれ続けている。
あと、エレアの視線も。
「ええと……」
「はい、ですわ!」
「…………」
これはうん、避けられそうにないな。
エレアの視線が痛いが、こればっかりはしょうがないだろ。
後なんか、そもそも彼女がここに来たのはエレアに原因がある気がするんだが?
根拠はないけど、俺の直感がそう言っている。
それは一旦おいておいて。
「……店長師匠だと語呂が悪いから、師匠店長の方でいいか?」
「……! かしこまりましたわ! 師匠店長様!」
「そこですかぁ? ぶっちゃけどっちも語呂悪いですよ!」
エレアが横からなんか言ってくる。
ともあれ、勢いで師匠呼びを了承してしまったが。
……そもそもどうして俺が師匠なんだ?
後、このお嬢様の名前って?
「は……そうでしたわ。自己紹介が遅れました。私の名前はアロマ、アロマ・ユースティアと申しますわ」
「ユースティア? ってことは……ああいや考え事をしてる場合じゃないな。改めて棚札ミツルだが……君は、どうして俺の店に来て俺を師匠と呼ぶんだ?」
「よくぞ聞いてくださいましたわ!」
ユースティアといえば、アリスさんの親戚だろうか。
いいところのお嬢様って感じだし、顔立ちもなんとなく似ている気がする。
でも、姉妹ってほど似てないな。
あと、レンさんが無反応なのも気になる。
……いや、レンさんは今、ファイトに夢中なだけだな。
さっきから声は聞こえてきているが、ネッカとのファイトに集中していてこっちに視線を向けていない。
ああ、なんだかアンジャッシュの予感。
話を戻して。
どん、と豊満な胸を叩くお嬢様ことアロマ。
とにかく、見た目通り外国人だったようだ。
髪色がファンタジーな世界だから、髪色でどこの人か判断できないから困る。
「わたくしが師匠店長様を存じ上げたのは、“第三回ファイトキングカップ”でのことですの」
「ああ、アレか……結構前の話だな?」
第三回ファイトキングカップ。
俺が大学時代に参加して、三位に入賞した大会だな。
その時の賞金でこの店を立てたわけだし、何よりあのダイアとのファイトは俺の人生のベストバウトの一つだ。
だから、俺にとっても思い出深い大会である。
「当時の私は幼く、テレビの向こうのファイトに憧れるしかなかったのです」
「数年経って、自立したからこうしてわざわざやってきた……と」
「はいですわ! ずっとお会いしたかったのです。ああ、感激ですわ……」
……当時が幼いって、今いくつなんだ?
ヤトちゃんと同年代か少し上くらいに見えるし、ぶっちゃけ今もまだ十代くらいじゃない?
まぁ、それこそヤトちゃんのようにエージェントとして活動していたりすれば、自立できるだけのお金も十分稼げるだろうけど。
「わたくし、あの大会での師匠店長様のファイトに感銘を受けましたの」
「……そんなにか?」
「はい! 特に後の最強チャンプ、逢田トウマ様との決戦は、今でも思い出すと……」
「思い出すと……」
「……ぐす」
アロマお嬢様は……泣き出してしまった。
涙を堪え、感極まった様子である。
「ごめんなさい、今でも当時のことを思い出すだけで涙がでてしまいますの……」
「そ、そうか……大変だな……」
なんか、テーブルの方で常連が解るよ……みたいな顔で頷いている。
まぁあのファイトは俺にとっても、色々と心に残るものだったが。
……そう考えて、当時のことを思い出す。
「…………ぐぐぐ」
「い、いかが致しましたの?」
「いや、当時のことを思い出したら、ダイ……トウマに負けたことが悔しく感じられてきて……」
「まぁ……そのファイト精神。さすがですわ……!」
アロマさんが褒めてくれるが、個人的に負けた悔しさでどうにかなりそうなので真面目に反応できそうにない。
とりあえず、気を取り直すのだ。
「つまり、ええと……なんだ? アロマさんは……あの時の俺みたいなファイトがしたいのか?」
「……! はい、はい! そうですわ! そのっとおりですわ!」
俺がそう言うと、アロマさんは鼻息を荒くして頷いた。
お嬢様が鼻息を荒くするんじゃありません!
「それじゃあ……」
「はい、なんですの?」
「――してみる? ファイト」
俺がそう言うと。
途端に、アロマさんは――
「ヒュッ」
息を止めて、白目をむいて倒れてしまった。
「アロマさん……!?」
「いけません! 推しに突然ファイトを申し込まれて、尊死してしまいました!」
「俺が悪いのか!?」
バタバタと駆け寄って、倒れてしまったお嬢様の状態を確かめるエレアが叫ぶ。
いや、確かにオタクはそういうところあるけれど。
リアルで尊死してる人初めて見たよ!
……多分、エレアなら尊死する可能性はあるんだろうけど、モンスターなせいで頑丈だから死んでるところを見たこと無いんだよな。
とか言ってる場合じゃない。
俺達は慌てて倒れたアロマさんを、ゆっくり休めるところに運ぶのだった。
なお、結局アロマさんが起きたのは閉店間際の時間帯で。
こっちとしては別にファイトを受けてもよかったのだが、閉店しても居座るわけにはいかない、とアロマさんに固辞されファイトは後日……ということになるのだった。
単純に、推しとファイトするのに心の準備が必要だったから、という理由な気がしなくもないが。
□□□□□
「どっせい」
その夜、俺は店に湧いたダークファイターを討伐していた。
普段ならエレア警報によって叩き起こされるところだったが、今日に限っては俺が遅くまで店に残ってたので俺が自分で気付いた感じだ。
何をしてたかって? フィールドを使ってのオンラインファイトだよ。
久々に熱中してしまった……
なお、エレアは現在ヤト邸でヤトちゃんと遊んでいる頃だろう。
それもあって、俺が遅くまでこの店にいたわけだしな。
さて、今日のダークファイターだが……
「でびびびーっ! 負けたでびーっ!」
語尾にデビをつけるファンシーな悪魔型ダークファイターだった。
人ではない、だがモンスターでもない。
ファイトで自分をサモンしなかったからな。
それにしても、これは……なんというか。
「……別種のホビーアニメの敵みたいだな?」
具体的に言うと、少年向けではない。
こういうのは、アレだ。
少女向け、いわゆる……
「そこまでですわ!」
ふと、声がしてそちらを向く。
そこに立っていたのは――青白いドリル髪の少女。
なんとなく、“彼女”と出会ったその日にダークファイターが襲撃してきた時点で、そんな気はしていたが。
やはり、彼女には秘密があったようだ。
そうして見たのは、
「貴方様の横暴、ここで止めさせていただきますわ」
ふりふりのドレスと、杖型イグニスボード。
それは、まさしく。
悪魔型ダークファイターを見た時に感じた印象そのもの。
すなわち、
――魔法少女。
「この、――マジカルファイターアロマが!」
マジカルファイターを名乗る、俺を師匠店長と呼んだ少女――アロマさんが、そこにいた。
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