34 そうだ、修行をしよう

 現在俺は、とても修行がしたかった。

 というか、誰かに修行をつけたかった。


 仮にもカードショップ店長として、ファイターの育成実績はそれなりにある。

 ノウハウだって、そこらのファイトトレーナー(ファイターを養成する資格を持っている人たち)にも負けないと自負している。

 だから時折、猛烈に誰かと修行がしたくなるのである。


 これはカードショップ店長の習性みたいなものだ。

 後進を導く立場の人間は、ときおりどうしてもこうなるのである。

 そんな折、クロー少年が店に一人でやってきた。


「店長……俺、ネッカに負けないくらいつよくなりたいんだ」

「そうか……」

「そのために、俺を鍛えてくれないか?」

「なるほどな……」


 腕組みをして、その言葉を聞き届ける俺。

 ゴゴゴゴゴ……という謎の効果音を響かせた後、目を見開いて叫んだ。



「やるか、修行!」



 そういうことになった。



 □□□□□



「で、……なんで私まで巻き込まれてるのかしら」

「ちょうどその場にいたからだけど……」


 それから少し。

 俺はクロー少年とその場に居合わせたことで、なんとなくついてくることになったヤトちゃんを連れて山奥の修行場にやってきていた。

 当日その場の勢いで修行に出かけなかったのは、クローの親御さんとハクさんから了承を得る必要があったからだな。

 修行という言葉に、何故か興奮していたハクさんが印象的だった。


「というわけで、山奥で修行だ!」

「押忍!」


 クロー少年が、勢いよく頷く。

 ハチマキをして道着姿で、万全の状態だ。

 なんというか、実はこういう時クローの方がノリがよくて、ネッカ少年の方が冷めてるんだよな。

 見た目は熱血少年だが、色々と真面目なところのあるネッカと、見た目はクール少年だが、心の奥底で燃えたぎる闘志を抱えるクロー少年の違いだろう。


「質問よ、店長」

「はい、なんだろうヤトちゃん」

「……この修行って、効果あるの?」


 そう言って、ヤトちゃんは自分の服装を見下ろしながら言う。

 なぜかヤトちゃんは、黒いミニスカの和服を来ている。

 和服というか、アレだ。

 くノ一。

 修行に出ると言ったら、エレアがヤトちゃんに渡してきたのである。

 あいつ、何でも持ってるな……

 ともあれ。


「効果なら、当然ある。ようは集中を高めてカードとのつながりを感じ取るための修行だからな」

「できるかしら、そんなこと……」

「これが案外、バカにならないんだよ。落ち着ける場所で考えをまとめるって意図もあるしな」


 色々迷ってる時、原点に立ち返るってのは大事なことだ。

 そのためには外界に意識を向けず、一つのことに集中できる空間を作ることは精神的な修行に欠かせない要素だ。


 加えて、この世界ではカードとのつながりは馬鹿にならない要素である。

 つながりを深め運命力を高めるには、やはり集中して意識をカードに向ける必要があるんだな。


「その点、クロー少年は色々と今後の方向性を掴みかねてるんだ」

「何か……ネッカに置いてかれてる気がするんだよ。このまま追いつけないんじゃないかって思っちゃうんだ」

「それは……大変ね」


 だから、一度考えを整理しつつ、カードとのつながりを強めて行こうってのが今回の修行だ。


「……私の場合は、どんな効果があるのかしら」

「今後、精神的に辛い局面にぶち当たった時に、心を強く持てる?」

「店長が言うと、本当にありそうだからやめて」


 後日、本当にヤトちゃんが精神的に追い詰められるのは、また別のお話。

 というのは冗談だけど、早速山の中での修行に入っていこう。


「山の中は、とにかく心を落ち着けるのに向いてる場所だ。そのうえで、心を落ち着けるための手段も大事になる」

「手段っていうと……滝行とか?」

「正解だ、クロー少年。他には素振りとか、瞑想とか。体を動かさずに意識を集中させるか、逆に体を動かして意識を集中させるか。方法は主に二択だな」


 前者は言うに及ばず。

 後者……体を動かす場合も、素振りのようなあまり複雑なことをしないシンプルな動作がいいだろう。

 どちらがいいかは……人による。


「まぁ、このメンバーなら体を動かさない修行だな。瞑想と滝行、どっちがいい?」

「俺は……滝行やってみたい。マンガみたいだから」

「私はどっちでもいいわ」


 じゃあ、滝行で。

 この修行場……街のハズレにあるファイター向けの修行場なんだけど、滝行をするための滝も瞑想や素振りをするための道場もあるしな。

 いや、なんで街のハズレに典型的な修業をするための施設があるんだよ。

 使用料は一日で一人千円である、高いのか安いのかわからん。



 □□□□□



「ぐおおおお、滝が……結構重い……!」

「なんか……思った以上に雰囲気あるわね、滝行……ぬぬぬ」


 というわけで滝行である。

 結構勢いのある滝に打たれることで、そもそも修行初体験であるクロー少年とヤトちゃんは、滝の勢いに圧されているようだ。

 俺はと言えば、これが初めてでもないので慣れたものである。

 といっても、意識を集中させて向き合うような悩みもないんだよな。

 それを言ったらヤトちゃんも似たようなものだけど。


「重い……けど、この程度で負けてられるか……! ネッカはこんな滝の重さよりもずっと厄介なんだ……! 俺は……ネッカにだけは負けたくない……!」


 クロー少年は、滝行をしながら自分の思いを吐露している。

 もともと、その冷静さから周囲に頼られることの多い性格をしている。

 その分、溜め込むことも多いのだろう。

 実際、ネッカ少年は意外と真面目だが、普段は見た目通りの直情熱血タイプなので、やはり普段頼られるのはクロー少年の方だ。

 気苦労が多いんだろうな。


「そのためには、もっと蒼穹の皆とのつながりを強くしないと……あいつらのことを意識して……」


 そうだぞ、クロー。

 その調子だ。


「……意識してると、こないだのバカンス事件がムカムカしてくるな……というか、普段から酒盛りとかしてるみたいで、夜は酒臭いし……近くの心霊スポットの幽霊から、蒼穹の皆が毎日宴会とかするせいで、肝試しに来たカップルが怖がってくれないとか文句言われるし……」


 ……なんか方向性が怪しくなってきたぞ?

 後、蒼穹のアンデッドたちって呑兵衛なのかよ。

 ほとんど骨だろ、飲んだ酒がこぼれ落ちるじゃん。


「っていうか、蒼穹の皆だけじゃない。ネッカもネッカだ、どうしてアイツのやったことで俺が謝らなきゃいけないんだ……? くそ、意識すればするほどムカムカしてくる」


 むむむ……何か思ったのとは違う方向に話が転がっていっている。

 ここは、俺が助け舟を出すべきところだな。


「クロー、色々溜め込んでるなら、いっそここで吐き出したらどうだ?」

「店長……」

「あ、背中を押す方向なのね……」


 同じように、色々溜め込んでいるクロー少年を見守っていたヤトちゃんからのツッコミが飛んでくる。

 こういうのは、溜め込みすぎないのも大事なんだよ。


「うおおおお! 蒼穹の皆とネッカのバカヤローーーーッ!」


 クロー少年渾身の叫びは、降り注ぐ滝の音にも負けないくらいの大音量で山中に響き。

 バカヤロー……バカヤロー……と、やまびこが返ってくるのだった。


「ちなみに、ヤトちゃんはなにか吐き出しておくことある?」

「……勢いで着ちゃったけど、くノ一衣装って結構恥ずかしいわ……」

「そ、そうか……」


 なんかごめん……

 いやでも、露出で言ったら普段のパンクファッションのほうが激しくないか?

 おヘソだしてるじゃん、よく。


「パンクはいいのよ……」

「いいのか……」


 よくわからないこだわりが、そこにはあった。



 □□□□□



 後日、クロー少年はネッカ少年と対決し、無事に勝利したのだが。


「これが修行の成果でござる……!」

「……な、なんかクローがサムライみたいになってる……!」


 どうやら、クロー少年は影響を受けやすいタイプだったらしく。

 暫くの間、言動がサムライみたいになっていた。

 いつぞやの、店に大挙してきていたサムライたちを思い出す光景だ。

 風太郎は元気にしてるかな。

 まぁ、俺としては、色々と悩みを解決して前向きになれたようなので、その点は良かったと思う。

 ……ということにしておこう。

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