28 二人きりのデュエリスト。店長VSエレア(前編)
静まり返った店内で、俺はゆっくりとそれを見渡しながらフィールドへ向かう。
たくさんのカードが眠るストレージ。
普段は多くのプレイヤーがファイトを楽しむテーブル。
自慢のカード達が飾られたショーケース。
カウンターには、各種パックの見本が置かれていたり。
我ながら、カードショップらしいカードショップだなという感慨にふける。
「店長、店長、まだですかー? 始めましょうよ」
「ちょっと脳内でシリアスモードに入ってるんだ。少しくらい浸らせてくれ。……というか、随分と今日はテンション高いな」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」
それ、さっきも聞いたぞ。
なんて思いつつ、エレアが楽しそうなので指摘はしないでおく。
指摘するとむくれるからな。
いや、別にそれでもいいんだけど。
仲の良い間柄のキャッチボールみたいなものだからな、コミュニケーションが成立していればどういうやり取りだって楽しいものだ。
「とても、とーてーも、いいことがあったのです」
「それは解るよ、解るんだが具体的にこう……なんかないのか」
「その答えは……ファイトで見つけるしかありません」
そう言って、ステップを踏むような足取りでエレアはフィールドの上に立つ。
ステージのようになっている、店の中央に位置したエリア。
普段はここで、多くのファイターが激闘を繰り広げているのだ。
「それはこの世の真理だが……つまり何かほしかったカードが手に入ったってところか?」
「わーわーわー! はやく、はやくファイトを始めましょう」
図星らしい。
なんか、不意にネタバレをしてしまったような気まずさ。
まぁ、エレアが解りやすいのが仕方がない。
「まったく……しょうがないな。しかしエレア、基本俺とエレアのファイトは俺のほうが優勢なわけだが」
「店長相手に勝ち越せるファイターが、ダイアさん以外にこの街に何人もいたら怖いですよ……」
本当ならレンさんもだいたい互角のはずなんだけどなぁ。
お互い、自分のフィールドで全力を出せない身の上なのが悲しいところだ。
「しかし、今回は心配ご無用です、店長。この勝負、私が勝ちます」
「ほう……どんなカードを手に入れたのか知らないが、お手並み拝見といこう」
「うぅ……既に手品の種がバレたマジックをさせられている気分です」
なんて話をしつつ、フィールドを起動させる。
本来なら一回の使用料は500円だが、店が閉まった後なら話は別だ。
このフィールドは俺が自前で購入したもの。
周囲のショップに遠慮して使用料を求めているだけで、本来なら好きなだけ使い倒しても誰も文句を言わないのだから。
ともあれ。
デッキをセットして、エレアと向かい合う。
こうしてエレアとファイトをするのは、もう既に何度目かもわからないが……。
「もしかして、閉店後の店内でエレアとフィールドを使ってファイトするのは、あの時以来か?」
「はい、そうですよ。私がこっちの世界に来て、店長の店で働くことになって……その、最初の出勤日の夜以来です」
「懐かしいな。あの頃のエレアは借りてきた猫みたいだったが。エレアも変わったってことか」
人は変わっていくものだ、俺も、エレアも。
“昔”と比べて随分変わった。
多くのことを経験して、この店の店長と店員になった。
それはお互い、変わらない。
「さて、どうでしょう。私は私ですよ。今も昔も」
「俺は、今のエレアはとても楽しそうに生きていると思うけどな」
「だから!」
フィールドが起動して、ファイトが始まる。
お互いの視線がぶつかり合って、
「このファイトで、私が変わらず私であると、店長に見せつけてやりますよ!」
不思議な物言いだが。
それこそ、答えはファイトの中で見つけるしかないのだろう。
俺たちは頷き合って。
「イグニッション!」
お互いの闘志に火を点けた。
――ファイトは静かに進む。
先行は俺、手慣れた流れで<
エレアのターンに備える。
「そういえば、店長はどうして店長になったんですか?」
「ざっくりとした質問だな」
「店長の実力があれば、十分プロファイターとしてもやってけると思ったんですけど」
不意に、エレアの雰囲気が緩む。
ファイト中のエレアは偵察兵としての本能が刺激され、冷静で静かなファイトをするようになる。
いつもの、ダウナーな雰囲気を漂わせる割にやかましい、エレアとは正反対というべきの。
だが、そんなエレアが普段の雰囲気に戻って話しかけてきた。
内容は、どうして俺が複数ある進路の中でカードショップ店長を選んだのかという話だな。
「そうだな……三つある」
「三つ?」
「一つは他が向いていなかったからだ、エージェントは言うに及ばず……プロファイターってのも柄じゃない。店長が一番性に合ってたんだ」
他にも、サービス業とはいえプロやエージェントよりはずっと時間に余裕があるし。
うちの店でファイトを楽しむお客を見ているのも好きだ。
「店長らしい理由ですね。……だからこそ、これについては正直予想できた答えでしたが」
「なら、二つ目はどうかな」
「あはは……2つ目を話す前に、負けないでくださいね! 店長!」
言いながら、エレアはターンを進行させる。
テンションは……変わらずいつも通りのエレアだな。
ともあれ、代わりと言わんばかりにエレアのフィールドには彼女の写し身――<帝国の尖兵 エクレルール>が立っている。
<エクレルール>は一枚しかデッキに入ってない……というかエレアが一枚しか持っていないのだが。
本人であるエレアは、必ず初手に<エクレルール>を引き入れることができる。
一枚でも、何ら問題はなかった。
「さぁ、まずはこいつからです! 現れろ、<帝国の暴虐皇帝>!」
そうして出現するのは、全長数メートルある鎧姿の巨漢。
ちなみに「帝国」モンスターは、本人である<エクレルール>以外は過去の「帝国」の概念的なものがモンスターになってるらしい。
どんだけ暴虐の歴史を歩いてきたんだよ帝国……
まぁ、今となっては関係のない話。
俺は現れた<暴虐皇帝>を<ロード・ミカエル>で迎え撃つ。
<ロード・ミカエル>こそ破壊されてしまったが、<暴虐皇帝>は俺を倒すには至らない。
ついでに――
「俺はカウンターエフェクト<過去と未来と現在が繋がる場所>で、セメタリーとデッキの<古式聖天使>モンスターをサモンする!」
カウンターエフェクトで、後続の展開に成功する。
こいつはモンスターが破壊された時に発動できるカウンターエフェクトで、見ての通りセメタリーとデッキからモンスターを呼び出せる。
つまり、セメタリーが過去で、デッキが未来ってことだな。
「くっ……ターンエンドです」
「じゃあ、俺のターンだ」
俺は、呼び出したモンスターで反撃を開始する。
その最中に、エレアの問いかけへ答える。
「んで、2つ目だったな」
「はい。1つ目が妥当な理由だったので、ここらで一つエモい理由をお願いしますよ」
「どういう要求だよ」
いいながらも、少し過去のことを思い返して……
「2つ目は……満足したから、だな」
「満足した?」
「大舞台で戦うことに、だよ」
大学時代の話だ。
俺は大きな大会に参加して、そこで第三位に入賞した。
準決勝でダイアに敗れ、その後三位決定戦に勝利したわけだ。
「正直、最高の舞台だった。柄にもなくテンション上がったし、今でも当時のことは鮮明に覚えてる」
「じゃあ、その盛り上がりを求めてプロファイターになる選択肢もあったわけですよね?」
「エージェントはムリでも、プロファイターにならなれるだろうしな」
それに、ダイアからもプロにならないかと誘われていた。
俺とダイアの友人は、プロになったファイターが多い。
その輪の中に俺も加わってくれれば……と、そう考えるのもムリはないだろう。
そのうえで……俺はその申し出を断った。
「ただ、あれ以上の盛り上がりは……多分もう、俺の中で望めないだろうと思った」
「なんとなく解るような……」
「人生における最高の瞬間ってさ、一度あれば十分だと思うんだよ、俺は」
どれだけ素晴らしい人生を歩む人間も、その全てが光り輝いているわけではない。
時には多くの苦難が待っていて、やりたくもないことをやらなければならないこともあるだろう。
頂点を求めるとは、そういうことだ。
ダイアなんてその典型だろう。
最強として、この国の誇りとして、多くの人から尊敬を集める立場で。
しかしその立場が、同時に彼を“逢田トウマ”にふさわしい存在であることを強要してくる。
顔を隠して、“ダイア”である時間のほうが自分をさらけ出せるとなれば……それはなかなか窮屈な生き方だよな。
まぁ、本人はそのどちらも楽しんでいるし、アイツはそれが似合う人間だと思うけど。
「けど、俺はそうじゃない。俺はあの一度の舞台で、俺が欲しいと思う人生の“最高”は手に入れた。だったら後は、俺にとって生きやすい……俺らしい人生を歩みたいと思うのは普通じゃないか?」
「おお……なんか、思った以上にエモい理由が飛び出しましたね」
「正直、俺もそう思う。なんか、口に出してみると少し恥ずかしいぞ」
こんな、日常のワンシーンみたいな場面で語るようなことか?
と、思わず素面になってしまうような話だった。
でも、語ったことに嘘偽りは何も無い。
「とはいえ……こうして言葉にできると、色々と感慨深いものがあるな。機会をくれてありがとう、エレア」
「ちょっと? まだファイトは終わってないんですけど? そもそも三つ目を語っていないのに、勝った気にならないでくださいー!」
「悪い悪い……とはいえ、エレアがこの攻撃を耐えられたら、だけどな。出てこい、<
そして俺は、俺が最も愛用しているエースを呼び出し、攻勢に出る。
エレアは<暴虐皇帝>でそれを迎え撃つも、<暴虐皇帝>は破壊されてしまった。
追撃を受ければ、エレアは持たない状況である。
だが――
「何の! セメタリーの<帝国革命の御旗>のエフェクトを発動。<暴虐皇帝>が破壊された時、このカードをフィールドに配置できます」
エレアの「帝国」デッキにおいて、<暴虐皇帝>はいうなれば前座だ。
奴が破壊された時、手札かセメタリーから<帝国革命の御旗>というカードを展開できる。
これは<点火の楽園 バニシオン>と同じフィールドに展開するカードだな。
この発動によって、「帝国」は革命を迎える。
夜明けとともに人々は、悪辣なる暴虐から解放されるわけだ。
「さて、ここまでは前座。店長に対する反撃を開始しつつ。三つ目の理由を聞き出してやりますよー」
そして、<御旗>の展開に合わせて俺の追撃は防がれた。
ターンを終えて、気合を入れるエレアを見る。
そう、三つ目。
「俺の、三つ目の答えは……」
それから、一度天井を見上げて。
俺は一つ、呼吸を整えた。
そう、三つ目の答えは――
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