27 一度もカードに触れない日

 思えば、この世界に転生してから、一度もカードに触れない日はなかった。

 前世からカードゲームのオタクをしていると俺は自負しているが、それにしたって熱狂的だとも思わなくもない。


 とはいえ、それはこの世界ならごくごく当たり前のことだ。

 世界中の誰もがイグニッションファイトをプレイしていて、それが世界の命運すら決めてしまうこともある。

 最強のファイターは、誰もが当然のように憧れる称号で。

 世界を救ったファイターは、多くの人々の尊敬の的だ。


 そして俺は、そんな世界に転生した。

 転生……というには、そもそも俺を取り巻く環境は変化していないし、前世も今も俺は棚札ミツルなのだが。

 一番の違いは……もしかしたら、前髪の特徴的なメッシュかもしれない。

 ホビーアニメの主人公にありがちな、髪色の変化。

 それ以外は、何も前世と変わらないんじゃないか?


 ただ、それはあくまで転生したばかりの頃の話。

 中学の頃から、俺は意図して前世と違う生き方をすることにしている。

 普通の中学に進学し、高校も大学も正直に言えば適当に選んでいた俺だったが。

 今の生では、中学の時に有名な進学校にイグニッションファイトの特待生として進学している。

 そこでダイアと出会ったわけだから、そこからの俺は前世とは違う人生を歩んでいると言っていいだろう。


 別に、大きな野望が合ってそうしたわけじゃなく。

 単純に何かしらの変化を求め、ファイターとしての才能がそれに答えられるくらい高かっただけだ。

 転生者だからな、と正直思っているが実際のところはどうなのか。


 ともあれ、そんな人生を送ってきた俺だが、カードに関わらない日はこれまでほとんどと言っていいほどなかった。

 そんな俺だが、今日に関してはほとんどカードに触れていない。

 まず大前提として、今日は休日だ。

 店をエレアに任せ、見たかった映画を見るために出かけている。

 もちろんデッキは持ち歩いているから、完全に触れていないというわけではないのだが。

 午前の間、辻ファイトを挑まれなかったことと、見たかった映画にイグニッションファイトが登場しなかったことで、カードには触れていないといってもいいだろう。


 そして午後、家に帰る途中の公園で、バスケをしている知り合いを見つけた。

 熱血少年のネッカと、クール少年のクローを始めとした小学生組だ。

 アツミちゃんを始めとした彼らの友人たちもいる。

 珍しいところだと、レンさんもその輪に加わってバスケに興じていた。

 全員学校の体操服で、レンさんもそうだ。

 レンさんがゴスロリ服以外の服を着ているところを始めてみた……のだが、一人だけブルマなのはわざとやってるんだよな?

 アツミちゃんは普通の短パンだし。

 たまによくわからないこだわりを発揮する人だから、多分今回もそうなんだろう。


 と、そんな彼らを遠巻きに眺めていると。


「――あ、店長だ!」


 ネッカ少年が、俺に気付いた。

 そこで、全員が視線を俺に向ける。


「やぁネッカ、元気そうだな」

「へへっ、バスケでも俺は負けねぇぜ!」


 負けず嫌いなネッカ少年らしいものいい。

 実際、この中で一番バスケが上手いのはネッカ少年のようだ。

 次点はクロー少年とレンさん。

 ファイトが強い奴は、運動神経もいい。

 謎の偏見だが、この世界では概ね事実と言っていい偏見である。


「天の民よ、天の民も一つどうだ?」

「俺か? 勘弁してくれよ、子供に混じったら上手くても下手でも大人気なさ過ぎる」


 そこでレンさんが、俺にボールをパスしてくる。

 いやいや、と思うものの。

 周囲の視線は、期待に満ちている。

 レンさんがいい出したから、というのもあるだろうが。

 俺の普段の行いもあるだろうなぁ、これは。


「……しょうがないな。ちょっとフリースローをするだけだぞ」

「よしっ」


 クロー少年がガッツポーズをする。

 そんなに気になるのか? 俺の身体能力。


 まぁ、期待されたならしょうがない。

 バウンドをして、感触を確かめつつゴールに近づく。

 位置は……スリーポイントの位置で。


「おお」


 ネッカ少年の期待に満ちた声。

 若干の緊張を覚えるものの、少し呼吸を整えて……


 シュート。


 ほとんど音もなく放たれたボールは、寸分たがわずゴールに入った。


「おー!」

「いいぞ、天の民よ」


 無駄に緊張してしまったが、周囲の期待には答えられたようだ。

 思い返せば……これもある意味転生特典かもしれないな。

 強いファイターは運動神経もいい。

 その偏見を証明する、最大の要因はまさに俺自身だ。

 前世でこんなことをしても、まったくゴールに入る気なんてしなかったからな。

 ある意味、俺の中で前世と比較して最も変化した部分かもしれない。


「まぁ、ファイターとしてこのくらいはな」

「いいじゃん、店長。やっぱり一緒にバスケしてかない?」

「流石にそれはしないよ。大人げないんだから、こればっかりは」


 クローの冷静さの中から隠しきれないワクワクを感じつつも、あくまでそれを辞退しつつ。

 それから少し話をして、俺はその場を後にするのだった。



 □□□□□



 んで、その足で適当に時間を潰そうと、俺は図書館へ向かった。

 別に目的なんてものはない、過ごしやすそうな空間で適当に本を読みたかっただけだ。

 なの、だが。


「……あら、店長」

「今日はよくよく、思いがけないところで知り合いに会うな。こんにちわ、ヤトちゃん」


 勉強中のヤトちゃんに出くわした。

 広い机でノートを広げて、ペンを走らせている。

 珍しく制服姿なのも相まって、こうしてみればヤトちゃんも一介の学生って感じだな。


「勉強中か」

「テスト勉強よ、試験が近いから対策しておかないと」

「勤勉だなぁ」


 そう言いながら、なんとなくヤトちゃんの“困ったら助けて”オーラを感じて隣に座る。


「困ったら助けてくれると助かるわ」

「はいよ」


 普通に口に出したな。

 何事も口に出すのは大事なことなんだよ。

 定期的に闇落ちする、ネッカ少年の兄を思い出しながらそう考える。


「そういえば……」

「どうした?」

「店長って、勉強はできる方?」


 ペンを走らせながら、そんなことをヤトちゃんは聞いてくる。

 この迷いのなさとは、正直困った時の助けなんていらないんじゃないかって感じだ。


「そうだな……まぁ、普通だ」

「普通かぁ……」


 本当に普通。

 中学も高校も、全体で見れば中の中と下の間くらい。


「まぁ有名私立での中ってところだから、人並み以上にはできるんだろうけどな」

「それは……普通にすごくない? 私もまぁ、うちの中学ならできる方なんだけどさ」

「正直、同じくらいじゃないか?」

「かもね」


 ある程度上下はあるんだろうけど、人並み以上ってくくりなら俺とヤトちゃんは同じグループに入れてもいい気がする。

 ただ俺の場合は、前世の知識があった上でそれだ。

 正直言って、それがなかったらもっとひどい。

 そういう意味で俺の学力は前世と比べてもっとも変化していない部分だろう。

 別にいいことではないんだけど。

 何にしてもヤトちゃんは真面目なんだな、と思うばかりである。


「だったらダイアさんは? なんか、テレビで見てる時の雰囲気はすごくできる人、って感じだけど」

「あいつか? あいつはダメダメだったよ、典型的なファイトバカだったからな」

「うそ!?」


 いや、ほんと。

 中学時代なんか、毎回のように補修を受けていた。

 ファイター特待生じゃなければ、進級できてたかすら怪しいくらいだ。

 昔のダイアは、今のような落ち着いた感じではなかった。

 一人称だって“俺”だったし。

 ネッカ少年がそのまま大きくなったような感じだ。


「うそじゃないよ。ただまぁ、途中で変化があったんだよ」

「変化?」

「そう、世界を救って……プロになって。その頃からかな、いろいろなファイト以外のことに取り組みはじめたのは」


 昔のダイアは、ファイトだけをしていればよかった。

 けど、世界を救ってプロになって、注目を集めれば集めるほど昔のままじゃいられなくなった。

 勉強にしたって、立ち振舞にしたって。

 周囲に認められるためには、どんなことだって最低限は求められる立場。

 大変だよな、と端から見ていて思う。

 まぁそれに答えて、努力しようと思えるところがダイアのいいところ何だが。


「じゃあ努力し始めてからは?」

「どっこいってところだな。まぁ、正直ファイターなんて最低限学力があればいいんだから」

「その最低限が、結構ハードル高いと思うんだけど」


 まぁな、と頷く。

 実際、有名私立で普通にやっていけるレベルはハードルが高い。

 でも正直、俺もダイアも、努力しようと思う一番の理由は――負けたくないから、なんだろうけど。


「ぶっちゃけ、今だってあの頃のちょっと抜けてるところは変わってないけどな」

「バレバレの変装をしてくるところとか?」

「そんなところだ」


 そう言って、俺は笑う。

 なんというか……確かにダイアは変わった。

 けど、変わっていない部分も確かにある。

 ダイアはダイアだ。


 ……じゃあ、俺は?

 ペンを走らせるヤトちゃんに、適当に本を読みながら付き合いつつ。

 ぼんやりそんなことを考えるのだった。



 □□□□□



「んで、結局ここに来てしまう、と」


 その夜。

 俺はカードショップ“デュエリスト”の前にいた。

 俺の店だ、誰がなんといおうと……まぁ、誰も文句は言わないとおもうけど。


 時刻は閉店間際。

 もう、客もほとんどいないだろう。


「顔を出す理由もないんだが、カードに触れてないなと思ったら……足が向いてしまったな」


 独り言で説明しすぎだろ、なんて思うけど。

 一人だからいいだろ、とも思う。

 なんか、一日の間で他人と話をする時間もあったけど、基本一人でいたからかな。


 そう思いつつも、店に入ると――



「あ、店長ー。やっと来てくれましたねー」



 エレアが、随分と高めのテンションで出迎えてくれた。


「俺を待ってたのか?」

「店長のことだから、来てくれるんじゃないかなー、と思ってたんです。流石に休日に何も無いのに呼びつけたりなんてしませんよ」


 そりゃありがたいことで。

 と思いつつ。


「その随分と高いテンションは、何かいいことでもあったのか?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくださいました」


 そう言って、エレアは手にしていたものを俺に見せる。

 それは……デッキだ。

 おそらく、エレアが愛用している「帝国」デッキ。



「ファイト、しませんか?」



 ああ、なんというか。

 カードにまったく触れない一日なんて、この世界でそうそう無いと思っていたけれど。

 そもそもそれを望んでいるのは、俺じゃないか。

 そのことに、ふと気付いてしまうのだった。

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