26 美少女カードはオタクに人気
この世界にも、当然ながらパックはある。
ただ、その発売元は様々だ。
普通の会社だったり、カードの研究所だったり、出所不明の謎の組織だったり。
後者二つはおかしくない? と思うが。
この世界のカードの誕生には若干オカルトなところがあって。
前世みたいに印刷所でデザインしたカードを印刷してもらうという単純な話じゃない。
まぁ、そこら辺は長くなるので一旦割愛するとして。
そのうち、これに関して触れることもあるだろう。
カードショップなんだから、言うまでもなく俺はそれを販売している。
そして、パックが出るということは新弾の発売日があるということだ。
今日はそんな、新弾の発売日に関する話である。
新弾の発売日、いいよね。
新しいカードを手に入れてデッキを強化したり、大抵の場合は土曜発売だからそのままバトルしたり。
なんならパックを剥くという楽しみだってある。
というか、ある意味それが一番楽しいという側面もなくはないのだ。
「店長、新弾を一箱ほしいんだけど」
「いらっしゃいヤトちゃん、ちょっとまっててくれ」
その日、開店と同時にやってきたヤトちゃんが、開口一番そう言った。
ヤトちゃんは予約をしていなかったので、在庫がなければ諦めて貰うほかないのだけど。
流石に開店と同時なら在庫がないなんてことはない。
俺はカウンターの床に置いた段ボールの中から、未開封の箱を取り出して手渡す。
早速それを購入して、ヤトちゃんは満足げだ。
「やっぱり、箱って買うとワクワクするわね」
「それは同意だな」
そう言って、嬉しそうに箱を抱えるヤトちゃん。
「ちなみに、狙いは誰なんだ?」
「決まってるでしょ! <極大天使ミチル>ちゃんよ! っていうか皆そうじゃない?」
「かもしれん」
そう言って、ヤトちゃんは箱のパッケージを指差す。
そこには複数の美少女モンスターが描かれていた。
ヤトちゃんが指差すのは、その中央に描かれた天使の少女だ。
パックと一言に言っても色々あるが。
前世においては、主に三種類で分類できた。
一つはレギュラーパック。
言い方は様々だが、いわゆるそのカードゲームのメインとなるパック。
アニメと連動していたら、そのアニメの主人公やライバルが使うエースモンスター達が収録されていたりする。
何につけてもこれがなくては始まらない、そんな主食みたいなパックだ。
もう一つが再録パック。
過去の強力カードを再録して、手に入りやすくするためのパック。
新規カードが封入されなかったりする分、レギュラーパックよりは需要が少ないがそれでも定期的に必要とされるパックだ。
年に一回くらいは、こういうパックが出てほしいよな。
最後はその他。
めちゃくちゃざっくりと、上記以外のパックはここに分類してしまっていいだろう。
ただ、方向性としてはある程度はっきりしていて、レギュラーパックとは関係ないモンスターを収録したパックだったり、別コンテンツとのコラボブースターだったりする。
その中に、“美少女カードを中心としたパック”というのもあるわけだ。
今日発売したのは、まさにそれ。
この世界に存在する数多の美少女カード。
それをかき集めたオタク垂涎のパック。
うちの店にはヤトちゃんやエレアを始め、こういうのが好きなオタクが多いので数カートン分のパックが、現在カウンター裏に鎮座している。
まぁ、既に1カートン分が売れてなくなってしまっているんだが。
いるんだよ、カートン単位で買ってくオタクが。
エレアっていうんだけど。
「じゃあ、また来るわね」
「また来るのか」
「小学生のいるところで、美少女カードパック剥いたら私の羞恥心が死ぬのよ」
気持ちは解る。
今日のショップ大会は午後からなので、家でパックを剥いて、午後になったらまた来るのだろう。
そうしてヤトちゃんが帰った後も、同じように箱を一箱とか二箱くらい買っていくお客の相手をしていると。
マスクとサングラスをつけた女性が、店に入ってきた。
入ってすぐに、キョロキョロとあたりを見渡し、誰かがいないのを確認したのか安堵した様子を見せる。
そのままそそくさとカウンターの方へやってきて、俺に声をかけてきた。
「店長さん、こんにちわ」
「こんにちわ、ええと……」
「今の私は、しがないお客さんAです。お気になさらず」
「お、おう。ええと、予約してたのを取りに来たんだよな?」
誰あろう、ハクさんである。
いつものゆったりとした服装ではなく、何故かへそ出しパンツルック。
なんか顔を隠すついでに露出を楽しんでません? と聞きたくなってしまう。
ぶっちゃけマスクとサングラスが合ってなくてめちゃくちゃ浮いてるんだけど、いいんだろうか。
まぁ、俺としては今日のパックを予約して買ってくれるありがたいお客さんなので、色々突っ込まずに箱を手渡す。
全部で四箱。
今のところ、今日来た客の中では一番大量に買った客である。
エレアは店員なので客ではない。
「ありがとうございます。ふふふ、待っていてくださいね、ミチルちゃん。ふふふふふ……」
「なんか寒気がするんだけど……」
姉妹揃って<極大天使ミチル>狙いらしい。
そりゃ、パッケージにも描かれている目玉カードなんだから、当たり前だろうけど。
その後も、色んな奴が新弾を買いに店を訪れた。
少し意外だったのは、刑事さんが一箱買っていったところだな。
「邪魔するぞ、店長。新弾を一箱買いたいんだが」
と何のためらいもなく言って買っていった。
男前というか……オタク的な忌避感がないというか……
とりあえず、そんな刑事さんの男気を尊重して、俺も普通に接客しつつ紙袋に箱を入れて渡した。
ビニール袋にいれると透けるからな。
他にはダイアが三箱買っていった。
こちらもハクさんと同じく予約組である。
「店長、予約した新弾がほしいのだが」
「理解ってるよ、ダイアも狙いは<ミチル>か?」
「黙秘権を行使する」
なお、ハクさんと違って堂々と新弾を購入していった。
していったのだが、そもそも普段からニット帽にサングラスの不審者ルックなので怪しい奴であることに変わりはなかったのだが。
こちらも、万が一通報されたら可哀そうなので、紙袋で手渡した。
我ながらいい仕事をしたな。
おっと電話だ。
なに? もう1カートン追加で欲しい?
予約してないからダメに決まってるだろ。
うちはただでさえ客が多いんだからもう1カートン持っていかれたら、他の客に売る分がなくなっちまうよ。
店員特権でもダメだって。
諦めなさい。
□□□□□
「た、だ、い、ま、帰りましたー!」
その夜。
店を閉じる直前。
客がいなくなった店内に、勢いのいい声が響き渡った。
エレアである。
叫んだら迷惑だろ、と思うかも知れないが問題ない。
客はいないので、その絶叫を耳にするのは俺だけだ。
そしてエレアは元偵察兵なので、店の中に客がいるかは入店前に把握している。
そんな元偵察兵兼美少女オタクは、なんとも疲れた様子で大きなバッグを背負っていた。
肉体的には元気そうだが、精神的に疲弊したって感じだ。
「一体どうしたんだ、勢いよく店を飛び出したと思ったらこんな時間に」
「聞いて下さいよ、店長! 聞いて下さいよ!」
ずんずんと近づいてくるエレア。
やがて目と鼻の先で、俺を睨んでくる。
顔が近い、とても近い。
「<極大天使ミチル>ちゃん! なんと1カートンに1枚の封入率だったんですよ」
「極悪すぎる」
「これじゃデッキにフル投入できません!」
なんだその封入率。
この世界のパックはたまにとんでもない封入率だったりする時もあるわけだが。
それにしたって極悪だ。
前世でも、1カートン1枚の封入率とか、特別なレアリティのカードにしか許されない封入率だぞ。
「というわけで、各地を駆け回って追加で買ってきたんです、新弾」
「そ、そうか」
「その数2カートン分! これだけアレば当たるでしょう!」
カートンそのものではないんだな。
そりゃまぁ、カートンで買うとなったら予約してないとムリだけど。
1カートンも買えば、デッキにフル投入できる分の<ミチル>が揃うと思っていたエレアは油断していたのだろう。
色んな店を回って、各店から少しずつ箱を購入するしかないんだろう。
「というわけで、今日はこれからこの箱を開封する配信をしてきます」
「行ってらっしゃい。飯はこっちで作ろうか?」
「食べてきたので大丈夫です、でもお気遣い感謝します。くそお食べてこなければよかった!」
そんなに男の手料理が食べたいのか……?
作れて簡単なものだぞ。
確かパスタ麺が残ってたはずだから、もし食べるならスパゲティになってただろうな。
ともあれ。
「さぁ、やってやりますよミチルちゃん! ふふふふふ、うふふふふ」
気合の入った笑みを浮かべつつ、エレアは二階へ上がっていくのだった。
「……ふむ」
それを見送って。
なんいうか、新弾発売日ってのは賑やかなもんだ。
普段の数倍くらい騒がしい気がする。
そうなってくると、俺も新弾が発売したという空気を吸いたくなってくるわけで。
ちらりと、カウンターの足元に視線を下ろす。
パック単位で販売していた箱の中に、売れ残ったパックが一つだけ残っている。
せっかくだ、俺もそれを買ってみよう。
まぁ、流石に<極大天使ミチル>が出ることはないだろうが――
「ん、これは」
そう思いつつ、代金をレジに投入して開封したパックから――
俺は、とあるカードを引き当てた。
まぁ、流石に<ミチル>ではなかったんだが。
しばらく俺は、そのカードをなんとはなしに眺めているのだった。
――なお、エレアは無事に2カートン分の箱から一枚も<ミチル>を引き当てることができず爆死した。
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