24 お金の使い方はその時々

 その日、ショーケースを眺めてヤトちゃんが唸っていた。


「うーーーーーん、四千円、四千円かぁ……」


 いつもどおりのパックファッションで、ショーケースの中断にあるカードをかがみ込んで眺めている。

 黒いポニーテールが、言葉のたびに悩ましげに揺れていた。


 それはもう、かれこれ三十分くらい。

 間にストレージを眺めたり、他のお客に呼ばれてフリーをしに行ったり。

 途中途中で目を離しつつもずっと悩んでいた。


 悩む理由は単純、ショーケースに並んでいるカードをシングル買いするか否かである。

 お値段はヤトちゃんの言う通り四千円。

 前世であれば非常に高額なカードであったが、この世界だと相対的に安い部類に入るカードである。


 この世界のカードは、いわゆるレアカードと言われるカードは安くても数十万、下手すると億を超えるとんでもない値段になる。

 ただそれ以外のカードでも、なかなか手に入らない珍しいカードっていうのは多数存在していて。

 中には一万とかするカードもあるけれど、その中でヤトちゃんが悩んでいるカードは概ね平均的な値段といえるだろう。


 個人的な感覚だが、前世のカードの販売価格を三倍するとちょうどいい感じになる。

 どちらにせよ、ファイトにお金がかかる世界だ。

 生活に関わると考えれば、安い買い物なのかもしれないが。


「また、随分と悩んでるな」

「店長……そうなのよね、ちょっとどうしても悩むのよね」


 ちょうどショーケースに別のカードを並べることにしたので、ついでに話を振ってみる。

 周りからも随分悩んでいると声をかけられたが、流石に三十分も経てばヤトちゃんへの注目はほとんどない。


「……実は、ダークファイターがまたこの街に現れ始めたんですって」


 だからか、ヤトちゃんは周囲に聞こえないようにそう話してくれた。

 こういう会話は、もう珍しいものでもなくなってしまった。

 お互い、こっそり話をするのも手慣れてきている。


「なるほど、それで任務があるからデッキを強化したいわけだ」

「そうなのよね……カードを買うお金をケチって負けたとか、姉さんにもレンさんにも申し訳が立たないし」

「なら買っちゃえばいいんじゃないか?」


 カードが生活に関わるといったが、もはや生命が関わってきている話だ。

 だったらなおのこと、このくらいの値段なら買ってしまえばいいのではないか、と思わなくもないが。


「多分、……八割くらいは無駄になるのよね、これを買っても」

「あーそれは……まぁ、理解らなくもないな」


 確かに、今ヤトちゃんが見ているカードは、ヤトちゃんの「蒸気騎士団パンクナイツ」と相性のいいカードだ。

 ただ、あくまで展開の上振れに必要なカードで、これだけで使い道があるカードではない。

 むしろヘタに入れたら事故ってデッキが回らなくなるかもしれない諸刃の剣。


 いくら運命力のおかげで前世よりドロー力が上がっているからって、こういう上振れカードの事故がないわけではないのが恐ろしいところ。

 むしろ、事故る確率が低いからこそ、事故った時が悲惨極まりないという考え方もできるな。


「そういえば――」


 と、そこで思い出す。

 ヤトちゃんに見せたいカードがあるのだ。

 今後ダークファイターとの生死を賭けた戦いに赴くなら、なおのこと見せる必要がある。


「新しい<蒸気騎士団>のカードが見つかったんだが」

「え!? ほんと!?」


 ああ、と頷く。

 先日刑事さんが持ってきた買い取りの中に混じっていたのだ。

 刑事さんはそこで初めて気付いたようなので、俺の「古式聖天使」と同じくいつの間にか入り込んでたパターンだな。

 「古式聖天使」ほどではないが、そういうことはたまにある。


「ただ、レアカードで値段は二百万ほどになる」

「買った!」

「うお、即決か」


 悩む素振りすら見せなかった。

 一応、ほしいなら取り置きする心づもりだったのだが。

 その必要性すらなかったな。


「<蒸気騎士団>のカードはそりゃ即決に決まってるでしょ。たとえ今必要なくっても、何れ別のカードが見つかってシナジーが生まれるかも知れないし」

「まぁ、そりゃそうだな」

「それに、レアカードに関しては必要だと思ったら、どれだけ高くても買っていいって姉さんに言われてるの。まぁ、<蒸気騎士団>じゃなかったら流石に相談は必要だけどね?」


 なるほど、と頷く。

 どうやらレアカードに関しては、通常のカードとは別に、買うための予算が姉妹の間で設けられているそうだ。

 そうなってくるとレアカードの買い物は個人の買い物ではなく、経費を使って買うような感覚になるのかもしれない。

 こういう金銭感覚の違う買い物って、たまにあるよな。


「あとレアカードに関しては、機関の方でも補助金が出るから。やっぱり普通のカードを自分のお金で買うのとはまた感覚が違うわね」

「なるほどな」


 そうか、エージェント機関に所属すると、レアカードの購入に補助が出るのか。

 そりゃそうだ、それ一枚で世界の命運が決まるかもしれないんだから。


 その点、プロファイターなんかは企業所属だと似たような感じの補助があるんだろうな。

 生憎と俺の一番身近なプロファイターは個人だから、そういう話は聞かないけれど。


「ちなみに、他に金銭感覚の違う買い物って何かあるか?」

「服とソシャゲね」


 これまた即答だった。

 前者は女性ならそうなんだろうけど、ソシャゲも金銭感覚違うのは意外だったな。


「あ、私じゃなくて姉さんが廃課金なだけよ。私は違うから」

「そ、そうか」


 例のちょっとエッチなソシャゲにめっちゃ注ぎ込んでるのかな……とか思ってしまった。


「服はまぁ……見ての通りよ。個人的に結構こだわってるから、そりゃあお金もかかるわね」

「似合ってると思うよ」

「素直な褒め言葉として受け取っておくわ」


 俺が褒めたからか、ふふんと得意げな笑みを浮かべてくるりとその場で回った。

 実際、本当に似合っているから言う事無しだ。


 パンクファッション、以前エレアと服を見に行った時も、随分高かったからな。

 例の武藤遊戯コスプレ……もとい服装一式、買ったら十万近くしたし。

 ちなみに、俺の部屋にマネキンを用意して飾っている。

 いやぁ、いいもんですね。


「……いや、あの服は単純に何故かプレミアがついてるだけよ?」

「何故バレた」

「あの店は私の行きつけだもの、店内に飾ってあった謎のプレミア服が売れたらすぐに解るし、エレアも言ってたから」

「エレアめ……」


 話していいと判断したことに関しては、偵察兵とは思えないくらい口の軽いやつだ……。

 まぁ、女子ってそんなものな気もするが。

 あとアレ、プレミアついてたのか……どうりで高いわけだ。


「それで、考えは纏まった?」

「思いっきり脱線してて、全然考えをまとめる余裕なかったんだけど」

「それは悪かった。まぁ、取り置きしておくから必要になったら言ってくれ」

「ほんと? 助かるわ」


 流石に三十分も粘るレベルで迷うものを、他の人に買われてしまったら寂しいだろう。

 俺がそう言うと、ヤトちゃんは目に見えて嬉しそうにした。

 こういうところは年相応って感じだな。


「よーし、そうと決まったらとりあえず今日は失礼するわ。<蒸気騎士団>の方も予算があると言っても、今手元にあるわけじゃないし」

「ああ、そっちも合わせて取っておくから、準備ができたら来てくれ」

「ええ」


 というわけで、ニコニコ顔でヤトちゃんは店を後にするのだった。

 こういうところで親切にするのが、営業の秘訣だと思うわけですよ。



 □□□□□



 ――翌日。


「店長、決めたわ。例のカード、買うことにしたの」

「ああ、アレね」


 覚悟を決めた顔で、ヤトちゃんが店にやってきた。

 大金を持ち込んできたというのもあるだろうけど、個人の買い物で四千円で買うと決めることに、相当な覚悟を必要としたのだろう。

 しかし――


「あのカード、買うならもう少し待ったほうがいいかもしれない」

「え、どういうこと?」

「それがね……」


 俺は、カウンターに置かれている業務用のパソコンをヤトちゃんに見せる。

 そこには――



「あのカード、今度再録されてめっちゃ安くなることが昨日の夜発表されたの」



「あー…………」


 気まずそうなヤトちゃんの沈黙。

 カードゲームあるある、めっちゃ悩んで買ったカードが再録されてクソやすくなる現象。

 逆もまた然り。

 今回ヤトちゃんにとっては、取り置きという形で先送りにした結果、命拾いしたパターンだ。

 なので自分は嬉しいけど俺に申し訳ない……と感じるのもムリはない。


 とはいえ、


「まぁ、これもカードショップ経営の醍醐味だから」

「そ、そうなのね……」


 本当によくあることだからな。

 カードの値段は水物、それは前世も今も、そう変わらないのであった。

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