23 カードの中からこんにちわ

 ある日、俺がショップの二階に上がると声がした。



「ふごごごごご、しゅごーっ! すぴーっ」



 いや、声じゃない。

 めちゃくちゃでかい寝息だった。

 何でこんなでかい寝息が聞こえるんだ?


 声の主はエレアである。

 しかしここはリビングだ、エレアの部屋じゃない。

 当然エレアの姿もないし、気配も感じられない。

 加えて言えば、あのエレアが寝息を立てているというのも変だ。


 元偵察兵であるエレアは呼吸が非常に浅い。

 初見の人間が死んでるんじゃないかと思わなくもないほどに、それはもう動かない。

 こんな寝息を立てて寝ているところは見たことないくらいだ。


「エレア、いるのか? エレアー?」

「すぴぴーっ! ふごっ! んごごごごごごご」


 呼びかけても返事はない。

 だが、寝息の音は近くなっている。

 ついでに、リビングの中央にあるテーブルにはエレアが存在した痕跡があった。


 具体的に言うとビール缶が数本転がっている。

 後、テレビがつけっぱなしになっていて、ゲームが途中で止まっていた。

 これはどうやら……寝落ちしたみたいだ。


 いやしかし、寝落ちしたにしたってどこに?

 まさかここからベッドに行ったわけはないだろうし。

 なんて思いながら、テーブルの直ぐ側までやってくると――


「まさか……これか?」


 足元に、一枚のカードが落ちていた。

 <帝国の尖兵 エクレルール>。

 感情を見せない、冷徹な偵察兵の顔が特徴的なそのカード。

 そこから……人にはちょっと聞かせられない、エレアの寝息が聞こえてくるのだった。



 □□□□□



 ――人間タイプのモンスターは、カードに“入り込む”ことができる。

 当然、そのカードは自分自身に限定されて、他のカードには入れない。

 他には、一度入ったらカードを動かしたりとかはできない。

 ふわふわ浮いて、ポルターガイストみたいになったりはできないってことだな。


 ただまぁ、出入りは自由なので動き回りたいならまた中から出てくればいいだけだ。

 こうすることの利点はいくつか考えられる。

 他人にカードを持ってもらえば移動が楽。

 なんなら交通費も節約できる。

 まぁ、実際に節約するかどうかはカードの所有者とモンスター本人次第だ。

 エレアなんかは、「経済は回すためにあるー」とか言って基本的にカードになっての移動はしない。

 単純に金があるからってのもあるだろうが。


 他には、モンスターがカードに入った状態……ないしは、入れる状態でファイトするとカードとの相性が跳ね上がる。

 そりゃそうだ、なんたって本人が隣にいるんだから。

 相性が悪いはずもない。

 とはいえ、こういう外部からのバフって強ければ強くなるほど上昇幅が小さくなってくんだよな。

 そりゃまぁ、運命力100の人間に1000プラスしたら十倍超えるが、530000の人間に1000プラスしても誤差程度だから当然なんだけど。


 で、それはそれとして。

 エレアの睡眠はルーチンによるものが大きい。

 自己暗示というか、そうなるように身体を自分でコントロールしているというか。

 だから、こうやってそのコントロールから逸脱した状況で起きれば、普通に起こすことができる……ようだ。

 カードの中で眠るエレアを起こして、初めてわかったことだが。


 なお、


「うぅ……もうお嫁にいけません……」


 エレアは凄まじく落ち込んでいた。

 まぁ、あのとんでもない寝息を聞かれていたらさもありなん。

 いや俺は別に言及しなかったんだが、何故か自分がとんでもない寝息を立てていたと理解してるんだよな、エレア。

 偵察兵としての特殊技能かなんかか。


「まぁまぁ……俺は気にしないから」

「うぅ……じゃあ店長がお嫁さんにしてくれるんですか……?」

「え、いや……エレア、お前それシラフで言ってる?」

「あぇ? …………あっ!?」


 とんでもないことを言い出したエレア。

 思わず指摘すると、エレアは正気に戻ったようで声を上げる。

 それから二人してしばらく照れて、気まずい沈黙が流れた。

 気を取り直してお互いがヘタれて話を戻すこの話をなかったことにした


「と、とにかく! 起こしてくれてありがとうございました。あんな醜態、店長以外に見られたらと思うと元偵察兵として、耐えられませんー」

「俺はいいのか……」

「たった今、歯を食いしばって耐えることで大丈夫にしました……」


 大変そうだな……。

 とはいえ、数年エレアと一緒にやってきて、エレアがこうなるのは初めて見た。

 そりゃあそもそも、エレアが成人したのが今年だからというのもあるだろうが。

 それでも、こっちに来てすぐの頃なら、同じミスはしなかっただろう。

 エレアもずいぶんと馴染んできた……というのは、いいことなんだろうな。


「私自身、ここまでお酒に弱いのは意外だったといいますか……」

「んー、お酒に弱いというのもあるかもしれないが、他にも要因があったりしないか?」

「と、いいますと?」


 そう言って、俺はエレアのカードを手に取る。

 <エクレルール>のイラストは、エレアが中に入っていても入っていなくとも変化はない。

 仏頂面の、少し辛気臭い少女がそこにいるだけだ。

 今のエレアとは似ても似つかない……いや、話がそれたな。


「ただ酒に酔っ払っただけなら、カードの中に入りこまないだろう。たまたま近くに自分のカードが有ったとしても、だ」

「まぁそうですね……私、カードに入って戦うことってないですし」


 エレアの場合、エレアが所属する「帝国」デッキはエレア本人が使用している。

 だから、カードに入り込む機会はそんなにない。

 カードに入って交通費節約とかをしないのも、大きいだろうな。


「カードの中って暗いんですよ。横になってくつろぐスペースはありますけど、ゲームとか持ち込めませんし」

「そういえば、スマホとかポケットに入れて中に入るとどうなるんだ?」

「中にいる間は、イラストに書かれた衣装になるのでスマホには触れません。カードから出れば元通りなんですけど」


 なるほどな……と考える。


「暗くて横になれるスペースがあるなら……寝るのにはかなり快適なんじゃないか?」

「あー、そうかもしれません。というか、カードの中って安心感があるんですよね。暗いのに、不思議と落ち着くっていうか」


 それは、単純にエレアだけの感覚ではないんだろうな。

 実体を持つモンスター――人間タイプ、精霊タイプに限らず――がファイターの隣に寄り添って共に戦うのは、そこの居心地がいいからだろう。

 物理的にも、精神的にも。

 だからモンスターは人とともにある。


「それで酔っ払った私が、カードの中に入り込んだんですねぇ。いやはや、謎が解けました」

「これからは、寝る時はカードの中に入ったらどうだ?」

「いえいえ、夜はこの店の警備を担当する身、生身で寝ないとそこら辺の感覚が正常に働きません。それに……」


 それに? と促す。


「……ここで寝続けると、ダメになりそうなので、私」

「ああうん……サボれるなら無限にサボれるタイプだからな……エレア」


 なんというか、かつて帝国の尖兵として労働が身にしみているから今のエレアは普通に暮らせているだけで。

 仮にこの世界の普通の少女として誕生してたら、無職真っ逆さまな怠惰少女になっていそうだ。

 いや、それはそれで配信始めて、普通に食い扶持稼ぎそうな気がするな。

 怠惰だが、器用なのがエレアのいいところだ。


「それにほら、結局カードの中にスマホやゲームを持ち込めないなら、中に入る意味ってあんまりないですし」

「ふーむ」


 何気なく考える。


「それ……例えば“今のエレア”が描かれたカードが手に入って、そっちに入れるようになったら持ち込めるんじゃないか?」


 一体、それがどういうカードになるかは知らないが。

 本当に、何の気なしにそう言ったところ。


「!!!!!」


 エレアの目が、マジになった。

 あ、これは……やってしまったかもしれないな。



 □□□□□



 後日。


「きぃいいえええええっ!」

「……エレアは何をしているの?」


 ショップで奇声を上げるエレアの姿があった。

 たまたまやってきたヤトちゃんが、半眼でエレアを見ている。


「どうしても欲しいカードがあって、それをパックから引くために祈祷してるんだよ」

「エレアの財力なら、祈祷するより箱買いしたほうが早くないかしら」

「普通にパックを買っても出ないカードなんだ」


 なにせ、パックに入っているはずのないカードを引こうとしているからな。

 どころか、今はこの世に存在しないカードを錬成しようとしている。

 そんなこと可能なの? と思うかも知れないが、可能なのがこの世界です。


 ただ、流石にそれをパック剥く数を増やして錬成することは不可能だ。

 あくまで、運命力の導きでカードが誕生することを祈るほうが現実的。

 すごいこと言ってるかもしれないが、道端にカードがドロップする世界だからな、そういうこともある。


「それで、ああやって祈ってるのね……」

「毎日一回、店のパックを買っては開封してる。凄まじい執念だよな」


 なんて、丁寧にパックをハサミで開封するエレアを見ながら思うのだった。


「ああああああっ!」


 あ、ダメだったみたいだ。

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