22 カードとの相性が何もしてないのに壊れた。

 平日の午後、まだ人が入り始める前の静まり返った店内。

 普段ならファイトを楽しむお客が集まるフリーのテーブルも、白熱のバトルを繰り広げるフィールドにも、俺自慢のショーケースとストレージにも人はいない。

 そんな静かな店内に、本日最初の客が入店してきた。


「……店長、少しいいかな」


 真剣な顔で店にやってきた、クール少年のクローは開口一番そう言った。

 青みがかった黒色の髪の少年が、少し沈んだ様子で相談を持ちかけてきている。

 俺への相談。

 デッキ構築から、人生の悩みまで。

 基本的にあらゆる悩み相談を請け負うことにしている俺だが、今回はどういった問題か。


 多分、熱血少年のネッカと喧嘩をしたわけではないだろう。

 そういう場合、先にネッカ少年の方から相談が飛んでくる。

 いつぞやのエピソードトークの時みたいにな?


 そうでないということは、きっとクロー少年の個人的な悩みに違いない。


「何があったんだ、クロー」

「実は……」


 そう言って、クローは顔を沈ませる。

 言いにくいこと……ではないようだが、単純に心が沈んでいるのだろう。

 むしろ、言いにくいことでないほうがより真剣な悩みであるということが解る。


「――デッキが、いつもみたいに回らないんだ」


 そして、実際その悩みはファイターにとって死活問題とも言える悩みだった。


 デッキが回らない。

 つまり、思うようにカードがドローできないということと同義である。

 この世界の人間は、運命力のおかげで前世のカードゲームプレイヤーよりも圧倒的にドロー力が高い。

 あらゆるカードを望んだ通りに……というのは流石に不可能だが。

 それでも、手札事故なんてことはそうそう起きない。

 実力者ならなおさらだ。


 例外は一つだけ。


「つまり、「蒼穹」デッキとクローのカード相性がおかしくなってるんだな」

「……そうみたいだ」


 試しに、デッキからカードを五枚ドローしてもらう。

 その結果は悲惨そのもの。

 初動に使えるカードが一枚もない。

 蘇生カードとか、妨害カードとか、展開補助カードとか。

 そういうカードばかりをクロー少年はドローしてしまった。


 なんというか、ある意味懐かしい光景だ。

 昔はこんな手札に身悶えしながら、プレイをしていたのだということを思い出す。

 まぁ今でもレンタルデッキを使えば、容易にこういう事態は起こり得るのだが。


 メインデッキでそんなことが起きるなんて、そうそうない。


「……みんな、どうしちゃったのかな。俺のこと……嫌いになったのかな」

「そんなことはないはずだ、クロー。もしもそうなってたら、そもそもこういう状況にはならないよ」


 珍しく、純粋な弱音を零すクローを慰めながら考える。

 そもそも普通、こんなカードとの相性がおかしくなるなんてことはそうそう起こらない。

 というのも、もしカードとファイターの間に相性がおかしくなる致命的な亀裂が発生した場合、それどころじゃ済まないからだ。


 下手したら、カードが闇落ちして悪魔のカードになってしまうことだってある。

 そうでなくとも、“ただドロー力が低くなるだけ”で済むことはない。

 もっと大きな事件が発生しているはずだ。


 つまり――これは。

 カードとの相性が何もしてないのに壊れたのだ。


「とりあえず……何か心当たりになることはないんだよな」

「ない……少なくとも昨日までは、普通にファイトができてたはずなんだ」


 朝起きて、学校に登校して……そしてファイトをしようとしたらこうなった……と。

 流石にこれで、クロー少年に何かしら問題があるとは思いたくない。

 原因があるとすれば……カードの方か?


「んー……」

「あ、店長。もしかしてモンスターを見るつもりなのか?」

「とりあえず、そこを確認するのが早いと思ってな」


 意識を集中させて、精霊タイプのモンスターを見えるようにする。

 俺もそうだが、クロー少年も精霊タイプのモンスターは見えない口だ。

 というか、俺の周囲で精霊タイプのモンスターが見えるのはネッカ少年とエレアと……後はレンさんくらいか。


 ヤトちゃんとハクさんがどうかはわからない。

 あの二人から、そういう話を振られたことがないしな。

 わざわざ聞くことでもないだろう。


「よし、見えた。何体かレンタルデッキにつられて店に来てるモンスターがいるな……」

「蒼穹の皆は!?」

「……いない、みたいだ」


 基本的に、モンスターは常にデッキの側にいるわけではない。

 というか、見えているファイターでも大抵はそうだな。

 常に隣にいるモンスターは、せいぜい一体が普通。

 ネッカ少年みたいに、見えてるけど連れていないタイプもいる。


 そのうえで、クローの場合はカードに精霊タイプは宿っていないが、カードとモンスターの間に“リンク”が存在するタイプだ。

 見えないファイターは、このタイプが一番多い。

 この世界の何処かに、ファイターの所有するカードのモンスターは存在するものの、常にそばにいるわけではない。

 ただ、見えない糸のようなつながりが確かにあって、それがカードとファイターを結びつけているのだ。


 エレアみたいに、自分がモンスターってパターンもあるけどな。

 ちなみに、このリンクが存在しないのに俺やダイア並に強いファイターもいる。

 こないだ呑み会でも話題に出た、「イグニッション星人」がそうらしい。


「んで……どうも、そのリンクが切れてるみたいだ」

「リンクが……? じゃあ、もしかして皆に何かあったのか!?」

「そこまではわからない。もう少し調べてみないと」


 もしも何かがあったなら、何としてでもそれは解決しないといけない。

 俺が直接それに関われるかは解らないが、道を示すことはできる。

 というか、道を示すのが俺の流儀だ。


「そうなると……まずは見えるファイターに状況を確認しないとな。エレア……は、買い出し中だし」

「じゃあ……ネッカかレンのどっちかか?」

「そういえば……二人とは学校で会わなかったのか?」


 ふと気になって、俺は問いかける。

 そもそも、カードとクローのリンクが切れてるなら、その二人は気づけたはずである。


「レンは、いつもみたいに仕事だーって言って休んでる」

「まぁ、学校にいるほうが珍しいみたいだもんな、レンさん」


 闇札機関の運営の他にも、レンさんには色々と仕事があるらしい。

 レンさんの実家はとてつもない金持ちだから、闇札機関以外にも色々と事業を展開してるらしいんだよな。


「ネッカは?」

「あいつは……風邪で休んでる。昨日、雨があったのに傘もささずに家に帰ったからな」

「ああ、うん」


 如何にもネッカ少年らしい。

 多分、そもそも傘を忘れたんだろうな。

 ありありと想像できる光景をイメージしつつ。

 そうなると、どうやらクローはここに来るまで他のファイターからカードとのリンクが切れてるという話を聞く機会がなかったらしい。


 ……ん? とすると、もしモンスターが見えるファイターに言付けを頼んでも、それがクローに伝わらないんじゃないか?


「……それだ!」

「え!? どうしたんだ店長!?」

「ちょっとエレアに連絡取ってくる」


 そう言って、俺はバックヤードにおいてあるスマホを取りに行った。

 目を白黒させているクロー少年を他所に、俺はエレアに電話をした。


『はいはーい、エレア商店です。御用の方はダイヤル番号の……』

「エレア、一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

『ん? なんでしょう店長、真面目トーンで。あ、夕飯はカレーにしようと思うので楽しみに……』


 上機嫌なエレアの話を遮るようで悪いが、俺は単刀直入に聞いた。


「クロー少年の、「蒼穹」モンスターから、何か伝言を預かってないか?」

『え、伝言ですか?』

「ああ、なんでもいい」

『――ありますけど』


 その言葉に、俺は目を見開く。

 俺がなにか手がかりを掴んだのを察したか、クロー少年はすがるように俺を見上げた。

 そして、エレアから続きを待つ。


 もしも、何か大変なことが起きているとしたら。

 俺はクローのためにも、行動を起こさないといけない。

 そう考えて――



『南の島にバカンスへ行くそうですよ。そうだ、クローくんに会ったら伝えるよう頼まれてたんです』



 ――南の島に。


「……バカンス」

『はい。すいませんが、よろしくお願いします』


 つまり、なんだ。

 レンさんとネッカが学校を休んだことで……伝言を伝えられる人間が側にいなかっただけか。

 そっか、うん。


「そんなことかよおおお、焦ったああああああ」


 普段はクールなクロー少年の、年相応な感想が全てを物語っているのだった。


 ――後日。

 とりあえず何事もなくてよかったものの、色々と心配をかけたということで<蒼穹の死神>を始めとした「蒼穹」モンスターズはこってりと怒られて。

 彼らとクローのリンクも元通りになった。

 報連相は早めにする、という対策も立てて、万事解決。


 ……なんだが。

 丸く収まったからこそ言いたい。

 「蒼穹」モンスターは、<死神>を始めとしてアンデッド系のモンスターが多い。



 アンデッドが南の島にバカンスってなんだよ――



 内心、そう思ってしまうのは、仕方がないことだと思う。

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