19 大変! エレアが目を覚まさないの!
「大変! エレアが目を覚まさないの!」
朝早く、俺が開店準備をしているとヤトちゃんが勢いよく駆け込んできた。
時刻はまだ九時になる前、店の開店時間にはもう少しある。
慌てた様子で、なんだかよくわからないがエレアをお姫様抱っこしている。
確か、昨日はエレアがヤトちゃんの家に遊びに行ったのだったか。
泊まりで楽しんでくると言っていたはずだが……なるほど、なんとなく状況が読めてきた。
「エレアが目覚めないって、いつから?」
「朝から……どれだけ揺すっても起きなくって……」
「なるほどな」
概ね想像通りの状況なようだ。
とりあえず、まずはエレアのことよりも慌てているヤトちゃんを宥めないといけない。
エレアがどういう状況であれ、ヤトちゃんは本気で心配しているのだから。
「まず、落ち着いて聞いてほしいんだけど」
「え、ええ」
「エレアは――普通に寝てるだけだ」
「えっ?」
エレアは、まるで時間が止まったかのように動かない。
きっと、ここに連れてくるまで色々と努力したのだろう。
急いできたようだから、相当揺れていただろうにそれでも起きなかったのだ。
相当ヤトちゃんは心配したことだろう。
――が、これは普通に寝ているだけだ。
「で、でも……呼吸してないわよ!」
「エレアは寝てる時の呼吸が極端に浅いんだよ。口元に耳を当ててみろ」
「……ほんとだわ、少しだけ空気の音がする」
一見、エレアの呼吸は止まっているように見える。
しかしそれは、エレアがほとんど呼吸をしていないだけだ。
「そしてエレアは、自分が決めた時間にしか起きない。きっと、起きる時間を十時頃にしたんだろう」
「……そんなことできるの?」
「できてるんだから、できるとしかいいようがない」
モンスターだからな、なんかこう、いい感じになるんだろう。
実際、エレアはこの時間に起きると言ったら必ずその時間に起きることができる。
羨ましい能力だ。
なんとなく想像がつくかもしれないが、エレアの能力は帝国時代に偵察兵として磨かれたものだ。
睡眠時間が限られていて、この世界の人間より頑丈であるはずのエレアが「過酷だった」という生活。
少しでも休めるように、こういった能力を身につけることは必須技能だったらしい。
そのうえで、仮に自分へ敵意を向ける誰かに気付いた瞬間即座に起床することもできるそうだ。
あいにくと、それに関しては今まで一度として俺は見たことがないが。
「じゃ、じゃあエレアは……問題ないのよね?」
「ああ、全く問題ない。いつも通り平常運転だ」
「これが平常運転って……やっぱりエレアは変わってるわ」
そうだね。
まぁ、この能力がかつての経験から来ているというのは同情できる点なのだ。
問題は、それをヤトちゃんに伝え忘れていたことなのだ。
お前……解っていただろうに……!
あと、何で他人の家で十時過ぎるまで起きない設定で寝るんだよ!
寝すぎだろ!
というわけで、同情できる点を自分で潰したエレアはこのまま自室で起きるまで寝ていてもらおう。
ヤトちゃんにこのまま部屋まで運んでもらうよう頼む。
流石に俺がエレアの部屋に入るわけには行かないからな。
んで、エレアは無事にベッドへダイブしたわけだが……
「じゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待った、ヤトちゃん。朝食は食べてきたか?」
「え? いや、えっと、姉さんは朝から機関の方に行ってるから用意してないし、私もエレアのことでバタバタしてたから……」
「食べてない、と」
「……ええ」
なんとなく、しょんぼりした様子で頷くヤトちゃん。
いや、別にヤトちゃんを責めたかったわけではないのだ。
慌ててヤトちゃんにそう伝えつつ……
「食べていかないか? 朝食」
「えっ?」
「多分、軽いものしか用意できないけど……俺が用意するよ」
「えっ? えっ?」
これでも、大学時代は一人暮らしだった。
今は実家が店に近いから、実家ぐらしをしているけれど。
家事は普通にできる方だと思う。
何か冷蔵庫の中に残っていればいいんだが……
と、思いつつヤトちゃんに食べていくよう促すと――
「えええええええええええっ!?」
ヤトちゃんの驚きの叫び声が、店内に響き渡るのだった。
□□□□□
というわけで朝食を済ませて、一息ついたところだ。
味の感想? ベーコンと目玉焼きの組み合わせに味の善し悪しなんてあるものかよ。
まぁ、できたものをおっかなびっくり食べていくヤトちゃんは、なんというか見ごたえがあったが。
こういうことに慣れていないんだろう。
「……まさか、昨日の今日で、初めての出来事が三つも起きるなんて思わなかったわ」
「三つ?」
「友達が家に泊まりに来る、家族じゃない人に朝食を作ってもらう、後……友達が死んじゃったって誤解する」
「はははっ、そりゃ確かに貴重な経験だ」
「笑わないでよ、恥ずかしいんだから!」
まぁ、こればっかりは微笑ましく思ってしまうのもムリはない。
そもそもエレアだって友人の家に泊まりに行くのは初めての経験だ。
そう考えると、自分の寝入りの良さを伝え忘れることも仕方ないのかもしれない。
……いや、やっぱり十時まで起きないのはダメだろ。
「えっと……その、美味しかったわ、ありがとう」
「お粗末様でした」
「でも……良かったの? 開店準備中だったのでしょう?」
「問題ないよ、ほとんど終わってたから」
スマホでも弄って時間を潰すか、フィールドのオンラインファイト機能でも使うか……とか考えていたところだ。
そういう意味でも、ちょうどよかったといえばよかったかもしれない。
んで、そうだな。
ここにヤトちゃんがいるなら……やるべきことは一つだろう。
「ヤトちゃん、デッキは持ってきてるか?」
「え? ええ、一応」
「なら、ファイトしないか。フィールドを使ってさ」
俺の提案に、ヤトちゃんは目を白黒させる。
別に、理由なんて特にない。
ファイトというのは、やりたくなったらやればいいのだ。
「お金は持ってないけど……」
「別にいいよ、今は開店してないしな。まぁ、店長特権ってやつだ」
なんて言って、宥めすかして。
別にフィールドでのファイトでなければ、ヤトちゃんもためらうことなく受けてくれるのだろうが。
それでも俺は、フィールドが使えるならフィールドでファイトしたい人間だからな。
というわけでお互いにデッキをフィールドにセットして、ファイトを始める。
「イグニッション!」
「い、イグニッション!」
ヤトちゃんは若干ためらいがちだったものの。
「私のターン!」
自分のターンに入れば、ファイトに集中してくれた。
「私は、<
そういえば、ヤトちゃんの使用テーマは「
いわゆるスチームパンク系の世界観をモチーフにしたモンスター群のデッキ。
スチームパンクといえば、英国モチーフなイメージがあるが、蒸気騎士団は何故か肝心の探偵がホームズではなくショルメである。
若干ネーミングにフランスっぽさもあるんだよな。
ともかく。
ヤトちゃんのデッキは、ヤトちゃんに似合っていると俺は思う。
単純に、ヤトちゃんがパンクファッションが趣味で、デッキがパンクナイツだからとかそういうわけではなく。
しっくり来るのだ。
「……そういえば店長さんは、私の“秘密”って……知ってる?」
「どうしたんだ? 急に」
俺が「蒸気騎士団」モンスターをしげしげと眺めていたからか、ヤトちゃんがそんなことを聞いてくる。
「……秘密があることは知ってるけど、その内容までは知らないってところかな」
「エレアと同じなのね」
そりゃまぁ、俺もエレアも周囲との関係性は似たようなものだからな。
刑事さんやハクさんから、秘密の存在を匂わされる程度だ。
「正直……大した秘密じゃないのよ? 私は、別に困ってないし」
「そりゃまぁ……今のヤトちゃんを見てればそれは解るけど」
「あはは、ありがとう。でも……そうね、今はとりあえず秘密のままにしておきましょう」
「どうして?」
別に、話して欲しいというわけではないけれど。
俺は純粋な疑問として、そう問い返した。
「秘密を明かすのは、エレアがエレアの秘密を話してくれたときにしたいから、よ」
「……なるほど」
ヤトちゃんに秘密があるように。
エレアにも秘密がある。
お互いにとって、それは別に特段話す必要性のあることではないのだろう。
なら、今は別にそれでいい。
結論としては、至極ありふれたものだった。
「さ、ファイトを続けましょ」
「ああ。そろそろエレアも、起きてくるだろうしな」
なんて、二階で眠りこけているうちの店員の姿を俺は想起しながら、開店前の穏やかな時間をファイトで過ごすのだった。
□□□□□
後日、エレアが頭を抱えていた。
「店長ーーー、みてくださいよーーー」
「どうしたどうした」
そう言って、エレアは手にしたスマホを俺に見せてくる。
そこにはこう書かれていた。
『疾走する美少女と、お姫様抱っこされる美少女が町中に現る。これが現代の生てぇてぇか』
というニュースの見出しだった。
見出しがオタクすぎないか!?
と思ったものの、写真に写った必死なヤトに抱えられたアホ面のエレアを見ていると、仲いいなぁ……という謎の感慨が湧いてくるのだった。
「感慨深げにしないでくださいよー!」
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