18 俺の店には、月イチの定休日がある

 俺の店には、月イチの定休日がある。

 月の中頃、人があまりこない平日に休みをもらうことがほとんどだ。

 理由は俺とエレアのリフレッシュのため。


 基本週休二日で、事前に言ってもらえれば追加で休んでもいい。

 平日ならある程度融通は利くし、土日だって調整したうえでなら問題ない。

 そもそもやりたくて仕事をしているから、というのもあるが。

 それなりに福利厚生はしっかりしていると思う。

 実質家族経営のなせる業というか。


 まぁ、その上で一日くらいは店のことを気にせず休める日があってもいいだろう、ということで定休日を設けているのだ。

 そして定休日は、二人揃ってどこかへ出かける事が多い。

 なんというか、アレだ。

 端から見ればデートのように見える……のかね?


「ミツルさん、あそこ、あそこですよ」

「おー……なんか、それっぽい店だな……」


 定休日は、敢えて俺を店長ではなく“ミツルさん”と呼ぶエレアに連れられて、俺はとある店にやってきていた。

 その店はなんというか、外見からしてこう……パンク! な感じの店だ。

 腕にシルバー巻いてそうな人がゴロゴロしている。


「ヤトちゃんに紹介してもらったんですよ」

「そこは何の疑問もないだろ」


 何でもそこは、ヤトちゃんの私服の九割が調達されている店らしい。

 残り一割は姉であるハクさんのお下がり。

 あのやたらパンクなファッションセンスは、ここで培われたそうだ。


「これで、ヤトちゃんとおそろになってヤトちゃんを驚かせちゃいますよー」

「驚かれるどころか、心配されそうだけどな」


 普段のエレアは、可愛い系の私服が多い。

 何なら尖兵エクレルールですら、基本は軍服だけどある程度少女らしい感じになってるからな。

 ゴリゴリのパンクファッションは、普段のエレアの趣味ではないだろう。


「いや、別に好きなファッションはありますけど、嫌いなファッションってないですよ私」

「まぁ、だいたい何着ても似合うしな……」

「なんなら、ちょっとエッチなのでもオッケーです!」

「聞いてないが」


 親指ぐっ、じゃないんだよ。

 テンション高めに言っているけど、普段の眠そうな表情は一切変わっていない。

 こういう時のエレアの感情が、一番読めないんだよな。


「ちぇ。とにかく入ってみましょうか。ヤトちゃんは今は学校なので、店でばったりということはないはずです」

「ばったりしたら、普通に話せばいいんじゃないか?」

「風情とか、ドッキリ感が欲しいんです」


 なんて言いながら中に入るが、幸いにもヤトちゃんの姿はないようだった。

 代わりに、ジャラジャラとした感じのゴツいファッションが店内に所狭しと並んでいる。

 いやぁ、なかなか壮観だ。


「というわけで、ミツルさんはレビューをお願いします」

「率直な感想しか言えないけどな」

「それが一番欲しいんですよ」


 早速、エレアは店内を漁り始めた。

 こういう時は、適当に暇するのが同行人の仕事なのだろうか。

 なんて思いながら、店内を見渡す。


 当然といえば当然だが、ファッションというのはよくわからない。

 前世はオタクだし、この世界の男性は基本いつも同じ服を着ていることが多いのだ。

 アニメみたいな世界だからだろうか。

 おしゃれな女子という設定ならともかく、普通の野郎の服が毎回変わってたらデザイン面倒だものな。

 まぁ、それを笠に着て同じような服を着回しているからファッションに対する理解がいつまでも追いつかないのだろうが。


「ミツルさーん、とりあえずいくつか見繕いましたよー」

「おーう」


 考え事をしていたら、エレアに呼ばれたのでそちらに向かう。

 そこは試着室の前で、中にエレアがいるのだろう。


「というわけで、早速一着目でーす」

「おーう」


 そして、カーテンがぱっと開くと、中から黒まみれのエレアが現れた。

 正統派……と言っていいのだろうか、ヤトちゃんがよく着ているパンクファッションに似ている。


「じゃじゃーん、どうですかー?」

「おーう」

「おーうじゃわからねんですよ!」


 いや、ツッコミ待ちだったんだが、三回も口にできてしまったな。

 ともかく。


「いいんじゃないか、可愛いと思うぞ」

「にゅうーっ! ざっくりとした感想です!」


 俺が応えると、自分の頬を思い切り押してからそんな事をいう。

 何なんだ一体。


「雑な感想を咎めなくてはならないのに、可愛いと言われて嬉しくなってしまう自分を戒めているのです」

「そ、そうか」

「とにかく、具体的にお願いします」


 つまり照れているということだ。

 そう言われると、こちらまで気恥ずかしくなってしまうのだが。

 そうだな……


「エレアの小柄さと銀髪が、いい感じにギャップになってると……思う」

「んー、なるほど」


 そう言って、口元に指を当てつつ。


「それは私も思っているところではあります、なんというか……素直に合わないんですよね、私とパンク」

「ええと、つまりどういう?」

「可愛さの暴力で、なんとか似合ってる感じに見えてるだけで、ヤトちゃんみたいに着こなせてはいないということです」


 自分で可愛さの暴力と言い出すのはどうかと思うが。

 言わんとしていることは理解らなくもない。

 ヤトちゃんは、スラッとしていて足が長いのもあって、そもそもパンクファッションが似合うのだ。

 バッチリ決まっていると言っていい。

 エレアの場合は、なんというか子どもの背伸び感が出るんだな。


「というわけで、次の候補に着替えます」


 そう言って、シャっとカーテンが閉められた。

 待つこと少し。


「次はこれです」

「おー」


 現れたのは、パンクっぽさを維持しつつもフリルが加わった服に身を包んだエレアだった。


「ただパンクに寄せると、着られてる感が出てしまうので私らしさを加えました」

「なるほどな……しかしこれ、アレだな」

「なんですか?」

「ゴスロリっぽい」


 というか、黒系の服でフリルが増えると途端にゴスロリみたいになる。

 まぁ、服のこととかよくわからんので、あくまで印象の話だが。


「あー……そうなると、なんというかアレですね」

「レンさんに寄っちまうな」


 レンさん……つまるところヤトちゃんの上司の翠蓮は基本常にゴスロリ衣装を身にまとっている。

 彼女が金髪なのも相まって、印象が被るんだよな。


「とすると……もう少しフリル少なめにして、ギリギリまでパンクに寄せたほうがいいんですね」

「多分な」

「んー、探し直しです。こっちはいいと思ったんですけどね」


 ともあれ、方針は決まった。

 後は吟味するだけ……だそうだ。


「そういえば、ふと気になったんだが」

「なんですか?」

「ヤトちゃんって、どうしてパンク趣味なんだろうな?」


 なんというか、ヤトちゃんの趣味はエレアとかなり似通っている。

 可愛いもの好きで、趣味だけで言ったらエレアのような可愛い系の服の方が好きそうなものだが。


「んー、ファッションって感性というか……しっくり来るかっていうのも大事だと思いますから」

「しっくり来るから?」

「はい、例えば私の場合は……可愛い系の服に馴染みがあるからです」


 馴染みがあるから? イマイチピンとこなくて首を傾げる。


「私の故郷だと、ああいう服がトレンドでした」

「マジで!?」


 え!? あの殺伐とした感じの帝国! って感じの世界観なのに!?

 いや、よくよく考えるとエレアの使う「帝国」モンスターは、割とかっちりした軍服じゃなかったな。

 エレア以外の女性タイプのモンスターが、顔が見えなかったり絵柄が濃かったりはするが。


「寿命がこっちの人より少しだけ長いから、若い時代も長いんですよ」

「ああ、それで」


 言われてみれば、ある程度納得できる理由だ。

 幼い頃が長いから、それに合わせた服が主流になる……と。


「ま、日常生活から軍服だったので、そういう服を着る機会なんてなかったんですが」

「……そうか」


 ただまぁ、そんな当たり前の文化も、帝国は破壊したみたいだが。

 それでも、多少なりとも軍服に意匠を残すのは最低限の抵抗だったのか。


「つまり、ヤトちゃんにもパンク衣装がしっくりくる理由があるんじゃないですかね」

「なるほどな。……ま、これ以上掘り下げる必要もないか」

「ですね」


 そうしてエレアは服漁りに戻り、俺は――


 不意に、視線がある場所で止まる。

 そこには、“それ”があったのだ。


 基本黒一色の店内において、それだけは青色を基調とした服だった。

 特徴的なのは、デカめの白いベルトか。

 それは、端的に言えば“アレ”だったのだ。


 そう、決闘者なら誰もが知っている。

 あの、伝説の、決闘王――



 武藤遊戯の着ている服にそっくりだ――――!



 思わず声を上げそうになった。

 いやだって、そのままなんだもの。

 完全に遊戯さんのアレなんだもの。

 すごい、ほんものだ!

 思わず興奮しそうになるのを抑え、俺はじーっとその服を見続けるのだった。


 ……着てみないのかって? 恐れ多いわ!

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