17 デッキがデッキた!
カードゲームにおける楽しみは様々だが、やはりデッキを構築する楽しみは他に代えがたいものがあるだろう。
眼の前にカードを並べて、ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。
やがて完成する、四十枚のピースがはめ込まれたパズルは、まさに芸術のそれだ。
まぁ、ゲームによっては四十枚以上デッキにカードを入れてもいいのだけど。
それによって敢えて四十枚を超えるカードでデッキを組むか、必要ないカードを泣く泣く削り落として美しい四十の数字にまとめるかはプレイヤー次第。
俺は、可能なら四十枚に収めたいタイプだな。
収まりがいいというのは、何事にも代えがたい利点だ。
話はそれたが、イグニッションファイトにおいてもデッキ構築の楽しさは変わらない。
ちなみにイグニッションファイトのデッキ構築枚数は四十枚“以上”だ。
四十枚を超えていれば制限がないタイプだな。
ただ、デッキ構築の楽しみ自体は変わらないが……デッキ構築の考え方は前世とは結構異なる部分が多い。
なにせ人とカードの相性って概念がこの世界にはあるからな。
「店長、ちょっといいか?」
ある日、俺は熱血少年のネッカに呼び止められた。
特に忙しい作業があるわけではないので、そちらに向かって歩を進める。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、デッキ構築の相談がしたくてさ」
ふむ、と考える。
こういう相談は、カードショップの店長ならよくあることだ。
というか、ある意味カードショップの役割の一つというか。
この世界にカードの専門家は数多いが、一般人に寄り添う専門家は少ない。
専門家ってのは、主にエージェント、プロファイター、そしてカードショップの店長のことだな。
学校でもファイトクラブなんてものが存在するが、そういうクラブの顧問は普通の教師である。
そこまで専門的な相談ができるわけではない。
自然と、デッキ構築等の相談を受けるのはカードショップ店長の役目になった。
なので考えているのは、その相談を受けるか否かではなく、どうやって相談に答えるかというものだ。
「まず、何を悩んでるんだ?」
「デッキの枚数が四十枚を超えそうなんだよなー、俺、デッキは四十枚にしたい主義だからさ」
なるほど、と頷く。
その気持ち……とても、とても良くわかる。
デッキはなぁ、四十という数字が一番美しいんだよ……!
とはいえ、ここで私情を挟んでもろくなことにはならない。
「じゃあ、ネッカはどうしたいんだ? ネッカのことだから、悩んでると言ってもある程度は自分の考えがあるんだろ?」
「へへ、店長理解ってんじゃん。候補は今のところ二つあるんだ。まぁ、四十枚にするか、四十一枚デッキで満足するかなんだけどさ」
基本的に、相談に答える上で、まず大事なのは相手の考えを把握するところだ。
どこから相談すればいいのかすら解らないのか、ある程度考えがあった上で、自分以外の視点がほしいのか。
ネッカ少年のように、実力のあるファイターは幼くても自分の考えというものがしっかりしている。
だから、考えを聞けばある程度の方針は見えてくるのだ。
今回の場合は、ほぼ一枚のカードを入れるか入れないかという点まで、考えは纏まっているようだった。
「この<バトルエンド・リターン>ってカードなんだけどさ。一度やられた仲間や、俺のデッキじゃんけんでセメタリーに行った仲間をもう一度サモンできるすっげー強いカードなんだけど」
「ふむ、蘇生カードか」
ちなみに、デッキじゃんけんっていうのは、「バトルエンド」モンスター共通効果のガチンコジャッジのことだな。
ネッカ少年は、あの効果をそう呼んでいるのだ。
なんか、ホビーアニメっぽい呼び方でいいよな。
で、本題は蘇生カードの枚数について。
蘇生カード……つまりセメタリーからモンスターを呼び出すカードは、セメタリーにモンスターがいないと意味がない。
ただ、<バトルエンド・リターン>には1ターンの使用回数に制限がない。
二枚手札にあれば二枚モンスターを蘇生できる。
だから複数枚入れるメリットは間違いなくあるのだ。
「ただ、デッキの枚数オーバーしてまで入れるかっていうと……うーん!」
「そうだなぁ……はっきり言うと、好みの問題だよな」
「ソレ言っちゃったら、デッキ構築の相談をする意味がなくなるぜ、店長!」
いやだって、ネッカ少年は自分で答えを出せるくらい強いファイターだし。
わざわざ俺に相談なんてする必要は本来ならない。
こういう相談は、本当にまだまだ初心者というか、自分で何をすればいいのかわからないくらいのファイターがするのが一番効果的なんだ。
とはいえ、ネッカ少年が求めてるのは……はっきり言えば<バトルエンド・リターン>を増やすか減らすかの答えじゃないだろう。
俺が店長である以上、まったく別の考えを示すことが求められている。
まぁ、結構な無茶振りだからできなくっても文句は言われないけどな。
ただ今回は、既に俺の中で考えが纏まっているのでそれを示すことができる。
「なら、<バトルエンド・ウィザード>を一枚抜くっていうのはどうだ?」
「え!? <ウィザード>を!?」
<バトルエンド・ウィザード>。
いつだったかの俺とのファイトでも使ったカードで、「バトルエンド」初動の要とも言えるモンスターだ。
現実なら、間違いなくフル投入必須のキーカード。
抜くなんていう選択肢、そもそも発生する余地がない。
けど、この世界はカードの相性がある。
「ネッカなら、<ウィザード>をファイト開始時の手札に必ず加えることだってできるだろ?」
「いやいや、流石にそれは無茶だって。まぁ、手札にいることは多いけどさ」
ネッカとウィザードの相性は、とてつもなくいい。
最初に手札を五枚ドローするわけだが、その中には必ず入っているといっていいくらい。
だったら、いっそウィザードの枚数を減らしてしまうというのも手だ。
必ず初手にくるカードを、フル投入する理由も薄いだろ。
「デッキはネッカのファイトに必ず応えてくれる。だったら、それを信じるのも一つの手ってことだ」
「おおー……それっぽい」
「ぽいは余計だ」
そう言って、ネッカ少年の頭をワシワシする。
くすぐったそうな少年をひとしきりからかいつつ。
特徴的な彼の髪は、俺が手を放すとすぐにもとに戻った。
生命の神秘……!
「よーし、じゃあそれも少し考えてみる。……でもさ、店長」
「どうした?」
話は纏まった。
とはいえ、ネッカ少年にはまだ懸念事項があるようだ。
「それ……<ウィザード>拗ねないかな?」
なるほど、それはそうだ。
結局のところ、デッキからカードを抜くという行為はそのカードの機嫌を損ねてしまうかもしれないものだ。
無論、そうではないカードもいるし、そこはカードの性格……みたいなものによるとしか言えない。
「拗ねるかもな。でも、そうなった時の対処法は簡単だ」
「どうすればいいんだ?」
その言葉に、
「ファイトで機嫌を取る。もしもウィザードが拗ねたなら、その時は俺が機嫌取りに付き合うよ」
俺は相談に答えたものとして、そう話を締めくくるのだった。
□□□□□
ネッカ少年は、とりあえず<バトルエンド・リターン>の枚数を減らす方向で考えたようだ。
理由は単純、それで不足ならまた考えればいいから。
もし<バトルエンド・リターン>がもう一枚欲しいなら、その時に改めて<ウィザード>を抜くか考えればいいのだ。
デッキ構築は試行錯誤。
一度ダメなら、次を試せばいい。
ぶっちゃけ、デッキ構築に正解なんてないのだから。
で、話はそれできれいに纏まったのだが。
その日の夜、二階リビングに足を運ぶと――
エレアが、リビングで倒れていた。
「エレア!?」
流石に、慌てて駆け寄るものの。
すぐに俺はリビングのテーブルの上に置かれたエレアのデッキを見つける。
なるほど、いつもの“発作”か。
「てんちょー……そのまま抱えあげてくれてもいいんですよ……」
「必要ないだろ……」
「私が助かるんです……」
うー、と唸りながらエレアは起き上がった。
泣きそうな顔でこちらを見上げ、懺悔するように叫ぶ。
「私! また! デッキを四十一枚にしてしまいましたー!」
――エレアは、極度のデッキ枚数四十枚主義者だ。
デッキ枚数が四十一枚を超えると、発作でこのように倒れてしまう。
しかし、そんなエレアにはデッキを四十一枚にしなければならない理由があった。
「いい加減慣れろよ……もしくは、デッキに<エクレルール>を入れないような構築にしろよ……」
「だって、だってぇ」
エレアのデッキには、エレア本人である<帝国の尖兵 エクレルール>が入っている。
しかしこれを人前で使うと、一応正体を隠しているエレアの正体がモロバレになってしまうのだ。
だから、外でファイトする必要がある時、すぐに<エクレルール>を抜けるようデッキを四十一枚にする必要がある。
「私を抜くと……! <帝国>デッキに美少女カードが一枚も無くなってしまうんです!」
「自分で言うか……」
かわいい美少女が好きなオタクのエレアにとって、たとえそれが自分であったとしても、デッキに美少女がいないという事実は耐えられないことなのだろう。
こだわりの強いファイターは大変だなぁ……と思うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます