秘境の次期当主、風太郎の場合

 拙者は秘境と呼ばれる郷の次期当主、風太郎でござる。

 秘境とは、世界から隔絶されたもう一つの世界。

 そこには、外の世界とは全く異なる生活を送る者たちがいるでござるよ。


 なぜ、この世界にそのような秘境が存在するかは、拙者には理解らぬ。

 ただ境界師殿――秘境と外の世界をつなぐ守り手――が言うには、カードが関わっているそうでござる。


 イグニッションファイト、拙者の郷では「火札」とも呼ばれるそれは、言ってしまえばこの世界の全て。

 カードの中には、一種の世界を構築するカードがある。

 そういった世界が現実になったのが、秘境と呼ばれる場所なのだとか。

 正直、いまいちよくわからん。

 拙者が生まれた秘境は「剣風帖」と呼ばれていて、外の世界と少し“時代”のずれた世界でござる。

 かつて、拙者の郷と繋がっている国は、郷と同じような世界だったそうな。

 流石に、外の世界から“家電”を境界師殿等の手によって持ち込んでいる郷のほうが、居住性はよいのでござろうが。

 時折やってくるお客人が郷に設置されている“最新家電”を目にすると驚くのでござるが、さすがにこれがあるとないとでは生活の質が段違いなので許してほしいでござる。


 拙者は、何れそんな郷の長となる立場。

 当然、人々をまとめるための能力が必要になるわけでござるが、とりわけ郷において重視されるものがある。

 イグニッションファイトの実力でござる。

 ファイトの強さは、人間としての強さの証明。

 長たるもの、郷の誰よりも強くなくてはならぬのだ。


 その点、拙者はファイターとしての才能があった。

 幼くして現当主である父に勝利し、次期当主の座を勝ち取った拙者に郷で勝てる者は無く。

 唯一の例外は郷を守護する境界師殿のみ。

 そんな拙者が、調子に乗るのは必然と言うべきか。

 無論、次代の当主として皆を守らねばならぬ身、決してその驕りで他者を見下すことなどせぬが。

 それでも、拙者の心の何処かに、“強き侍である拙者が皆を守らねば”という感情があったことは否定できぬ。


 そんな時だ、境界師殿から外の世界のファイトというものを見せられたのは。

 そのファイトでは、二人のファイターが激闘を繰り広げていた。

 片や奇妙な水晶の“天使”とやらを操る男、片や拙者の暮らす「郷」のような世界を生み出し戦う男。

 彼女から見せられた“それ”は――



 拙者にとっては、あまりにも強烈な“劇薬”だったでござる。



 まるで一つの演舞のようなファイトでござった。

 侍として、ファイトだけではなく剣も嗜む拙者に言わせれば、究極の武とは一種の演舞のようなものでござる。

 ファイトに限らず、剣に限らず。

 実力を極めた者同士の戦いは、さながら至高の芸術が如く。

 彼らの戦いは、まさしくそれであった。


 故に、拙者は憧れたのだ。

 あのような究極にして至高の武に至りたい。

 拙者もあのようなファイトがしたい。

 結果、拙者は境界師殿を説得し、外の世界へと飛び出した。


 だが、拙者は早々に後悔することとなる。

 勝てなかったのだ、外の世界のファイター達に。

 はっきり言って、拙者は外の世界のファイターを侮っていた。

 拙者の考えはこうだ。


「今の拙者に、あのような究極のファイトは行えない。けれど、それを行うだけの実力は備わっている」


 ……と。

 あくまで究極のファイトが行えないのは、拙者と息を合わせることのできるファイターがいないからだ。

 究極のファイトとは、お互いの心を通わせたファイター同士の死闘によって生まれる。

 聞けば、あのファイトを行ったファイターは幼い頃からの親友同士だったとか。

 だから拙者は外の世界を旅する中で、拙者の実力にふさわしい強敵に相まみえるつもりだった。


 しかし、結果は惨敗。

 境界師殿が紹介してくれたファイターは誰もが強かった。

 ネオカードポリスと呼ばれる組織に所属する熟練の“刑事殿”。

 けったいな言の葉を操る金髪の幼子。

 闘志に燃える熱血少年。


 他にも、様々なファイターと戦い拙者はそのことごとくに負けた。

 特に、偶然出会ってファイトを挑んだ帽子と黒い眼鏡に身を包んだ巨漢のファイターは強敵でござった。

 他のファイターにはまだ“戦える”という感触があったものの、彼だけはまったく相手にもしてもらえなかったでござるな。


 とはいえ、残念なことがあった。

 あいにくと、拙者の目当ての一人であったファイターとは戦えなかったのでござる。

 境界師殿が見せてくれたファイトをしていた二人のファイターのうち片方。

 なんと彼は現在、この国最強のファイターとして君臨しており、日夜忙しくあちこちを飛び回っているのだとか。

 ううむ、今でも残念でならぬ。

 あのような素晴らしいファイターと、どこかで相まみえたいものだ。


 だが、善いこともあった。

 あの死闘を演じていたもう一人のファイターとはファイトすることができたのである。

 彼の名は“棚札ミツル”。

 カードショップとやらの店長だそうな。

 拙者は意気揚々と彼に挑み――そして敗北した。


 全力を出したうえでの完敗である。

 それは実力差というのもあるのでござろうが、彼――店長殿の場合はその戦い方も大いに関係があるのだ。

 店長殿が求めるのは、お互いの全力を出し尽くしたうえでの決着。

 さながら、誰とでもあの至高とも言えるファイトをするかのような。


 しかし、拙者が思うに彼とのファイトが己の全力を引き出す要因はそれだけではない。

 彼自身のあり方が、他者に「彼に勝ちたい」と思わせるのでござる。

 すなわち、それは彼が常に自然体であるから。


 人は、強くなるためには理由が必要でござる。

 拙者であれば、郷を守るため、究極の武に至るため。

 理由のために人は強くなり、勝利を渇望するのでござる。


 されど店長殿にはそれがない。

 強くなることに、理由を求めないのだ。

 決して悪い意味ではござらぬ、店長殿はファイターとして常に目の前のファイトに全力を尽くしている。

 そんな店長殿のファイトは、誰が見ても“本物”のファイトでござる。

 そのうえで、店長は強くあることにこだわりをもたない。

 それは、アレほどの強さを持ちながら小さなカードショップの店長であることに満足を覚える店長殿の性格ゆえ。


 だが同時に、店長殿にこだわりがないからこそ、それに相対するファイターは己の渇望と向き合うことになる。

 なぜ強くなりたいのか、なぜ強くなろうと思ったのか。

 まるで店長殿のファイトは鏡のように、対峙したファイターの心を浮き彫りにする。

 だからこそ、店長殿とのファイトに勝利するにしろ敗北するにしろ、そのファイトが終わった時、対峙したファイターは一つの成長を迎えているのだ。


 ただ、拙者はその時目が曇っていた。

 数多の敗北で、自分を見失っていた。

 そんな人間に、答えなど掴めるはずはない。

 そのことに気付いたのは、帰り着いた郷で店長殿と再会した時でござる。

 あの時、拙者は店長殿の奥方……エレア殿から動画を見せられたでござる。


 それは、拙者と店長殿のファイト。

 そこに映っていた拙者は――



 まるで、あの時境界師殿に見せられたファイト動画に映っていた、店長殿とその親友殿のようでござった。



 拙者は、外の世界への武者修行で自信を失い、それが失敗だったとその時までは思っていた。

 しかし実際には違ったのだ。

 数多のファイターとの戦いで、拙者の武は磨かれ。

 そして、店長殿との戦いで芽吹いていたのだ。

 ただ、拙者だけが気付いていなかっただけで。


 その事を理解した拙者は、その後店長殿に譲られたカードと、武者修行の折に手に入れたカードで新たなデッキを完成させた。

 これまでの「北風」デッキを進化させた「極北風きわみきたかぜ」デッキを。

 特に、展開の要である「極北風きわみきたかぜの先人」は、店長殿を思わせる風貌をしていて、強力な切り札と並び拙者のお気に入りでござる。

 そして、そのデッキを持って、三度外の世界に飛び出した拙者は――



 店長殿に勝利することができたのだ。



 まさに、望外の喜び。

 あの時憧れた世界に、ようやく一歩近づけたような。

 そんな感覚があったでござる。


 けれど、そこで満足してはならぬ。

 拙者はこれからも、強くならねばならぬ。

 かつて憧れた究極の武を目指して、そして何より郷を守るという生まれた時からの使命を果たすため。


 これからも、拙者は努力を続けるのだ。

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