16 辻ファイトはこの世界の嗜み

 世の中には目があったらバトルに突入する世界もあるが。

 この世界も、正直そんなものだ。

 いついかなる場所で、ファイトが始まるともわからない。

 もちろん拒否権はある。

 ダークファイトでなければ、普通に断ればいいだけのこと。

 ただまぁ、この世界のファイターがそれを受けるか受けないかで言えば――受ける方が圧倒的に多いというだけで。


「そこのお主! 貴殿にファイトを挑みたい!」


 不意に声をかけられて振り返ると――そこには見知ったサムライがいた。

 向こうも、後ろから声をかけたからか俺が俺だと気付かなかったらしい。


「風太郎か、どうしたんだこんなところで」

「そういう貴殿は……店長殿ではござらんか! 申し訳ない、気付かなかったでござる!」


 いや、いいよと応える。

 ムリもない話だ。

 この世界の人間は髪型が特徴的なことが多い。

 だが、俺は比較的その特徴が薄い方で、無いとは言わないがダイアほどじゃない。

 後ろから見ると、その特徴が目に入らないんだよな。


 まぁ、そんなカードゲームというか、ホビーアニメによくある特徴的な髪型の話はさておいて。

 声をかけてきたのは風太郎である。

 秘境出身のサムライで、かつて俺の店に武者修行にもやってきたことのある彼だが。

 今は、どうやら辻ファイトをしているらしい。


「アレ以来、拙者一から出直すことにしたのでござる。前回は名のしれた強者を訪ねる旅でござったが、此度は見知らぬ相手とのファイトによる交流が主でござるな」


 見知らぬ相手にファイトを仕掛ける行為。

 一般的に辻ファイトと呼ばれるそれは、この世界ではありふれた行為だ。

 イグニスボードのお陰で、場所さえあればどこでもファイトを行えるこの世界で、むしろ辻ファイトは奨励すらされている。

 いつどこで、ダークファイターが一般人を狙うかわからないのだ。

 一般人でも可能なら、ファイターとしての実力は磨いたほうがいい。

 そのためにも、見知らぬ相手、見知らぬデッキと戦える辻ファイトは格好の材料だ。


 何より、風太郎の言う通り見知らぬ相手との交流もできる。

 ファイトをすれば皆友達、と前に知り合ったファイターが言っていたが。

 彼、今頃どこで何をしているのだろうな……如何にも主人公って感じだったが。


「んじゃあ、俺とのファイトはやめておくか?」

「否、店長殿は拙者の恩人。アレから一段と強くなった拙者のデッキをお見せしたいでござる」

「こっちとしても、今日はオフだからな。ぜひとも受けさせてもらおう」


 この後は、本屋にでも行って色々と本を見て回ろうと思っていたが。

 別に急ぐような用事でもない、早速ファイトを楽しませてもらうとしよう。



 □□□□□



 俺は辻ファイトが好きだ。

 相手の使うデッキは未知のデッキ。

 実力だって未知、どんなファイトが待っているかなんて全くわからない。


 この世界にはそういう未知が溢れている。

 俺はそういう未知を楽しみたい。

 だからこうして、辻ファイトを受けるわけだ。


 ただ、今回の相手は風太郎、既に二度戦った相手だ。

 そのデッキの特性も、動かし方だって俺は把握している。

 もちろん油断したわけではない。

 どんな相手にだって全力で、横暴を働くダークファイターにだって、それ相応の全力を振るうのが俺の信条。


 そのうえで――


「……拙者の、勝ちでござる」


 俺は、敗北した。

 もちろん、全力でやったうえでの結果だ。

 とはいえ、最初のターンを迎えた風太郎が


『拙者は、<極北風きわみきたかぜの先人>をサモン!』


 と言った時点で、諸々のことを察してしまっただけで。

 ――これ、お披露目回だ……と。


 お披露目回。

 いわゆる新しいカードを手に入れたりして、強くなったファイターの実力を見せつける回。

 販促の都合もあって、その瞬間のファイターは世界の誰よりも強いのだ。

 今回は、カテゴリ自体がパワーアップしたということで、その強さはまさに猛烈。

 流石の俺も……というか、俺だからこそ負けることも多い。

 なんというか、自分のことながら普段から前作主人公と周りに言われるだけあって、そういう役回りが多いのである。


 後、この<先人>。

 どっかで見た覚えがあるんだよな。

 なにかに似てると思うんだが……何だったか。


 とはいえ、最終的に俺が渡した<ノースゼファー・サムライ>できっちりとどめを刺されたら、見事というほかない。

 むしろ、強くなった姿をこうして見られたことが何よりも俺は嬉しい。

 負けることは悔しいし、次は絶対に負けるつもりはないものの。

 成長したファイターに負けるというのは、何度やっても感慨深さを感じてしまう。


「お見事、すごいな風太郎。見違えるようだよ」

「あの時、拙者の中の情熱を店長殿とエレア殿が思い出させてくれたからこそでござる」


 確かに、エレアがあそこにいてくれたお陰で、色々と話がスムーズだった。

 ファイトの中で、相手を立ち直らせることは得意分野と言っていいくらいの俺だが、それでも言葉を使わずに必要なことができると非常に楽だ。


「エレアはうちの優秀な店員だからな、いつも助かってるよ」

「実際、エレア殿と店長殿はお似合いだと思うでござる」

「お、お似合いか……そうか」


 そう言われると少し気恥ずかしいな。

 何年も同じショップで店長と店員をしているわけだから、色々と意識することもあるのだが。

 エレアはあのダウナーというか、何を考えているかわからない性格だ。

 向こうが俺をどう思っているかは、なんとも言えないところがある。


「拙者も、郷の当主として頑張らねば」

「……そういう風太郎は、どうしてまた外に出てきたんだ?」

「境界師殿に勧められたでござる、新しい風は、新しい場所で試すべきだと」


 境界師……秘境とこの世界の境目を守るエージェント。

 秘境の人々とは、色々と交流があるらしい。

 食料の取引とかな。


 それにしても……なるほど、新しい風か。

 北風の名を関するデッキの使い手には、ぴったりな表現だ。

 どうやら、相当深い関係らしい。

 秘境の人と境界師がくっつくことって、よくあることらしいからな……まぁ、その境界師が女性かどうかは知らないが。


「それで、収穫はあったのか?」

「まず、ようやく店長殿に勝利できたことでござるな!」

「次は負けないさ」


 なんて軽口を挟みつつ。

 これまでの事で雑談に興じる。

 俺にとって一番大きな出来事は……ダイアと全力でファイトしたことか?

 風太郎は言うに及ばず、デッキを進化させたことだろう。


「風太郎は、これからどうするんだ?」

「うむ……拙者もまだ青二才ゆえ、しばらくは修行の日々でござるよ」


 そういえば、風太郎はまだ十代後半の若者なのだそうだ。

 侍としての風格から、全然そんな風には見えないが。

 まぁでも、なんというかアレだ。


「風太郎は、これからまだまだいろいろな問題を乗り越えていくんだろうな」

「? 確かに、挑戦すべき難題はまだ多いでござるが……乗り越えられる前提と評価されるのはこそばゆいでござるよ」


 風太郎は……まだまだ道半ばの主人公のようなファイターだ。

 これからも、多くのファイターとのファイトで成長していくだろう。


「いいや、今の風太郎なら問題ないさ。今は、何も考えずただ前に進めばいい。次の壁にぶつかるまで、ただまっすぐに」

「むむ……店長殿にそう言っていただけると、なんとなくそんな気がしてくるでござるよ! 拙者、気力が充実してきたでござる!」


 なにせ、今の風太郎はデッキをパワーアップさせた直後。

 ここからしばらくは、負けることなんてないだろう。

 具体的には……1クールくらい!

 そこで次の壁にぶち当たるか……ぶち当たる前に最終エースをゲットするかは本人次第だな。


 なんてメタい話はともかく。


「であれば……次の大きな目標を果たすために精進せねば!」

「次の目標?」

「そうでござる! 拙者、一度戦ってみたいファイターがいるのでござる!」


 そう言って、座っていたベンチから立ち上がり高らかに宣言する。



「現日本最強ファイター……逢田トウマ殿でござる!」



 …………おう。

 なるほど、トウマか。

 うん、それならあれだな。


「じゃあ……とりあえずウチの店に来るといいよ。いい修行になるから」

「いいのでござるか!?」

「ああ、風太郎みたいな強いファイターなら大歓迎だ」


 それに、正体隠したトウマ……ダイアに会えるしな!



 □□□□□



 ――なんて話をして、数日後。


 ショップに入ってきた熱血少年のネッカが、店の一角を見てこういった。



「すげぇ……本物のサムライがいっぱいいる!」



 現在、俺の店には風太郎の秘境で暮らすサムライ達が大挙していた。

 店のフリースペースで、楽しそうにファイトをしている。

 正直、サムライがいっぱいいるだけで奇異の視線を向ける人間はこの世界にいないが。

 それはそれとして、すごい光景だった。


 なお、ダイアは世界大会の遠征でしばらく顔を見せなかった。

 タイミングの悪いやつだな!

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