15 カードゲームの兄や姉は変なやつしかいないのか。
ヤトちゃんのお姉さん、ショップでは「ハク」さんと呼ばれている彼女は落ち着いた女性だ。
お姉さん、という雰囲気がにじみ出る姉気質の女性で、ヤトちゃんはずいぶん懐いている。
なんならエレアまで懐いている。
いやエレア、「ハク」さんは高校生だから君より年下だからな?
まぁ、この世界の人間より誤差程度に寿命の長いエレアだから、感覚的には間違ってないかもしれないが。
それはそれとして、基本ショップに入り浸りのヤトちゃんと違って、ハクさんがショップに訪れることは稀だ。
エージェントの仕事の他に、学校でファイト部――イグニッションファイトの腕を磨くための部活だ――に所属しているかららしい。
他にも家事やらなにやらあるそうだが、そっちはヤトちゃんもきちんと手伝っているそうだからな。
「いらっしゃい、ハクさん」
「こんにちは店長、お久しぶりです」
そんなハクさんが、珍しく店にやってきた。
ウェーブがかかったロングの黒髪。
ゆったりとしたロングスカートと肩を露出したブラウス。
女子高生でありながら、思わずさん付けしてしまう姉
「ヤトは元気にしていますか?」
「ああ、今は二階でエレアと遊んでるはずだけど」
何か、新作ゲームが出たからって昨日から遊び倒してるエレアに、ヤトちゃんが付き合ってる感じだった気がする。
まぁ平日の午後だし、特に言うこともないのだけど。
で、ハクさんは色々とカードを買いに来たついでにヤトちゃんの様子を見に来たらしい。
会計を済ませてから、人もいないので雑談に興じることとなった。
「お二人は本当に仲がいいですねぇ」
「ヤトちゃんはともかく、出不精のエレアがあそこまで仲良くなるなんて、本当に意外だったよ」
「あら、それはヤトもそうですよ? よっぽど波長が合うんでしょうね」
そう言って、手を重ね合わせるハクさん。
指を絡めるようなアレだ。
あらあらうふふと笑みを浮かべて、まさしく理想の姉とでも言うべき人。
「ハクさんは、なんというか……いいお姉さんなんだな」
「そうですか……? 私なんか、全然ですよ」
謙遜するが、俺はそうは思わない。
「それに私は……」
「……? どうかしたか?」
「あ、いえ。何でもありません」
確か、ヤトちゃんには秘密があるんだったか。
そのことで思うことがあるのかも知れないが……部外者の踏み込むことじゃないな。
ともかく。
なんというか、ここまで姉らしい姉……という感じの人を見るのは初めてかもしれない。
なぜなら――この世界の兄や姉は変なやつしかいないからだ。
これは前世からそうなのだが、カードゲーム世界の兄や姉には変なやつしかいないという偏見が俺にはある。
真面目な顔して変なことしかしなかったり。
やたらブラコンシスコンだったり。
厄介なのは、それでいて真面目な時はめちゃくちゃかっこいい。
なんなんだアイツら。
まぁ、そういうのは物語上のお約束というやつなのかもしれないが。
この世界にも、やたらと変な兄や姉は多いのだ。
「いや、本当にいい姉だよ。ネッカ少年の兄とか、定期的に闇落ちしてネッカに襲いかかってくるからな」
「まぁ……」
熱血少年のネッカには兄がいるのだが、普段は寡黙な人だ。
言葉が足りないだけで、基本的に弟思いのいい人……なのだが、定期的に闇落ちする。
半年に一回くらいは闇落ちしてるんじゃないか? あの人。
しかも毎回、丁寧に闇落ちの理由違うし。
「……でも、闇落ちなら私もしましたよ? ほら」
「そういえばそうだったな。……どうしてスマホのホーム画面を?」
丁寧に整理されたスマホのホーム画面に、犬耳を生やして怪しい笑みを浮かべるハクさんが映っていた。
……うん?
「ほらこれ……“ハウンド”に洗脳された時の私です。レンさんが撮ってくれたんですよ、写真」
「……俺の記憶が正しければ、レンさんと洗脳された時の君って、レンさんが負けた時の一回しか顔を合わせてないはずなんだが」
写真撮ったの?
レンさん?
……まぁ、あの幼女ならやりそうだけど、そういうこと。
「よく撮れてますよね?」
「お、おう」
そういう感想なのか!?
なんか一瞬で雲行きが怪しくなってきたぞ?
俺の聞いてたハクさんの印象は、真面目で優しくて、理想の姉って感じのものだ。
加えて、ヤトちゃんから例の“ハウンド”との最終決戦で勝利したものの危機に陥った時にヤトちゃんを助けたときの様子を聞かされていたから。
俺のハクさんに対する印象は、立派なお姉さんという印象だったのだけど。
と、そこで俺はハクさんのホーム画面のアプリの一つに目が行く。
「……あれ? これ前にエレアが推してたちょっとエッチなソシャゲ」
「!? し、失礼しました。うふふ……ほらこれ、ヤトの写真です」
「………………そ、そっか」
ごまかすハクさんに、俺は考える。
真面目な顔で変なことをして、シスコンで。
ヤトちゃん目線ではかっこいい姉……つまり、妹の前では真面目でかっこいい姉。
――――うん、この人もこの世界の平均的なお姉さんだな!
「……そうだ、ヤトちゃんに会っていかないか? そろそろエレアのゲームも一段落してるだろうし」
「いいんですか? それなら是非。ふふ、お友達とどんなことをして遊んでるのかしら」
色々見なかったことにしてハクさんに、声を掛ける。
一気に、優しい理想のお姉さんに戻った。
……まぁ、よくあることだな!
とにかく中へ案内しようと、俺はバックヤードへの扉を開いた。
そこで、
「マジカル☆ヤトガビーム! ……こ、こう?」
何やら、変な格好をして変なことを言っている、ヤトちゃんとエレアを見つけた。
というか、コスプレである。
魔法少女ルック、エレアが白でヤトちゃんが黒だ。
ただ、強いて言うならちょっと露出が激しい。
あと、見覚えがある。
何だったか――
「ぴっ」
「て、店長!? どうしてここに!?」
とか考えていると、焦った様子で二人が赤面する。
なんか、大変申し訳ない現場に出くわしてしまったらしい。
「ねえ……さん?」
「えっと……ごめんなさい、ヤト」
そして――言うまでもなく俺の後ろにはハクさんがいる。
ヤトちゃんは、完全にビームを撃った体勢で停止していた。
片足を上げているので、とてもつらそうだ。
「……すっっっっっっっっっごく可愛いわよ、ヤト!」
「そういう反応!?」
目を輝かせながら親指をぐっとさせるハクさんの言葉に、ヤトちゃんが突っ込んだ。
その勢いで足もおろしている、よかった。
っていうか、リアクションからして普段はこういう反応を見せないってことだよな。
いやそれでも、ボロとか出そうだけど、出なかったあたりどんだけ擬態上手いんだ?
何か、他にも理由があるのだろうか。
「ちなみにエレア、これはどういうコスプレなんだ?」
「先日発売したゲーム、魔法少女ビームコロシアムの主人公とその相棒のコスプレです。自作です自作」
「すごいな」
えへん、と胸を張る二十歳。
それはそれとして、どうやら二人はゲームをしているうちに、エレアが用意したコスプレ衣装を着ることになったらしい。
というかビームコロシアムってなんだよ、このツッコミ前にもしたぞ。
いや、他にもツッコミどころはあるが、多すぎてツッコミきれない。
「ヤト……その格好とても似合ってるわ……いいお友達ができたのね」
「まって姉さん! 何か大きな誤解がある気がするわ!」
「二人の邪魔をしてごめんなさい、私、今日は夕飯作って待ってるから、遅くならないようにね」
「姉さん! 待って、姉さん――――!」
どうやら、本気で安心したらしいハクさんは俺に挨拶をして店を去っていく。
ヤトの悲鳴は、届くことはないのだった。
「……コレで良かったのかな」
「わかんないです……あと店長、バックヤードの扉が開いてるとコスプレ姿が外に見えちゃって恥ずいです」
「あ、悪い。まぁ客はほとんどいないけどな、今の時間」
なんて話をしながら、俺も仕事へ戻ることにした。
良かったのかなぁ……これで。
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