13 うわぁ急に世紀の一戦を始めるんじゃない!

 ある日、現日本チャンプ逢田トウマ……ダイアがいつもより不審者な挙動で我がカードショップ“デュエリスト”に入店してきた。

 サングラスにニット帽の不審者スタイルで、身長百九十越えの巨漢だ。

 キョロキョロと周囲を見渡して、何かを警戒している様子で、普段よりも不審者極まっているな。

 何だ何だ、高額カードでも売りに来たのかとも思うが、もしそうならダイアは真面目な顔で入店するはずだ。

 どう考えても、アレはバカなことを言い出す時のダイアだな。


 ダイアは基本的にクソ真面目な性格をしている。

 そのうえで、一見クールな振る舞いをしているが実際には沸騰しやすい熱血漢で、ついでに天然だ。

 だからまぁ、こういう挙動をしている時は本人は真面目に振る舞っているつもりでも、天然でアホ……まっすぐな思考をしているに違いない。


「いらっしゃい、ダイア」

「店長、単刀直入ですまないが……」


 そう言って、ダイアは俺の元へ歩み寄ってくると、開口一番問いかけてくる。


「<バニシオン>のレンタルデッキを組んだというのは本当か?」

「……そうだが?」


 先日、エレアとテスト回しをしたやつだな。

 結局あの後、いい感じのカードが見つかったので<ゴッド・デグラレイション>はデッキから抜けた。

 俺が使うとアレ一枚のデッキになりかねないからな……


「貸してくれ」

「ダメに決まってるだろうが」


 即答した。

 素気なく断った。

 っていうか断らざるを得なかった。


「<バニシオン>はお前の昔使ってたデッキだろ、そんなんでフリーしたら子供が泣いて逃げ出すぞ」

「……! 店長、私は決して過去に<バニシオン>デッキを使ってたプロファイターではないぞ」

「お、おう」


 <バニシオン>デッキ、<バニシオン>モンスター群を中心としたデッキでダイア……逢田トウマが学生時代使用していたデッキである。

 心境の変化と共に現在は<グランシオン>モンスター群を中心としたデッキを使用しているが、ダイアにとってはとても馴染みの深いデッキだろう。


 つまり、メチャクチャカードとの相性がいい。

 日本最強レベルのプロが、その全力をほぼ十割発揮できるデッキをこんな地方都市のカードショップで使ってみろ。

 出来上がるのは地獄絵図だぞ。


 なお、ダイアは自分の正体をバレていないと思ってるので、大真面目に正体を否定してくる。

 そこはどうでもいいので、とりあえず話を進めよう。


「まぁ、ここにはネッカ少年やクロー少年、他にもヤトちゃんとか将来有望なファイターはいっぱいいる。でも、そうじゃない普通の人だっているんだ。お前はそういう人間の心を折りたいのか? ダイア」

「そんなわけない! しかし……そうだな、レンさんからこのことを聞いて、気が急いていた。すまない」


 情報の出所はレンさんか……あの人も大概自由な人だからな。

 伊達に闇札機関の最強エージェント兼トップをしてるわけじゃない。

 ……ダイアといい、レンさんといい、物語の最強キャラみたいなポジションのファイターは変な人しかいないのか?

 そしてなぜかエレアがこっちを睨んでくる、どうしたんだ一体。


「てんちょー、そういうことならファイトするのにピッタリな相手がいますよ」

「うお、どうしたんだエレア」


 睨んだまま口を挟んでくるエレア。

 がおー、と両手を上げて威嚇してくる。

 隣でストレージを漁っていたヤトちゃんも、小首をかしげつつそれに釣られて手を上げていた。

 何なんだ。


「店長が相手すればいいじゃないですか、実力的にはピッタリだと思いますよ」

「…………!!」


 その瞬間、ダイアの顔が一気に真面目なものへと変わる。

 いや、さっきまでも本人的には真面目だったのだろうが。

 雰囲気は全然違う、一変したと言ってもいい。


「――やろう、ミツル」

「おう、店長呼びじゃなくなったあたり、マジのマジだな、ダイア」


 ちなみにダイアという名前は、中学時代からショップで使っていた名前なので俺は変わらずダイアと呼ぶことにしている。

 まぁ、そういうことであれば否やはない。

 そして俺とダイアがやる気になったところで、お客の方も何やらざわついてくる。

 流石日本チャンプ、マジのファイトが生で見られる機会は、やはり需要はでかいようだ。


「フィールドを使いたい、何時間待ちだ?」

「運がいいことに、今日は三十分待ちだ。使用料はいつもどおり五百円」


 というわけでそれから三十分後、俺とダイアはイグニッションフィールドを使ったファイトを行うことになった。



 □□□□□



「こうして、フィールドでファイトするのはいつ以来になるかな」

「この店の開店日以来だろ」

「あの時は盛り上がったな、ミツル」

「このファイトを、それ以上のモノにするぞ、ダイア」


 言葉をかわす、ライバルとして、親友として、お互いの闘争本能をかき立てるための軽口だ。

 そうして、お互いにカードをドローしつつ。

 俺達は、その言葉を口にする。



「イグニッション!」



 そして、闘志に火を点けた。

 故に点火、イグニッション。

 まさしくカードバトルって感じで、個人的には大好きな掛け声だ。

 そんな掛け声とともに、十年来の親友と行うファイトは、非常に白熱したものとなった。


 <バニシオン>デッキは、<点火の楽園 バニシオン>と呼ばれるカードを展開してそれを守りながら戦うデッキだ。

 <点火の楽園 バニシオン>は非常に強力なカードだが、破壊されると一気にピンチに陥るという解りやすい弱点でもある。


 ダイアは先述した通り、クールな外面に対して胸に燃えたぎるような情熱を秘めている。

 その冷静さは、揺るがぬ大地として人々のための楽園を築き、その情熱は楽園を守るための焔となる。

 ゆえにこそ、炎のバーニング・楽園エリュシオン、それが<バニシオン>の本質だ。


「こうして、お互いの全力をぶつけ合うのは楽しいな、ミツル!」

「俺は、お前の全力が磨き上げられ過ぎて、ついていけるか少し不安になるよ、ダイア!」


 もしかしたら、研磨バニシングという意味もあるかもしれないな。

 とにかく、ダイアという人間にこれ以上なくふさわしいデッキである。


 ダイアは常に前進を続けてきた。

 中学の頃に世界を救ったときも、最年少でプロになった時も、俺と戦った大規模大会も。

 そして何より、日本チャンプになる時も。

 自身を磨き上げ、情熱を燃やし、ダイアという楽園を築いた。


 その姿に、どこか憧憬を覚える時がある。

 俺はダイアのように、情熱を燃やし続けることができるだろうか。

 今の生活に満足して、歩みを止めていないだろうか。

 そう、考えてしまう時がある。

 だが――


「思ってもないことを言うなよ、ミツル。私は君に背中を押されたから、ここまでやってきたんだ」

「押したのは俺だから、責任を取れってか? 厳しいこと言うな」

「昔からそうだろう、私達は!」


 かつて、ダイアが世界を救うため戦っていた時。

 戦うことが怖いと思った時があるそうだ。

 その時、俺はダイアから事情を知らずに相談を持ちかけられて、背中を押したんだ。

 事情を知らなかったからこそ安易に、けれどもだからこそ純粋な本心で。


 その時の気持ちを心に秘めたまま、今もダイアは戦っている。

 だったら、それに応えないのは嘘だよな?


「だったら……責任を果たさないとな!」

「ああ、行くぞミツル! このファイトを最高のものにするために――!」


 かくして俺達は、今日も己の心に火を灯し、前に進むために戦い続ける。

 その結末は――



 □□□□□



 俺達のファイトが終わった後、店内は沈黙に包まれた。

 誰しもが手を止めてファイトに見入っていて、それから、誰からともなく拍手が巻き起こった。


 この感覚は久しぶりだ。

 大学時代のあの戦いのような、全てを出し切ったファイト。

 その結果に、俺もダイアも悔いはない。


 お互い無言で歩み寄ると、どちらからともなく握手をした。

 俺は笑みを浮かべて、ダイアは挑戦的にそれをにらみながらも楽しげだ。

 かくして、俺達のファイトはここに決着したのである。


 ――が。


 後日。


「……エレア、なんか客が多くないか?」

「そりゃあ、店長とダイアさんのファイトがメッッッッッチャクチャバズりましたからね、ネット上で」


 押し寄せんばかりのお客を、二人がかりで応対しつつ。

 後日、あのファイトを録画していたエレアの手により、ネット上にファイトがアップされた。

 もちろん、俺とダイアの合意の上でだぞ?

 ただ、それがどうも凄まじい勢いで流行ってしまったらしく、今ではネット上で数千万回ほど再生されているらしい。

 とんでもないな。


 おかげさまで、ここ最近は平日の昼間から店が大繁盛。

 ファイトするスペースが足りないからって、近くの広場を借りてそっちに臨時のフリースペースを用意してるくらいだ。

 いやはや、最近のインターネッツは怖いね。

 なんて思いながら、大量のお客とカードショップ店長としてのファイトに乗り出すのだった。


「そういえば、この前ダイアさんやレンさんを見て、最強クラスのファイターには変な人しかいない、とか考えてましたよね」

「何で解ったんだ?」


 エレアはそんな俺の問いかけをスルーして、続ける。



「……最強ファイターが変な人しかいないっていう意味なら、店長も変な人ですからね?」



 ――え!?





――――

 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 話はまだまだ続きます。

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