12 ふたりはオタファイ

 エレアとヤトちゃんは仲が良い。

 単純にこの二人は、感性が近いのだ。

 同じ女性で、片や秘匿組織のエージェント、片やモンスター。

 特殊な立場のファイターという共通点。

 それから――


「こんにちは、店長、エレア」

「いらっしゃい、今日はフリーでもしに来たのかい?」

「ええと、ごめんなさい。今日はエレアに用事があってきたの」


 そう言って、ヤトちゃんはカウンターで暇そうにしていたエレアの方へ寄っていく。


「待ってましたよ、ヤトちゃん。てんちょー、今から席外しますけどいいですよね?」

「ああ、午後から少し用事があるって、ヤトちゃんと遊ぶってことか」

「はい、そんな感じです」


 確かに、エレアから午後に席を外したいというのは聞いていた。

 友人と遊ぶためだったのか。

 もともと問題ないように予定は立てていたし、止める理由もない。

 エレアに友人ができるのはいいことだ。


「じゃあどうする? 上で話す?」

「んー、私はどこでもいいですよ。なんならファイトしながらでも」

「あ、じゃあそれで。デッキを調整したから試したかったの」


 というわけで、二人は店のテーブルを借りてファイトしながら話すようだ。

 よくあるやつだな。


「で、早速なんだけど、エレア」

「はい、ヤトちゃん」


 そうして二人はテーブルにデッキを置いて、ファイトを始める。

 ちなみに、エレアはファイトを始めるとスイッチが入って偵察兵モードになるのだが、今回はなっていない。

 これはデッキに<帝国の尖兵エクレルール>が入っていないからだ。

 そもそも入れたら正体モロバレだからな、二重の意味で入れられない。

 そしてファイトを始めた二人は――


「――昨日の“オタファイ”見た?」

「見ましたよー、すごい面白かったです」


 ――アニメの感想会を始めた。

 この二人、何を隠そうオタクである。

 それもどっぷり腰までオタク沼にハマったディープなオタク。


 配信者をしているエレアがオタクだというのは特に異論ないだろうが。

 意外というと失礼かもしれないが、ヤトちゃんもかなりのオタク少女だった。

 見た目はゴリゴリにパンクなファッションで固めているが、これで案外オタク趣味にも傾倒しているらしい。


 ちなみにオタファイというのは、正式名称「オタク女子でもファイターになれますか?」という日常四コマを原作にした美少女アニメだ。

 いわゆるきらら系。

 なお題材にイグニッションファイトが絡むのは、この世界ではままあることだ。

 インフラみたいなものだからな。


「やっぱいいわよねオタファイ、“ミリ”ちゃんが可愛いの。あのもこもこ髪に埋もれたい」

「いいですよね……可愛い女の子……無限に愛でれる……」


 オタクといっても、その趣向は様々だが。

 この二人は可愛いものが好きなようだ。

 エレアの自室には色々と可愛いアイテムが、美少女のアクスタからマスコットのぬいぐるみまで多種多様に集められている。

 ヤトちゃんの部屋もそんな感じらしい。

 まぁ、エレアの部屋は半分くらい配信機材で埋まっているし。

 ヤトちゃんも半分くらいはパンク系の趣味で埋まっているらしいが。


「私は“アンヌ”ちゃんが好きですね。気が強いのに上がり性で、ずっとナデナデしてたくなります」

「わかるわ……ちょっと小柄なのがいいのよね、私でも抱えられそうで」


 二人が仲良くなったのは、ヤトちゃんがこの店に通うようになってすぐのこと。

 つまりほぼ初対面から仲が良かった訳だ。

 よっぽど波長が合うんだろう。


 前世ではカードゲームというのはオタクの遊びだったわけだけど。

 この世界では、オタクでない人間もカードバトルをするのはごくごく当たり前のことだ。

 だからショップにやってくる層も多種多様で、必ずしも話が合う人間と出会えるわけじゃない。

 それにオタクと言っても、趣味が微妙に重ならない場合もある。


「そういえば、店長もアニメを見てくれたんですけど」

「そうなの? いやまぁ、店長もなんだかんだアニメとかマンガ好きみたいだし、理解らなくはないけど」

「ただ、私達とは守備範囲が違うんですよねー」


 なんて話が聞こえてくる。

 前世でTCGにどっぷりだった俺が、オタクじゃないわけがない。

 なのだが、俺は基本的にストーリーが面白いかがコンテンツの評価基準だ。

 オタファイは、日常系でありながら主人公の悩みと成長が巧みに描かれており、それがとても面白かった。

 エレアとヤトちゃんは、女の子の可愛さについて熱く語りたいそうなので、お互いに視点が少し異なってしまう。


 いや、別に女の子の可愛さに心惹かれないわけじゃないですよ?

 単純に、それよりもストーリーの方に意識が向くというのと。

 後はそもそも、女性相手に女の子の可愛さトークはいささかどうかと思うのだ。

 ダイア辺りと話をするんじゃないんだから。


 ちなみに、ダイアも結構なオタクである。

 ただ、アイツがヲタトークすると、何故か語彙が古のフォカヌポウとかいい出すオタクになる上、不審者ルックでないと周囲の目を気にしてヲタトークができない。

 いや、どう考えても不審者モードでヲタトークするほうがまずいだろ!?

 なんて話は置いておいて。


 それからも、二人はファイトを続けつつ色々と雑談に興じていた。

 俺の方もあまり聞き耳を立てるのも行儀が悪い。

 適当に距離を取って、仕事に集中することにした。


 それから時間は過ぎていって、客の出入りがありつつも二人は楽しそうに話を弾ませている。

 だが、しばらくするとどうも、ヤトちゃんのほうが歯切れが悪くなっているように見受けられた。

 あまり俺が首を突っ込むのもどうかと思い、様子を見るにとどめていたが――


「店長、少しいいですか?」


 と、エレアに呼びつけられて、俺は二人の方へ向かう。

 ちょうど、客もほとんどいない状況だ。

 話をするくらいならいいだろう。


 で、二人のところにやってきたわけなのだが。

 なんだか、ヤトちゃんは恥ずかしそうに顔を伏せている。

 一体どうしたのか? 首をかしげていると、



「私、ヤトちゃんが配信に出たら、すっごい盛り上がると思うんですが、どうですかね?」



「ムリムリムリ! 絶対にムリ! 恥ずかしくて死んじゃうって!」


 ああ、と納得した。

 そりゃあヤトちゃんが恥ずかしがるわけである。

 というか、ヤトちゃんって秘匿組織のエージェントだろ、いいのか。


「レンさんからは許可もらいましたよ」

「いいのか……」


 こそこそと、俺の考えていることを察したのか耳打ちするエレア。

 レンってのはヤトちゃんの上司だ、ヤトちゃんと出会う前からの知り合いで、うちの常連でもある。


「秘匿組織ではあるけど、別に正体を完全に隠蔽してるわけじゃなくて、バレてもそれはそれで問題ないタイプの組織ですからね」

「すごいところだと、記憶処理とかするもんな」


 どうやってんだろうな、アレ。

 ともあれ、ヤトちゃんがエレアの配信に出るかどうかの話だ。


「別にいいじゃないですか、ヤトちゃん。大会配信にはよく顔出してますし、好評ですよ?」

「アレは……ショップ大会の配信はよくあることだし、私だけのことじゃないもの」


 確かにいろいろな人が顔を出すショップ大会の配信と、エレア個人の配信じゃ意識が全然違うのは当然だ。

 俺だって、たまに配信に顔を出す程度ならいいが、常にエレアの配信に参加するのはちょっと気恥ずかしいってレベルじゃない。

 もちろんエレアもそれは解っているだろう、これ以上は踏み込めないので諦めることにしたようだ。


 と、そこで俺はふと思いついたことを口に出す。


「ヤトちゃん個人で顔を出すのがダメなら、複数人ならどうだ?」

「……どういうことですか?」

「他の常連も誘うんだよ。女子会とかいって、アツミやレンとか呼んだらどうだ?」

「――――!?」


 その言葉に、二人は衝撃を覚えた様子で固まる。

 いや、そんな驚くようなこと言ったか?


「……思いつきました! 女子にオタファイ布教配信!」

「それよ……!」

「何がそれなんだよ!?」


 ――こいつら、配信を餌に女性陣をオタク沼に引きずり込もうとしている!?

 何か、手段と目的がひっくり返る瞬間を見てしまったような気がする。

 それからわいわい盛り上がり始めるオタクファイター……略してオタファイ二人に、色々と突っ込みたいところはあるのだが。

 お客がカウンターに来て、俺は仕事に戻らざるを得ないのだった。

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