11 日常性前作主人公
その日、店にやってきた熱血少年のネッカは、ずいぶんと沈んだ表情をしていた。
ネッカはとにかく負けず嫌いでポジティブな性格をしている。
どんな時でも前向きな彼が、こうも沈んでいるのは珍しい。
よっぽどのことがあったのだろうと、俺とエレアは顔を見合わせた。
「いらっしゃい、どうしたんだネッカ。浮かない顔して」
「店長……」
俺は視線で、エレアに店のことを任せるとネッカに近づいて呼びかける。
視線を合わせるようにして屈んだ俺に、ネッカは複雑そうな顔でこちらを見上げてきた。
「その……クローと喧嘩したんだ」
「なんだ……いつものことじゃないか?」
正直、ネッカがどうして沈んでいるのかはなんとなく想像できていた。
クール少年のクローと一緒じゃないからだ。
彼らは親友同士で、店にやってくる時は常に一緒だ。
とはいえ、基本的にお互いライバル意識が強いのか口を開けば喧嘩ばかりしている。
だから俺はいつものこと、といったわけだが。
もちろんそんなことはない。
普段のようなじゃれあいではなく、本気で喧嘩をしたんだろう。
でなければネッカは、もっと怒りを顕にここへ姿を表していたはずだ。
「アレはクローに負けたくないって思ってるから、ああ言ってるだけなんだ」
「そうなんだな……じゃあ、どうして今はそんなに沈んでるんだ?」
それを敢えて聞いたのは、少しでもネッカから言葉を引き出して話しやすいようにしたかったからだ。
そうしてネッカは、ポツポツと喧嘩の内容を話してくれた。
何でも、先日ダークファイトを仕掛けられた際、クローとタッグで相手をしたのだが、相手が面倒なやつだったらしい。
とにかくネッカとクローの仲違いを誘うような奴だったとか。
自分の勝利すら投げ捨てて、そいつは二人の関係に罅をいれた。
結果、ネッカとクローは本気の喧嘩に発展してしまったそうだ。
「あいつは、俺がクローのことを信じてないって言ったんだ」
「信じてない? 確かに喧嘩こそいつでもしてるけど、それはお互いにお互いのことを認めてるからこそだろ?」
「そうなんだけど……あいつは俺達のファイトに信頼関係がないって……」
聞いた感じ、それは言うまでもなく揚げ足取りだ。
でも、実際にバトルでそういう行動を取ったのは事実である。
「そうだな……まずは、運が悪かったな」
「運が悪かった?」
「ダークファイターの中には、そうやって相手を嫌な気持ちにするためだけにダークファイトを挑んでくるような奴もいる。そういう奴と出くわすのは、単純に運が悪かったとしか言いようがないんだ」
何事も、悪意のある奴に絡まれるかどうかなんて、運が悪いかどうかが全てだ。
ただ、それで発生した喧嘩は、運が悪かったでは済ませないのだが。
だから俺は、ある昔話をすることにした。
「じゃあ、一つ話をしようか。それは一人のファイターとモンスターの話なんだが……」
正確に言うと、ファイターとそれに取り付いた人ではない存在……ぶっちゃけ遊馬とアストラルの話をした。
この世界風に言い換えると、ファイターが敵にそそのかされ、結果裏切られることになったモンスターが闇落ちするわけだ。
「つまり、裏切られたことのない純粋なモンスターが、初めての裏切りでどうすればいいか解らなくなった……ってことだな」
「……俺、そういえばクローと友達になってから、本気で喧嘩するの初めてだ」
話として直接つながるわけではないが、要点は一緒だ。
ネッカ少年の言う通り、二人は仲良くなってからこれまで、大きな不和を抱えることはなかった。
だからこそ、その不和に対する対処法を知らないのである。
「なぁ店長、その二人は……仲直りしたら元通りになったのか?」
「いや……ならなかった」
え? とネッカは首を傾げた。
「一度疑ってしまったら、昔のように全幅の信頼は置けない。前のようには戻れないんだよ」
「……そっか」
「代わりに、それでも相手を信じようって気持ちが生まれたんだ」
「……!」
それまでの疑うことを知らない信用ではなく、相手のことを信じようとする信頼で二人は再び手を取り合った。
最終的に、二人の信頼はより強固なものになったわけだ。
「だからネッカ、今はまだクローに対する怒りや疑う気持ちもあるかもしれない。けど、ネッカがクローを信じようと思って行動すれば、少しずつそのわだかまりも消えていくさ」
「……うん! ありがとう、店長!」
どうやら、ネッカの悩みを少しでも解決することができたようだ。
いつものように……とは行かないが、元気を取り戻したネッカは、店の外へと駆け出していく。
「店長、俺クローに謝ってくる!」
「そこでまた喧嘩になるなよ?」
「その時は……仲直りできるまで何度でもクローと話をする!」
「ならよし、行って来い!」
かくして、ネッカは勢いよく走り出すのだった。
これなら、もう心配はいらないだろうな。
□□□□□
と思って、業務に戻った俺だったが。
ネッカが出ていってから少しして、クール少年のクローが店にやってきた。
浮かない顔で、いつものムスッとした顔が更に険しいものになっている。
「いらっしゃい、クロー」
「……店長、ネッカを見なかったか?」
「ああ、さっきまでいたんだけどな」
そう聞いて、クローはすれ違いか……とため息を吐く。
ネッカとのことで、色々と悩んでいるのだろう。
既に彼の悩みは知っているが、俺はクローから話を聞くことにした。
「……というわけなんだ」
さっきのネッカ少年と同じく、話しやすいように声をかけた。
想像通り、内容はネッカ少年との喧嘩のことで、クロー少年もかなり悩んでいるようだ。
ムリもない、初めての経験だろうからな。
戸惑って当然だ。
「そうだな……少し話をしようか」
「話……?」
「その二人は、お互いに親友同士といって差し支えないファイターだった」
そんな二人のうち一人が、悪いファイターに洗脳されて戦うことになってしまう話だ。
ぶっちゃけ、遊戯と城之内の話である。
敵に洗脳された親友をなんとか説得しようとするファイター、しかしその声は親友にはなかなか届かず、親友は大会で使用を禁止されているカードまで使用して……という話。
「何だよそれ、最低じゃないか」
「そうだな、親友を洗脳した奴は許せない。でも、大事なのはそこじゃないんだ」
「っていうと?」
「ファイトの最中、懸命の説得のおかげで、少しずつだけど洗脳が解けていくんだ」
最終的には色々あって、親友は元通りになるわけだけど。
それを成し遂げたのはファイターの説得と、二人の友情だ。
「つまり、確かな友情さえあればたとえ洗脳されていても言葉は届く。何よりそのファイトでファイターは親友から一時的に託されていたカードを使って親友を説得した」
「言葉とファイトは、どれだけお互いの心が離れているように見えても、必ず伝わるってことか?」
「そういうことだ、今は仲直りできなくとも、何度も言葉を重ねて、ファイトを重ねて仲直りすればいい、友情ってそういうものだろ?」
その言葉に、クローはようやく元気を取り戻したようだ。
まだ、いつものクールな振る舞いはできそうにないが、前を向くことはできただろう。
「ありがとう、店長。もう一度ネッカと話してくるよ」
「ああ、行ってこい」
そうやって、ネッカ少年と同じようにクロー少年も送り出すのだった。
□□□□□
そこで話が終わっていれば、めでたしめでたしなのだが。
いや、語弊があるな。
二人の喧嘩自体は無事に解決した。
次の日には、またいつも通りの熱血少年とクール少年の姿があった。
ただそこに至るまで、つまり今日の段階では色々とあったのだ。
具体的にいうとネッカとクローの関係者が全員俺に相談してきた。
それくらい大きな事件だったんだろうが、俺としては大変だ。
過去の教訓……前世のカードゲーム知識と、この世界で経験した事件の中からそれっぽいエピソードを挙げまくって、何とか捌き切ることができた。
いや、大変だった。
とはいえ、俺としてもこうして前世知識で色々と話ができるのは有意義だ。
なんたって、かつて俺が一番推していた名エピソードの数々なわけだからな。
それを他人と語り合えなくなった今、こうしてエピソードとして誰かに話すことでしか俺は人に過去の経験を語れない。
そのうえで、話を聞いてくれた人たちが立ち直ってくれるのなら言う事無しだ。
「すごかったですねぇ、流石店長」
「店長、こういうこと毎日してるの? とんでもないわね……」
相談に乗り続ける俺を、横から眺めていたエレアとヤトちゃん。
とはいえ、流石に毎日こんな感じではない。
どちらかというと、相談自体は本当にたまにだけど、大きな事件が起きると立て続けに来る感じだ。
ってか君たち仲いいね。
「仲いいですよ」
「仲いいわよ」
仲よかった。
「それに、私の知る限りだと、一日の最大解決件数は十件です」
「じゅっ!? もしかしてそれに全部、ああいうエピソードをつけて答えてたわけ!? 店長、ほんと何者なのよ……」
「しかも、私の知る限り一度として同じエピソードが出てきたことはありません」
「えぇ……」
いや、流石にそれは誤解だぞ!?
使いまわしはたまにあるって。
……あれ? でもエレアの前でエピソードを使いまわしたことってあったっけ?
…………あんまり考えすぎるとよくない気がしたので、俺はとりあえずその思考を早々に打ち切るのだった。
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