可愛いもの好き刑事さん風カードポリス、草壁の場合。
この世界には運命力というものが公然として存在する。
人々は運命によってカードに導かれ、カードは運命によって人々の元へ導かれる。
だが、決してそれは運命がこの世界の全てというわけではない。
人々の手の上に、カードという名の運命が握られているだけ。
掌に欲しい運命が乗せられていないなら、引き寄せればいい。
カードとはデッキからドローするもの、己の欲する運命を手繰り寄せる力。
それこそが、運命力の本質である。
だから、人間とカードの相性は、その半分はお互いの趣向で決まる。
かっこいいドラゴンが好きな少年は、ドラゴンをエースにしたデッキを組み上げる。
可愛らしい動物が好きな少女は、愛らしい動物たちのカードを手に入れる。
後にネオカードポリスとなる少年、草壁の場合。
彼は、幼い頃から可愛らしいものと、ハードボイルドな刑事が好きだった。
両者は相反するものだったが、幸いにもそんな彼の嗜好を満たすアニメが放映されていた。
というよりも、それに影響されて彼はその二つを好きになったというべきか。
そのアニメは「ハードボイルドな猫の刑事が動物たちの困り事を解決する」という児童向けのもので。
彼は刑事猫のハードボイルドさと、時折見せる愛らしさに魅了された。
しかし、そんな彼にとって彼のあこがれは逆風だった。
ちょうどその頃、この世界を代表する警察機構であったカードポリスが崩壊。
新たに発足するネオカードポリスが、世間的に認められていなかった時期だった。
世間の警察に対する風当たりは最悪で、とてもではないが警察になりたいという夢を口に出せる空気ではなかった。
加えて言えば、彼の可愛いもの好きな趣味を両親が押さえつけた。
そんな女の子みたいな趣味はやめて、男らしくしなさい――と。
結果、彼は憧れを……掴みたかった運命を手放さなくてはならなかった。
既に組み終えていた、彼の大好きなものだけで構成された最高のデッキを戸棚の奥にしまい込んで。
中学、高校へ進学するにつれて、彼は次第に不良たちとつるむようになった。
親との軋轢は、彼の趣向だけではなく、彼の生活すらも侵食していたからだ。
とはいえ、不良たちの中に混じった草壁の生活は、決して悪いものではなかった。
使用するデッキこそ、本来彼が趣向するものではなく周囲に合わせたものだったが。
それでも持ち前のファイトの才能で、木端の不良グループをまとめられる程度の実力を発揮した彼は、その中で居場所を作っていった。
しかしそれも、所詮は自分を抑えて周囲に合わせて手に入れた立場。
草壁の本心はそんな立場にも満足できていたわけではなかった。
もちろん、本来の自分をさらけ出したところで今の自分を認め慕っている者たちがそれを受け入れるわけではない。
寧ろ、困惑させてしまうだろう。
そうなった時に彼らが草壁を責めたとして、どちらに咎があるか。
完全に彼らだけに問題がある、とは言えないだろうと草壁は考えていた。
それでも、抱えたものは少しずつ溜まっていく。
心に落とした影は、幼いころに両親に否定された時からのもの。
いくら彼に忍耐力があったとして、それを受け止める器は決して無限ではなかった。
やがて侵食した闇は、彼を――彼の“カード”を、地獄の底へいざなう……はずだった。
悪魔のカード。
この世界を騒がす事件を起こす、大本の元凶。
人々を地獄の底へと連れて行ってしまう、闇に染められたカード。
その誕生経緯は、実のところ様々だ。
突如として、何も無い場所から生まれてくる。
悪意ある存在が、悪魔としてカードに宿る。
そして――使用者の心の闇に反応して、所有しているカードが悪魔に堕ちる。
主要な理由はこの三つ。
草壁の場合は、言うまでもなく三つ目の理由だ。
彼が感じてきたストレスと、彼に戸棚の奥へ仕舞われたまま忘れ去られたことへの恨みで、ただのカードは悪魔に変化しようとしていた。
かつて、アレほど彼が愛していたはずなのに、彼を愛していたはずなのに。
だから本来、悪魔へ落ちかけたカードはいつの間にか彼のデッキに加わり――それを仲間である不良たちに見られるはずだった。
結果、そのカードをバカにされた草壁はついに耐えきれなくなり、悪魔のカードとなったそのカードと共に周囲の不良たちをダークファイトで一蹴する。
そんな未来が、彼には待っているはずだった。
「君、カードを落としたぞ」
“彼”が、仲間たちのもとへ向かう草壁を呼び止めるまでは。
棚札ミツル、というらしい。
近くの大学に通う大学生――後のカードショップ“デュエリスト”店長は、草壁が隠したがっていた秘密を拾い上げた。
焦る草壁に対し、棚札はそれを、
「これ、いいカードだな」
そう言った。
棚札は草壁のカードを、趣向を肯定したのだ。
草壁が、愛らしいカードを好きだと言っても、それを馬鹿にすることはなく。
もちろん、世の中にはそういう寛容な人間は少数ながら存在するだろう。
だから、草壁にとってその言葉はありがたい言葉ではあったが、救いではなかった。
彼に認められたとしても、草壁が認めて欲しい相手は草壁のことを認めてくれないのだ――と。
だから、真に草壁を救ったのは、棚札が草壁を肯定してくれたことではない。
その後に彼が言った、ある一言だ。
「もしも周りの人間に認めてもらいたいなら、ファイトで認めさせればいいんじゃないか?」
――と。
あまりにも強引過ぎる方法。
だが、聞けばその方法は決して不条理なものではなかった。
「ファイトっていうのは、この世界で最も相手に言葉を伝えるのに向いた方法だ。お互いの感情をファイトって形でぶつけ合えば、きっと相手ともわかり合えるさ」
ようは、言葉をつくして相手に理解を求めろ、と。
一度否定されたから諦めるのではなく、もう一度挑戦し、踏み込め――と。
彼はそういった。
単純なことだったのだ。
運命とは、諦めるのではなく掴み取るもの。
そんな当たり前のことを棚札によって教わった草壁は――ようやくそこから、本当の意味で彼自身の運命を歩み始めたのだ。
彼の考えに理解を示さない相手に、正面からファイトでぶつかって。
気がつけば、彼と彼の仲間たちは不良ではなく真っ当な道を歩むようになっていて――
草壁もまた、可愛らしいデッキを操る渋い刑事のようなネオカードポリスとして――夢を叶えるのだった。
□□□□□
それは、いうなれば“店長”によって救われた一人の青年の物語。
けれども、少しおかしい。
“店長”には、二つの運命がある。
一つは、“悪魔のカードに関わる事件に関われない”というもの。
そしてもう一つは、“悪魔のカードに関わらない事件を事前に排除する”というもの。
この物語は、それから矛盾している。
悪魔のカードに関わる事件を事前に排除しているのだ。
なぜ、そのような事が起きるのか。
これにはある種の例外じみた“バグ”が関わっている。
草壁の一件は、悪魔のカードによるものだ。
しかし、店長が彼に声をかけた時点で、悪魔のカードは誕生していなかった。
悪魔のカードになりかけていただけで、本格的に悪魔に堕ちるのは仲間たちにそのカードが否定された時だ。
つまり、店長が声をかけたタイミングでは、“悪魔のカードはこの事件に関わっていない”。
にも関わらず、“事件が発生する直前だった”。
結果、この一件が“悪魔のカードに関わらない事件を事前に排除する”店長の運命に引っかかったのだ。
さながらそれは昔から存在していたカードが、新たなカードによって想定とは違う動きをするかのようなもので。
もとからあった誕生直前の悪魔のカードは悪魔のカードではないというルールに対し、店長の悪魔のカードに関わらない事件を事前に排除するルールが、「悪魔のカードじゃないなら事前に排除してもいい」という処理になってしまうのである。
具体的な例は、一言で言えば「サモサモキャットベルンベルン」。
ちなみに草壁が闇落ちしていたら、だいたいそんな感じの詠唱が始まる予定だった。
ただ、それは相当な例外的処理であるから、そうそう起きることではない。
というか、今のところ二十年と少しの店長の人生に於いても、片手で数えられる程度の数しか起きていない。
なにより、それ自体は決して悪いことではないのだ。
起きるはずだった問題は事前に解決され、草壁と仲間たちはむしろ本来の運命よりももっと恵まれた運命を勝ち取っていた。
だが、奴は弾けた。
店長がこういった本来解決するはずではなかった問題を解決すると、問題が解決した対象は弾けるのだ。
草壁の場合は、本来ならこの失敗を糧に少しずつ成長し、長い時間をかけてハードボイルドだが可愛いものが好きなあざといおじさんになるはずだった。
だが、その過程を色々とすっ飛ばした草壁は、若くして刑事さん風可愛い動物デッキ使いのネオカードポリスとして活躍している。
無論、それはいいことなのだが。
頭を抱える存在もいるのだ。
店長を支える、水晶の天使たちとか……。
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