10 ネオカードポリスにネオが着いてる理由はお察しください

 ネオカードポリスは、前身の「カードポリス」が色々あって崩壊した末にできた警察機構だ。

 所長が悪魔のカードに手を染めたり、その悪事を新人ポリスが解決したりしたのだが。

 まぁ、それ自体は俺が生まれて少ししてからの話である。

 もう二十年くらい前か?

 今のネオカードポリスは、そういった汚職はない(はずだ)し、この世界で最も名の知れたエージェント機関だ。


 でまぁ、俺は時折ダークファイトを挑まれる関係で、ネオカードポリスの人とも面識がある。

 というか、定期的にネオカードポリスの刑事さんが巡回に来てくれるのだ。

 これは、俺の店がレアカードの売買を行える規模のカードショップだからというのもあるだろうが。

 何にしても、ありがたい話である。


「いらっしゃい……って、刑事さんじゃないか」

「おう、邪魔するぞ」


 土曜の昼下がり、開店して間もないタイミングで件の刑事さんがやってきた。

 トレンチコートに、タバコが似合いそうな顔立ち。

 あまりにも刑事すぎる風貌で、俺は彼のことを刑事さんと呼んでいる。


「それと、俺は草壁だ。確かに階級は刑事相当だが、ネオカードポリスに刑事って役職はないぞ」

「まぁまぁ、こんなにも刑事さんって風貌なんだから、少しくらいいいじゃないか」

「お前さんのそういう謎のこだわりは、一体どこから来るんだ?」


 お約束って大事だろ?

 といっても、刑事さんは別にオタクでもないので、そういう話は通じない。

 それに、訂正こそするものの嫌というわけではないって態度だし。

 そもそもこの風貌は、彼の趣味も含まれている。

 案外、悪い気はしていないことを、俺は知っていた。


 ともあれ。


「それで、今日はどうしたんだ? 刑事さんとしてここに来たのか、客として来たのか」

「非番だから顔を出したんだが、出した用事はネオカードポリスとして……ってところかね」


 仮にもネオカードポリスの人間が、店にやってくることは珍しい。

 時折普通に客としてやってきて、大会に参加するものの。

 そういう時は雰囲気が明らかにゆるい。

 今日のそれは、間違いなく刑事さんとしてのそれだ。

 なので、少し店内は緊張しているように見える。


 好奇心旺盛な子どもたちならともかく、大人は警察がいると身がすくむものだ。

 具体的には、店の奥でストレージを漁っていたニット帽にサングラスで、身長190越え筋肉ムキムキマッチョマンの不審者とか。


「それで、本題は?」

「顔を見に来たんだよ、二人ほどな」

「一人は……エレアか」


 刑事さんは、俺の顔見知りということもあってか、エレアがこっちの世界で生活を始める時、色々と助けてもらっている。

 異世界のモンスターがこっちの世界にやってきた時の対処を専門とするエージェント機関もあるのだが、規模が小さいからな。

 有事でない場合は、ネオカードポリスが対応するのが普通である。


「まぁ、元気にしてるよ。昨日も遅くまで配信してたしな」

「見てたぜ、お前さんが乱入してた奴だな」


 見てたのかよ。

 いや、そりゃまあ自分が担当した人間タイプのモンスターが、きちんと生活を送れているかは定期的に確認する必要がある。

 その一環として、エレアの配信を眺めててもおかしくはないんだが。


「……俺が乱入した時に、助かるとかいってスパチャ投げまくってた連中に混じってたりしないよな?」

「さ、あの子に関しては別にいいんだよ。お前さんがいれば、心配はいらないからな」


 おい待て。

 話を逸らすんじゃない!


「もうひとりは……あの子だよ」


 といいつつ、ちらりと刑事さんは視線をフリースペースに向ける。

 そこで、ファイトをしつつ緊張した面持ちで、聞き耳を立てていたヤトちゃんが慌てた様子で視線をそらした。

 なるほど、概ね想像できた。


「レンさんところの新人で、それも偶然巻き込まれた結果加入したから、か」

「そうだ。いくら姉が所属してるとはいえ、素人がいきなりエージェントになっていいもんじゃない」

「試験は合格だったと聞いてるが」

「だとしても、だ」


 まぁ刑事さんが不安に思うのもムリはない。

 この世界、治安という面ではえげつなく悪い。

 先日ダークファイター――ダークファイトを仕掛けてくるファイターでダークファイターだ、解りやすいな――を一人倒したのに、一ヶ月もしないうちにまたダークファイターが現れたくらいに。

 ひどい時には、週イチでウチのショップは襲撃される。


 ただ同時に、カードを奪うためにはダークファイトで所有者を倒さないといけない。

 なぜなら基本、レアカードは所有者が肌身放さず持っているものだからだ。

 うちはまぁ、エレアという防犯のプロがいるから、普通にケースに飾ったままにしているけど。


「それにあの嬢ちゃんは……」

「ん? 何だよ、言い淀んで」

「いや、なんでもねぇ。これ以上は話すことでもないと思ってな」

「そこまで話した時点で、何かあるって言ってるようなものだろ」


 ヤトちゃんに、これ以上何か秘密があるのか?

 普段接している彼女は、ごくごく普通のパンク趣味なオタク少女だ。

 本人から聞いた限りでも、経歴の特殊な部分といえば親がいないことくらい――


「別に、お前さんになら話しても問題ないんだがな」

「なら話せよ、ここで話せないってなら解るけどさ」

「必要ねぇ、どうせお前さんならそのうち知ることになる」


 何だそりゃ、と思うものの。

 正直否定できない自分もいる。


 俺は、事件に直接関わることはほとんどない。

 だが、ほんの少しだけ関わることなら山ほどある。

 先日の風太郎との一件が顕著だろう。

 彼の迷いを正すために、俺の運命力が俺を風太郎の秘境にまで送り込んだ。

 そうしたことが頻発するものだから、秘境の存在だって、異世界の存在だって俺は知っている。

 秘匿組織である闇札機関とだって、ヤトちゃんと知り合う前から関係があったのだ。


 なら、ヤトちゃんの秘密とやらもそうなのだろう。

 その時は、またいつものように、それとなく間接的にヤトちゃんを導くことになるのだろうな。


「ま、そういうことだ。頼んだぜ店主さん」

「昔なじみの頼みだ、言われなくともその時が来たら、ちゃんと対応するよ」


 そう言って、刑事さんは店を去っていくのだった。

 ……というか、ニット帽とサングラスの不審者は声くらいかけろよ、お前も顔なじみだろ。



 □□□□□



 刑事さんが店を後にしてから。

 恐る恐るといった様子でヤトちゃんがカウンターにやってきた。


「……草壁さん、なにか言ってた?」

「いや、何も? 今回は俺に用があったわけだからな」


 どうやら刑事さんと面識があるらしい。

 ただ、ずいぶんと怯えた様子で。

 そんなに彼が苦手なのだろうか。


「苦手……というわけではないのだけど、彼ってすごく真面目だから」

「話してると緊張してしまう?」

「そう、そんな感じ。店長はすごいわね、あんな自然体で話せて」

「まぁ、昔からの知り合いだからな」


 そうなのか、といいつつ、ストレージのカードをヤトちゃんは俺に手渡す。

 なんというか、ヤトちゃんの様子は単純に刑事さんが強面で苦手意識があるって感じだな。

 隠し事をしているように見えない。

 そう考えつつ会計をしながら、俺は続けた。



「大学時代の後輩なんだよ」



「――え?」


 思わず、首をかしげてしまったようだ。


「え? 草壁さんが、後輩? あんなに渋いおじさんって感じなのに!?」

「……それは生まれつき老け顔なんだよ」

「そ、そう……」


 草壁刑事。

 ネオカードポリスに配属されてから、一年で刑事相当の階級――ネオカードポリスには階級制度があり、高いほど偉い――に上り詰めた優秀なエージェント。

 老け顔だけど、それを利用して如何にもとしか言いようがない刑事スタイルに身を包む――俺の二つ下。

 使うデッキが可愛い動物系モンスターのデッキなのも含めて、「人は見かけによらない」を体現した男である。

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