9 一般通過店長

 エクレルールことエレア。

 うちの店員であり、色々あって俺が保護することになった少女だ。

 普段はショップの二階を住処としており、実質ショップに居候しているような感じだ。


 そういえば、前にも話したがカードショップは二階建ての施設である。

 地元の空きビルを改装して作られており、二階は本来俺がそこで暮らす予定だった。

 まぁ、そもそも実家がショップのすぐ近くにあり、徒歩で通勤できる圏内にあるから俺は気にしていないのだが。


 一応、エレアを実家で預かる案もあった。

 俺の両親はエレアの境遇を聞いていたく同情しており、娘のように思ってすらいるのだが。

 まず単純に、エレアが一人で大丈夫だと言ったこと。

 それから、エレアがショップにいてくれると助かることがあるということ。

 最後に、もう一つ大きな理由がある。


 ちなみにエレアがショップにいてくれると、何が助かるのかというと。

 防犯の上で非常に助かるのだ。

 元偵察兵であるエレアは、周囲の気配に非常に敏感だ。

 もしも怪しいやつが近くにいたら、間違いなく察してくれる。

 それはつまり、夜に強盗とかがやってきたら叩き起こされるということでもあるのだが。

 エレアは夜型なので、そこも問題ない。

 というか、エレアは大抵、夜遅くまで起きている理由がある。


 そう、配信だ。

 エレアが俺の実家で暮らすことを避けた理由。

 それは、気兼ねなく人のいない環境で配信をするためだった――



 □□□□□



 その日、いまだ二階の明かりが灯ったままのショップにやってきた俺は、エレアが起きていることを確認する。

 時刻はおそらく深夜零時、結構な時間帯だ。

 なんでそんな時間帯に俺がわざわざショップに来ているかというと、答えは単純。

 スマホを忘れてしまったのである。

 それも、二階のリビング――エレアが居住しているスペースにである。


 何してたんだお前、と思うかもしれないが。

 遅くまで店にいた日は、二階で飯を食べて帰るのが俺とエレアの定番だ。

 今日もそんな感じで夕飯を食べて、家に帰って寝ようかというタイミングで思い出したのがこの時間。

 それでいそいそとショップの居住スペースに戻ってきたわけだが。

 そこで見たものは――



「ってわけでー、今日も配信始めていきましょうねー」



 と、マイクに喋りかけているエレアの姿があった。

 どう見ても配信中である。

 そこはリビングになっている場所で、エレアの自室ではない。

 部屋の中央にテーブルがあって、ソファーがある。

 テレビはそんなテーブルからちょうどいい感じに鑑賞できる場所にあって、今はそこにエレアが配信機材を持ち込んでいるようだ。


 配信するなら、普通自室でやるもんじゃないか?


「……なんで自室で配信してないんだ?」

「ててて、店長!? なぜここに!?」

「いや、普通に音立てて上がって来ただろ……」

「ヘッドホンしてたら気づきませんよ!!」


 よくみたら、テレビにはエクササイズ的なものをするゲーム画面が映っている。

 なるほど、自室だとスペースが足りないからリビングでやってたんだな。


「うわわわわ、コメントが大変なことに……」

「え、どうなってんの?」


 言われて、リビングに放置されたままになっていた俺のスマホを拾って確認する。

 ショップの配信チャンネルを開くと、そこには――


「スパチャめっちゃ流れてない?」

「店長が来るからですよー!」


 そこには、大量のスパチャと「店長助かる」のコメントが。

 何が助かるんだ、何が。


「何でこんなことに?」

「店長って実は人気あるんですよ?」

「いやいや、見た目は地味な普通の男だぞ」


 髪型だって、一部の連中に比べれば大人しい。

 一般ホビーアニメの登場人物程度の髪型をしている。

 そんな地味な男のどこに人気が出るっていうんだ。

 それでも結構特徴的? そうだね……。


 とはいえ普通、そういうのはダイアに人気が集中するもんじゃないのか?

 ……いやダメだな、あの不審者ルックが人気でたら逆にやばい。

 視聴者が変態しかいないことになる。

 まぁ、それなりに需要ありそうだけど。


「む、し、ろ! どうして人気が出ないと思うんですか!」

「えぇ……わからん」

「冷静に自分のポジション見直してみてください!」


 そう言われて、振り返ってみる。

 俺は棚札ミツル、カードショップ“デュエリスト”の店長。

 ……以上、終わり。


「終わり……じゃねーんですよ! 店長のファイトによる人生相談、結構配信でも映ってるんですからね?」

「じゃねーとかいうエレア初めてみた……」


 いや、でもそうか。

 自分で言うのも何だが、俺はエレア曰くファイトによる人生相談――言うなれば辻前作主人公行為を働くことが非常に多い。

 しょうがないじゃないか、会う人全員が、色々と悩んでたり道を見失ってたりするんだから。

 ショップ大会の配信中にもそういうことが頻発するものだから、映像にそれが残っているのも不思議はない。


「落ち着いた雰囲気で、ファイターとしての実力も確か。いつも色んな人を教え導く先達。それが店長なわけです」

「めっちゃ熱弁するな……」

「すなわち、“俺達の店長”なんですよ、店長は!」

「お、おう。ありがとう」


 と返したら、またスパチャが増えた。

 ううん、人気があるということは解ったがしかし。

 イマイチピンと来ないな……前世の頃から人前で目立つようなことをするタイプではなかったし。

 この世界でも、基本的に俺はあまり前に出てこなかった。

 評価されることに慣れてないから、むず痒くて仕方がないのだ。


「はー、店長ももうちょっと自分の人気に自覚を持ってもらいたいですね……」

「お、おう。善処する」


 しかしあれだな、ここまでかしましいエレアは初めて見たかもしれない。

 普段は、リアルでも配信でもダウナー系だからな。

 ファイトしてる時は偵察兵だし。


 それが今のエレアはどうだろう。

 なんか、メチャクチャ俺の評価を語ることに熱が入っている。

 エレアもオタクの端くれ、好きなことを語りだすと早口になる傾向があるものの。

 そんな感じだろうか?

 とにかく、エレアがいきいきしているのはいいことだ。


 ……なんでコメントがてぇてぇで埋まってるんだ。

 いいのか、視聴者はそれで。


「ちなみに、店長も配信とかやってみません?」

「……こういうのは、レアキャラだから価値があるんじゃないか?」

「確かにです」

「それに、ショップ大会とかは普通に配信で声乗ってるしな」


 配信……は、正直そこまで興味ないな。

 店の広報用のSNSアカウントも、エレアに一任してるし。

 何よりエレアは、割とバランス感覚がいいからな。

 確認しなきゃいけないことは逐一確認してくれて、炎上の心配もない。

 ぶっちゃけ、俺よりインターネットが上手い。


「そうだ、今回限りの突発コラボっていうのは、よくないですか?」

「あー、配信を横から見てる感じか?」

「店長が運動してもいいですよ」

「俺はエレアと違って昼型の人間なんだ」


 結構疲れてるんだぞ? こんな時間に起きてることと言い。

 とはいえ、せっかくこうしてエレアの配信に出くわしたんだ。

 ちょっとくらいお邪魔してもいいだろう。


「というわけで、今日は店長がゲストにきてくれました。普段あんまり私の配信を見てくれないので、なんだか新鮮ですね」

「せめて、日をまたぐ前に配信始めてくれないか? そっちが配信してる時間帯、寝てるんだよ俺」

「私はこの時間が一番活動的になる時間なんですよ」

「夜ふかしは健康に悪いぞ」

「私は問題ないですよー」


 ……そういえば、エレアは人間ではなくモンスターだ。

 人と同じような身体の構造をしているけれど、人より頑丈で寿命も少し長いらしい。

 どれだけ夜ふかしとかで不健康な生活を送っても、将来に響いたりはしないそうだ。

 ただし、食べ過ぎると太る。


 じゃあ、なんでエクササイズのゲームをやってるんだ?

 という疑問が湧いたものの、どう考えても女子に聞く話ではない。

 後、エレアがモンスターだというのは一応秘密なので、配信中にも聞くわけにはいかないのだった。

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