8 店長火札剣風帖

 この世界にはたまに世界観が違う奴がいる。

 代表例はこないだのサムライだ。

 他には、ダイアがバトってたイグニッション星人なんかもそうだな。


 こういう世界観が違う連中は、ぶっちゃけこの世界でも困惑されたりする。

 何だったんだアレ……みたいに。

 ただまぁ、だとしてもそれに対して後ろ指を指したりはしない。

 なぜなら彼らだって、イグニッションファイトのファイターには違いないからだ。

 たいてい、イグニスボードは持ってるしな。


 困るのは、こっちが向こうの世界観に紛れ込んでしまう場合だ。

 こちらの世界に向こうの住人が紛れ込んでくる場合は、そういうもので流せる。

 だが、向こうの人々にとって俺達のような異物はなかなか理解できない存在だろう。

 というわけで、現在俺とエレアは――


「店長、みてくださいよ、あれ。サムラァイですよ」


 時代劇みたいな場所にいた。

 時代劇と言っても、まず真っ先に思い浮かべる江戸の町並みではなく、ちょっと発展した田舎町って感じだ。

 そう考えると、時代劇というより和風ファンタジーの世界というのが正しいかも知れない。

 とはいえあちこちに、和装のサムライとかがいっぱいいる。

 ここが現代の地方都市である「天火市」でないことは確かだろう。


「日本文化大好きな外国人みたいな反応をするな?」

「日本文化大好きな異世界人ですけど、ソシャゲと焼きうどんが大好きですけど」

「絶妙に変なジャンルを上げるんじゃない」


 エレアは、ダウナーながらも目を輝かせている。

 この調子で話していると語尾にデースとかつけそうだ。


「っていうか、ここどこなんですか? もしかして、異世界?」

「……いや、多分違うと思う」


 周囲をキョロキョロ見渡すエレア。

 異世界人としては、なんとなくシンパシーを感じるのだろう。

 だが、俺はあることからそれを否定する。


「多分、ここは前に来たサムライと関係のある場所だ。つまりある程度行き来ができる」

「ほうほう」

「“秘境”ってやつだな」


 秘境、この世界にありながら、現代文明から隔絶した場所だ。

 わかりやすい例は東方シリーズの幻想郷。

 カードゲームじゃないじゃん!


「ともかく、そういう場所は世界各地に色々とあるんだよ。確か、秘境との関係性維持を専門にしたエージェント機関もあったはずだ」

「へー」


 興味がなさそうだ。

 異世界じゃないと解った時点で、興味がなくなったらしい。

 こやつ……


「あ、そうだ。ここで配信とかしてもいいんですか?」

「やっちゃダメなの解って言ってるだろ? 秘境なんだから、一般人には秘匿されてる場所だよここは」


 エレアは、店員をする傍ら配信者をしている。

 というか、ウチの店の広報の一貫として、配信業をしているというのが正しい。

 土日の大会とかを生中継したりするのだ。

 これが結構人気で、店には銀の盾が飾ってあったりする。


 なお、店舗の大会をネット上で配信する行為は、この世界ではごくごく一般的なことだ。

 ファイトとは素晴らしいもの、素晴らしいファイトは多くの人間に共有されるべき。

 なんて考えが常識だそうで。

 なので、大会配信に顔が映るくらいなら、誰だってそれが当然なので拒否することはない。


「自称一般人、みたいなこといいそうな店長は秘境に詳しいですけどね?」

「俺は直接秘境のことにはかかわらないけど、秘境の人間とはなぜか頻繁に関わりを持つんだよ」


 俺は直接かかわらないけど。

 先日のサムライもそうだ、なぜか秘境にも俺の名前が轟いていて、それを聞いて力試しに来る人間がいる。


 で、そんなサムライに関係するカードを手に入れて数日後に、こうして秘境へ迷い込んだのである。

 間違いなくあのサムライが関係しているだろう。


「んじゃ、まずはそのサムライを探した方が――」

「て、店長殿!?」


 と、エレアが口にしたタイミングで、声がした。

 エレアがサムズアップをしている。

 こやつ、説明が終わったと見るや進行のためのフラグを立ておったな?


「店長殿ではござらんか、どうしてここに!?」


 自力で脱出を?


「ええと、買い物をしてたらいつの間にかコンナところに……」

「ははぁ……流石は店長殿、奇っ怪な理由でござるな……」

「え、それでいいんですか?」


 いいんだよ、異文化交流みたいなもんだし。

 ともあれ、その後俺達はそのサムライ――風太郎というらしい――と話をした。

 ちなみに、いわゆるサムライと言ってもちょんまげではなく、髪をかきあげて後ろでまとめているタイプのサムライだ。

 爽やかなイケメンって感じになるよな、こっちだと。


 ともかく、ここは「剣風帖」と呼ばれる秘境だそうで、ここでは火札――イグニッションファイト――に生命を懸けるサムライが住んでいるのだという。


「外に出たいなら、拙者が案内できるでござるよ」

「おお、ありがたい」

「短い秘境旅行でしたねぇ」


 いや、まだ帰らないからな?

 ここに来た以上、それには何かしらの意味があるからだ。


 こういうことは、たまにある。

 俺は大きな事件には巻き込まれないが、そんな大きな事件の、ちょっとした転換期には巻き込まれることがある。

 それこそ前作主人公のように、誰かが迷っているときにそれを導くかのように……だ。

 つまり今回は、


「その前に、風太郎。君はこの間俺の実力を確かめるために俺の店に来たんだよな?」

「え? ええ、そうでござるが……」

「なら、――ファイトしよう」

「……それは」


 目の前のサムライ。

 彼とのファイトがここに俺が迷い込んだ理由だ。


「君が、アレからどれだけ強くなったか、俺は知りたい」


 しかし帰ってきた答えは……


「申し訳ないでござるが、今の拙者にその資格はないでござるよ……」


 辞退だった。

 案の定というとアレだが、どうやら色々と落ち込んでいるようだ。

 それから、風太郎は色々と事情を語ってくれた。


 どうやら風太郎は、この秘境を統治する武家の跡取りらしい。

 そして、その次期当主として強くなるため外の世界で武者修行をしていたのだとか。

 ただ、その結果彼は自分の道を失ってしまったらしい。


「外の世界には、多くの強者がいたでござる。拙者は、そんな強者にも負けないと思っていたでござる。しかし……結果は」

「芳しくなかった、と」

「拙者は、井の中の蛙でござるよ……」


 ふむ、と考える。

 こうやって思い悩むファイターは星の数ほどいる。

 世界全ての人間がファイターと呼べるこの世界で、強者でいられる人間は数少ない。

 俺だって、この世界では“強いファイターの一人”でしかないのだ。

 だからこそ、それに対する答えというのは、出すのが難しいところがある。


 一番簡単な方法は、それでも無理を言ってファイトしてもらうことだ。

 ファイトの中でこそ、人は本質を明らかにする。

 きっと、ファイトの中で答えを見つけることはできると思うのだが……


「あ、じゃあちょっと、これを見てもらってもいいですか?」


 そんな時、声をかけたのがエレアだ。

 さっきから何やらスマホで探しものをしているようだったが、見つけたらしい。

 内容は……エレア……というか俺の店の配信チャンネルのアーカイブ?


「いつだったかのショップ大会の、配信アーカイブです」

「それってもしかして……」

「はい、風太郎さんが店長とファイトした時のやつですね」


 それを風太郎は、興味深そうに眺めている。


「あの、これは一体なんでござるか?」

「外の世界に武者修行をした時、みませんでしたか? スマホっていうんですけど」

「外の世界のことは、境界師殿に任せていたでござるからなぁ」


 境界師というのは、例の秘境との関係を維持するためのエージェント組織のこと。

 正式名称は境界師組合。


 で、エレアは風太郎にアーカイブを見せた。

 すると、風太郎は驚いた様子でそれに食いついている。


「む、これは……拙者と店長殿の“動画”にござるか?」

「動画は知ってるのか?」

「境界師殿が見せてくれたでござる」


 どうやらその境界師殿とは長い付き合いのようだ。

 ともあれ映像の中でファイトが始まると、その視線は少しずつ変わっていった。

 なるほど、これはどうやら正解だったようだ。

 当時の風太郎は、なんというかギラギラしていた。

 今の風太郎が忘れてしまったものを、持っていたのである。


「拙者は……かつてこのようにファイトをしていたのだな……」


 そうこぼした風太郎は、


「そのファイト、受けるでござる」


 イグニスボードを取り出し、そう宣言するのだった。

 ちなみに余談だが、こういう古い時代の秘境でも横文字は普通に使う。

 境界師の人たちに影響されたんだろうな、というのが俺の推測だ。



 □□□□□



「いやー、帰ってこれましたね」

「ああ、食事、美味しかったな」


 それから俺達は、風太郎とのファイトを終えて俺たちの世界に帰ってきた。

 なお、ファイトが終わった後、是非夕食をと言われて俺達は断りきれずご厚意に甘えることになった。

 古式ゆかしい和風料理は、なんとも絶品である。


「しかし、エレアがいて助かったよ。あの配信のおかげで、話がスムーズに進んだ」

「ふふん。私が同行した意味も、ちゃんとあったというわけですね」


 そう言って、嬉しそうにエレアが胸を張る。

 実際今回のエレアは大手柄なので、色々ねだられたらそれに答えないとな。


「にしても……彼、めちゃくちゃ強くなってましたね」

「成長したからな、今回は勝てたけど……もし次があったら、絶対に勝てん」


 なにせ、次にあったら間違いなく彼は新しいエースを手に入れたり、デッキを完成させてたりする。

 そうなれば、もし俺が戦ったら間違いなく俺は負ける。

 俺はこの世界の何よりも、販促という言葉に弱いのだ。

 少なくとも俺の人生で販促の都合が関わるファイトで勝てたことは一度としてない。


「それにしても……譲っちゃってよかったんですか? <ノースゼファー>」


 そういえば、とエレアが口にする。

 ノースゼファー、先日ヤトちゃんから買い取った<大古式聖天使エンシェント・ノヴァ ノースゼファー・サムライ>だな。

 俺はアレをファイトで使用して、その後風太郎に譲り渡したのである。


「いいんだよ、あのカードは彼が使うべきだ」

「高い値段で買い取ったのに……」

「ソレは言わないでくれ」


 流石に、値段で言われると考えてしまうものがあるから。

 ただ、そういう高いカードでも他人に譲るというのはよくあることだ。

 それがそういう“運命”ならば、なおさら。

 何より、他にも大きな理由がある。


「なにせ、あのカードは……」

「あのカードは?」


 小首をかしげてこちらを見上げるエレアに、



「……俺のデッキと、シナジーが薄いんだ」



 多分、今回使ったら二度と使わないんじゃないかってくらい。

 そして、風太郎の「北風」デッキにとっては、かなりありがたい強化になるカードだ。

 俺が腐らせるくらいなら、彼に渡したほうがカードのためになる。


「……世知辛いですね」

「だな……」


 そんな風に話をしながら、二人で帰路に就くのだった。

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