元敵キャラ兼ヒロイン、エクレルールの場合
私、エクレルールは帝国の尖兵、偵察兵として生まれた。
否、生まれてすぐに私の権利が帝国に譲渡された。
よくあることだ。
弱者しかいない村の住人は、毎日の食事すら困るのが当然の世界。
ファイトの敗者として子供の権利を譲渡することで、口減らしをするなんてこと日常茶飯事。
そんな世界で、私は生まれた。
幼い頃から兵士としての生き方だけを叩き込まれた。
それが普通だと思っていたんだ。
転機が訪れたのは、今から数年前。
帝国はついに、世界制覇を達成。
この世界に敵はないものとした。
次なる敵は“異世界”。
予てより研究されていた異世界侵攻技術により、私達は異世界を侵略する。
そう聞かされていた。
そして、その最初の尖兵として私が選ばれたのである。
目的は調査と採取。
異世界のファイターに勝利し、その権利ごと身柄を持って帰るというものだった。
私達の世界で帝国に勝てるものはいない。
だが、異世界がそうだとは限らない。
そこで異世界のファイターのレベルを測るため、サンプルを採取する必要があったのだ。
結果、私は異世界で最初に遭遇した人間にファイトをしかけ――敗北した。
ただまぁ、それ自体は別に帝国も予期していなかったわけではない。
私は所詮一兵卒、いくらでもいる使い捨ての駒に過ぎない。
多少敗北したくらいで、問題はないと帝国は判断するだろう。
一つだけ、誤算として。
私は負けた――完敗だった。
実力差があまりにもありすぎたのだ。
そりゃそうだ、相手は“デュエリスト”店長、棚札ミツル――この世界での最も強いファイターの一人なんだから。
結果、どんな誤算が生まれたか。
帝国のトップ、皇帝カイザスが店長に興味を持ったのだ。
皇帝カイザス、帝国の長にして私達の世界で最も強いファイター。
だからこそ、強者との戦いをカイザスは望んでいた。
世界を制覇し、敵のいなくなったカイザスにとって、異世界の強者とは喉から手が出るほど欲しい玩具だったのだ。
だから、つまり。
ええと、あれだ。
私が敗れた後、店長の世界にもう一度だけ帝国は侵略した。
店長はその侵略者と戦い勝利し、侵略者を追い返した。
店長はそいつを、私の上司……私よりちょっと偉い程度の木端だと思っている。
でも、その。
違うのだ。
彼は、彼こそは――皇帝カイザス。
店長は、そのことに気付かず、カイザスを倒してしまったのである。
ええと、つまり、その、あれだ。
店長は自分が大きな事件に関わることができないと思っている。
だけど、違う。
その認識は間違っている。
いや、間違っているということもないけれど、間違っている時もある。
実際に、店長がいろいろな偶然が重なって事件とすれ違ったことは多々あるし。
店長のすれ違い体質は、それ自体は本物なのだろうけど。
事件になる前に、解決してしまうという例もあるというだけで。
そのことに気付いているのは、きっと私だけだろう。
だって、店長がダークファイトで敵を倒すところを見たことがあるのが、私しかいないからだ。
普段、店長は相手の全力を受け止めた上でそれに対して全力で応えるファイトをする。
リスペクトファイトだ、とか店長は言っていたけれど。
まぁ、概ねそんな感じの戦い方。
でも、ダークファイトで店長はそういう戦い方をしない。
相手の初動を潰して、行動を許さない戦い方をする。
そうすると、相手のエースを見ないままファイトが終わるものだから、店長も相手を雑魚だと勘違いしてしまうのである。
まさか今のが、敵の黒幕だったなんて気付くはずもない。
そんなことが、世界の裏側で何度か起きているようだった。
ちなみに、表舞台でのリスペクトを重視する戦い方と、世界の裏側での相手の行動を許さない戦い方。
どちらが強いかといえば、どちらも同じくらいだ。
どういうことかと言うと、カードとの相性の問題である。
カードと人の相性は、人の精神面の影響を受ける。
だから、表舞台で店長がファイトする時、相手の行動を許さない戦い方は、そもそもできないのである。
店長自身がそれを望んでいないから。
仮にできたとしても、裏側で戦ってる時ほどの実力は出せないだろう。
逆に、裏側でリスペクト重視の戦い方をしても、全力は出せない。
なんでってそりゃ、店長は裏側で相手を封殺する時、メチャクチャキレてるから。
皇帝カイザスとの戦いの時、カイザスは店長の世界をバカにした。
退屈で、つまらない、何の価値もない世界だと。
こんな世界で店長のような実力者を腐らせるのは冒涜だ、と。
当時の私はまだ知らなかったけれど、そんな言葉は店長にとっての地雷そのものだ。
結果、私達の世界で最強だった存在。
私達の世界を、強者こそが絶対であるという世界に変えてしまった張本人は――
手も足も出ないまま、店長に敗北した。
店長の封殺戦法と、カイザスのデッキが致命的なくらい相性が悪かったというのもあるだろう。
カイザスのモンスターは、サモンさえしてしまえば無敵と言えるほどの能力を誇る。
だけど、店長はそもそもそのサモンさえ許さないのだから。
そうしてそれから、私は店長のもとで普通の人間として暮らすことになった。
なにせ私たちはモンスターだけど、自分と同じ見た目のカードが存在すること以外は店長の世界の人間と生態は変わらない。
成長もするし、子供も作れる。
当たり前に生きていい存在なのだから。
まぁ、そう思って生活したら、思った以上にこっちの生活に馴染みすぎたきらいはあるけれど。
私って、こんなにぐうたらな人間だったんだな。
カイザスが敗れた後の故郷がどうなったかは、正直わからない。
こっちの世界にとって、向こうの世界は無数にある異世界の一つでしかない。
行き来したのが私とカイザスだけだったから、座標も定かではないから行き来しようもない。
ただ、私がこちらの世界で落ち着いてからしばらくして、枕元に一枚の写真が“転移”してきたことがある。
それは崩壊した帝国の城下町で、人々が活気に満ちた生活を送っている写真だった。
おそらくだけど、カイザスという帝国の柱が敗れたことで、帝国は急速に求心力を失った。
結果、革命が起きたのではないだろうか。
写真を送ったのは、私がこの世界に送られたことを知っている元帝国兵あたりか。
どちらにせよ、彼らにこの世界を攻撃する意思はなく、今を懸命に生きていることだけは解った。
それで、十分だ。
ただそれとは別に一つ、気になることがある。
この世界の古い伝承を、私はある時ネットで知った。
マイナーな伝承で、店長も知らないようなものだった。
ただ、その内容は興味深いもので。
世界に回避できない災厄が訪れた時、神は天の御遣いを伴って、使者をこの世界に遣わせるというものだった。
使者はこの世界を慈しみ、この世界を脅かす災厄を許さない。
とのこと。
ふと思ったんだけど、これ。
店長のことじゃない?
そう思った時、思わずゾワッとしてしまった。
だって、そうとしか思えない情報が多すぎる。
店長のデッキは「古式聖天使」デッキ。
天使はすなわち、神の御遣い。
その力を操る店長は、神がこの世界を守るために送り込んだ使者。
この世界の“楽しい”ファイトを愛し、この世界を“壊す”ファイトを許さない。
まさに店長そのものだ。
そして何より、「悪魔のカード」。
この世界に存在する、この世界の闇を司る象徴だ。
これをつかったファイトで敗北すれば魂をとらわれる。
私達の世界のように。
だけど、「悪魔のカード」は見方を変えれば安全装置でもある。
だって悪魔のカードで敗北しても、その悪魔のカードを作り出した存在さえ倒せば、囚われた魂は帰ってくるのだから。
私達の世界で敗北して、奪われた権利が戻ってくることなんてありえないのに。
そんな「悪魔のカード」。
悪魔とは、すなわち「天使」と対になる存在。
果たして、古式聖天使はそれと無関係なのだろうか。
実際、店長が始まる前に潰した敵の侵略は、悪魔のカードを介さないものが多かった。
もしも店長が神の選んだ使者ならば、彼にはそういう「運命力」が働いているのだろう。
つまり、逆に言えば彼の「運命力」は悪魔のカードに関するものを意図的に無視しているわけだ。
いくら悪魔のカードによる被害は、相手を倒せば戻って来るとしても。
それによって発生した心的外傷は決して元通りにはならないというのに。
理由は明白、生命さえ残っていればまたやり直せるから。
たとえどれだけ、悪魔のカードによってひどい目にあったとしても、やり直すことはできる。
悪人だってそうだ、悪人も黒幕が敗れれば戻って来る。
そうしたら彼らはネオカードポリス等によって逮捕され、正当な裁きを受けるわけだ。
まぁ、私みたいに事情を考慮されて許される人もいるけど。
そうやって、やり直すことのできる災害は、いうなれば「試練」だ。
天使とは人に試練を与えるもの。
乗り越えられる試練を与えるために、敢えて天使は悪魔のカードを残した……というのが私の推測だ。
そしてきっと、このことに気付いているのは私しかいない。
人々は、店長が裏で残虐ファイトを繰り広げていると知らないし、店長は自分が倒している敵の中に黒幕が混じっていることを知らない。
私はこのことを、――黙っていることにした。
だって結局は私の推測でしかないのだし。
何より、それを他人に明かしたことで一体誰に何のメリットがあるの?
デメリットだってないけれど、メリットも正直殆ど無い。
後単純に、店長に話しても「そうだったのか」で流されるし。
この推測が正しいなら店長って、いわゆる転生者的な存在なわけでしょ?
その理由付けがされるだけだから、彼にとってこの事実はそこまで重要なことじゃない。
だったら、別にそのままでいいじゃない。
何より、もう一つ。
私が店長の秘密――残虐ファイトのこと――を知っているというのは、私と店長だけの秘密だ。
だったら、秘密のままにしておきたい。
なにせ、その秘密は、私と店長をつなぐ大事な糸でもあるのだから。
あの時、店長が本気でこの世界のために怒っている姿を見た時、私の人生は始まった。
あの姿に憧れたから、私は店長と一緒にいることを選んだ。
その大事な糸は、私の胸の奥で、大事な灯火へと繋がっている。
それを手放すことなんて、今の私には到底できそうにはなかった。
――後、これは余談なんだけど。
仮に、もし仮に、だ。
店長の封殺を乗り越えられる敵が現れたら、どうなるだろう。
それってまずいんじゃないかと思うかもしれないが、店長にとって封殺戦法は裏の顔。
本領の半分でしかない。
もし、その半分で抑えきれない相手が出てきたら、店長はもう半分の本領を発揮するのではないか。
どういうことかと言うと、こうだ。
店長の封殺戦法を死にものぐるいで乗り越えたと思ったら、今度は店長のリスペクト重視――相手の全力を全力でねじ伏せるスタイルによって踏み潰される。
ありそう、とてもありそう。
だって店長、どれだけ許せない相手でも、封殺戦法を乗り越えられたら“燃えそう”なんだもの。
相手のこととか無視して、楽しくなっちゃうに違いない。
もしそうなったら――私は、きっと相手に深い同情を抱くしかないんだろうなぁ。
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