6 モンスターが店員とかいうお約束
カードショップ“デュエリスト”には俺以外にもう一人店員がいる。
というか、定休日がない店は二人いないとどう考えても回らない。
コンビニとか、普通に店長がワンオペでずっと回してるとかあるけど、俺はどうかと思いますよ!
脱線した話を戻して。
俺の店のもう一人の店員。
名前はエクレルール。
呼びにくいからか、普段はエレアと名乗っている彼女は――人間ではない。
色素の薄い肌色と、銀髪。
少し癖のある髪を一本結びで首元から前に垂らした髪型。
髪を結んだシュシュは、本人のお気に入りだそうだ。
背丈は百五十あるかないかの小柄さで、小動物のようだが本人は体型の割に出るところは出ていると言い張っている。
まぁ実際、無いわけではないが、そこを指摘するのはセクハラなので俺は黙るのであった。
可愛らしい少女だ。
目は常に眠そうだし、表情は無愛想極まりないが。
それを補って余りある美貌は、間違いなく絶世。
その正体はモンスターである。
前世でもカードの精霊だとか、フレーバーテキストのストーリーだとか。
そういったものでモンスターがキャラとして登場することはままあったものの。
この世界でも、そういう例は数少ないが存在する。
エレアはその一人というわけだ。
まぁ、今は普通にこの世界で人と同じように暮らしているが。
「というわけで、エレア。レンタル用のデッキが組めたからテストに付き合ってくれ」
「えー、今ソシャゲの周回で忙しいんですけど」
「仕事中に何言ってるんだ」
「客が来てる時に言ってくださいよ、それ」
今、俺達は客の入っていない開店直後の“デュエリスト”で暇を持て余していた。
今日は平日、しかも大雨。
そんな日の昼頃にやってくる客なんているわけもなく。
閑古鳥が鳴いている店内に、いるのは俺とエレアの二人だけ。
暇に飽かしてバックでソシャゲの周回をしているエレアを呼び出して、先程から組んでいたレンタル用のデッキのテストをする。
文句をいいながらも、なんだかんだ誘われたらホイホイファイトに付き合う辺り、エレアも暇だったんだろう。
基本的に面倒くさがりだが、人恋しいのに耐えられないタイプだ。
「っていうか、レンタルデッキって意味あるんです? 無駄に揃えてますけど、借りられてるところ見たこと無いんですけど」
「案外借りられてるぞ、ダイアとか基本レンタルデッキしか使わないからな」
「あの人は……まぁ、それくらいしないと他の客と戦えませんし」
ダイアに限らず、お忍びでこの店にやってきている強いファイターは、レンタルでデッキを借りることがほとんどだ。
けど、普通はレンタルデッキは需要がない。
前にも言ったカードとの相性の関係で、自分のデッキと比べてあまりにも使いづらいからだ。
逆に言えば、ちょうどいいハンデになるし、自分のデッキ以外のデッキに触れるのはいい経験になるから実力者には好評だ。
それと、なぜか時折やってくる不審者の中には、レンタルデッキを使う俺とファイトしたいなんていう連中もいる。
頼まれたらそのリクエストには答えているが、一体どういう需要なんだろうな?
俺のことをガチデッキ使いの裏ボスとでも思っているのだろうか。
「単純に、俺が組みたいからやってるんだよ。この世界には色んなカードがあるからな。デッキを組むだけでも一苦労だ」
「まぁ、ウチの自慢のストレージですら、同じカードは二枚ないってレベルですしね」
前世の俺は、どちらかというといろいろなデッキを組むタイプだった。
組んでは崩してを繰り返すから、常に大量のデッキを抱えているわけではなかったが。
それでも、だいたい十個くらいはデッキを用意していた。
だが、この世界ではそうも行かない。
あまりにもカードの種類が多すぎて、1つのカテゴリのカードを集めるのも一苦労。
うちのストレージには万単位でカードが眠っているが、その1つ1つが全て別の種類なのではないかというくらいだ。
だから、こうしてレンタルデッキを組もうにも、必要カードを集めるのには時間がかかる。
「普通に、美品のカードを使えばもう少し早く組めるとは思うんですけど」
「美品のカードは商品だから、俺の趣味で使えるわけ無いだろ」
レンタルデッキは俺の趣味で組んでいるデッキだ。
なので、ちょっと傷があったりするカードだけで構成されている。
実はこれがまた面倒な縛りで、そもそもこの世界のカードは頑丈で傷がつきにくい。
投げて拳銃(型イグニスボード)を弾いたりできるからな。
それはそれとして、お互いカウンターに備え付けてあるテーブル用フィールドにデッキを置いて。
「それと、私手加減できないんですけど、本当に私がテスターでいいんですか?」
「なんとかなるさ、やろうやろう」
「はーい」
なんて、話をする。
手加減ができない。
それは彼女がモンスターだからだ。
だってそうだろ? 彼女のデッキには、彼女自身がカードとして入っている。
人とカードとの相性という意味で、彼女に勝る存在は同じモンスターしかいない。
結果、エレアは手加減ができないのだ。
加えて言えば――
「――イグニッション」
そう口にした途端、エレアの雰囲気が激変する。
先程までのダウナー系小動物の姿はどこにもなく、そこにいるのは――一人の戦士の姿だった。
□□□□□
エレア、エクレルール。
彼女の故郷は、モンスターがイグニッションファイトをして暮らす異世界だ。
異世界といっても、今俺が暮らしている世界は、複数の異世界と繋がっている。
その種類は様々だが、共通点は一つ。
その異世界では、イグニッションファイトが行われている。
異世界ファンタジーの世界でも、宇宙SF的な世界観でも、そして何よりモンスターが暮らす世界でも。
例外なくイグニッションファイトは行われている。
例外もある。
いわゆるフレーバーテキストの世界だ。
カードのモンスターが、物語を紡ぐ世界。
そういう世界では、モンスター同士が直接争っている例もある。
ただ、そういう世界も、こっちの世界と繋がったらたいていはカードに憑依したりしてイグニッションファイトに関わる。
俺の前世――イグニッションファイトがない世界とは、繋がらないのが原則。
エレアの世界は、イグニッションファイトの強さが全ての野蛮な世界。
ファイトに負けたファイターは、勝ったファイターに全てを捧げなければならない世界。
そこでエクレルールは、両親がファイトに敗北したことで、その世界で最も強大な国である“帝国”にその身を赤子の頃に売り渡され、兵士として育てられた。
ただし、その階級は一般兵。
特別なところは何も無い、弱者側の存在だった。
結果、彼女は偵察兵に選ばれたのである、俺達が今暮らしている世界を攻めるための偵察兵として。
――そして、偶然この世界にやってきた直後に遭遇した俺とファイトして敗れ、偵察兵としての身分を剥奪された。
負ければ存在価値がないとされる世界で、負けたら偵察兵で無くなるのは自然なことだ。
だが、困ったのはエクレルール本人である。
普通なら、その後は勝った相手に自身の所有権が移る。
しかしここは異世界、勝ったのは別にエクレルールの所有権とかいらない俺である。
結果、エクレルールは普通の人間としてこの世界で暮らすことになった。
この世界、そういうモンスターが人として暮らす例も、それ用の制度もあるからな。
なぜかエレアの保護者が俺ってことになってるけど。
できれば、ちゃんとした施設で預かってほしかったんだがな?
なお、その帝国に関しては、その後一度だけ別の奴がこっちの世界にやってきた。
まぁそいつをファイトで倒したら、向こうの世界に帰っていったので問題はないだろう。
それ以来、帝国からの侵略はないらしい。
異世界のファイターを警戒して侵略を諦めたんだろう。
結果的に俺は、またしても大事件に関わる機会を潰してしまったな。
反省すべきは、こちらの世界のファイターをバカにされてカチンときて、エレアが見ているにもかかわらず封殺戦法をとってしまったことだな。
アレ、あまりにも対話拒否過ぎて人前では使いたくないんだけど。
ま、今はそんなことはいいだろう。
「……<帝国の尖兵 エクレルール>、エフェクト……」
「悪い、<ゴッド・デクラレイション>だ」
今はレンタルデッキのテストだ。
まぁ、レンタルデッキに入れていた汎用札がエレアのキーカードにぶっ刺さってしまったところなんだが。
エレアが、戦士の目つきからダウナーないつもの状態に戻る。
「……あの、店長の汎用札が強すぎて、レンタルデッキのギミック使う前にこっちが負けるんですけど!?」
「他にいれるカードがなかったんだよ……!」
やいのやいの。
やはり、エレアはこっちの方がエレアらしいな。
などと思いつつ、雨の降る平日の昼下がりを、俺達は過ごすのだった。
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