5 Q.店長の使うデッキって?
この世界には無数のカードがある。
その種類は前世における全てのカードゲームのカードの種類と比較しても、なおこちらの世界の方が数が多いかもしれない。
なにせ、この世界にいる人間一人一人の使うデッキで同じものは一つとしてないのだから。
敢えて他人のデッキをコピーしたり、他人から譲り受けたデッキを使うでもない限り。
この世界では一人につきデッキは一つが基本である。
言うなれば、デッキはその人間の個性そのものというわけ。
時折、複数のデッキを使い分けるファイターもいるが、そういうファイターは“使い分ける”ことが個性と言える。
じゃあ、なぜそんなことが起きるのかと言うと、相性の問題だ。
なんとこの世界、人とカードには相性があるのである。
その相性に従ってカードを集めると、自然と本人の特性にあったデッキが完成してしまう。
なんとファンタジーなことか。
まぁ、カードゲームの世界ってそんなもんだよね。
もちろん、集まったカードからどういうデッキを組むのかは本人次第。
更には、相性というのは常に変化する。
最初に集めたカードとは全く別の種類のカードとの相性が“成長”することもあるのだ。
本人の心境の変化や、考え方の成長に応じて。
具体的な話をしよう。
ちょうどそれは、俺が夜刀神の事件に関わって少し。
とある平日の放課後に、熱血少年のネッカが一人でショップを訪れた時のことだ。
「いらっしゃい、ネッカ。今日は一人か?」
「……そーだよ」
熱血少年のネッカ、ツンツン髪と二色カラーの独特な髪色が特徴的な少年。
如何にも主人公といった様子の元気印は、しかし何故だかむくれた様子で。
どうも、他の友人が自分をのけものにしているそうで、それが気に入らないのだ。
「アツミやタツヤはともかく、クローまでのけ者にするって、どういうこったよ」
「……ふむ」
俺はすぐにピンと来た。
今日は目の前のむくれる熱血少年の誕生日である。
おそらく、彼らは誕生日会の準備をしているのだ。
アツミ――ネッカの幼馴染で、ホビーアニメによくいるヒロインポジの女の子――が考えそうなことだ。
そこまで考えて、俺は時間稼ぎをすることにした。
「まぁ、人生色々、そういう時もあるさ。そうだ、せっかくだし俺とファイトしないか?」
「店長と?」
普段ならすごい勢いで食いつくだろうが、今日は大人しい態度でネッカが聞き返す。
気分が沈んでいるからだろうな。
しかし、ネッカはイグニッションファイトバカ、一度でもファイトに集中すればすぐ元通りだ。
それに、落ち込んでいても挑まれた勝負を断るタイプではない。
「今は人もいなくて、フィールドも空いてるしな、どうだ?」
「やる。やるよ、店長。今日こそ店長に勝ってやる」
そうして二人でフィールドに立ち、
「イグニッション!」
俺達は、ファイトを始めた。
「俺の先行だ。俺は<
ついでに俺の使うデッキも説明してしまおう。
俺のデッキは「
名前の通り天使モチーフのデッキで、ビジュアルは概ね「水晶でできた天使」で統一されている。
俺はその後もモンスターを展開し、最終的にエースモンスターを呼び出す。
「現れろ! <
大型の古式聖天使は頭に大がついて、名前もエンシェントノヴァになる。
そしてロード・ミカエルは俺の代名詞とも言えるモンスター。
その効果は味方を相手プレイヤーの干渉から守りつつ、攻撃力を上げるというもの。
――デッキとは、鏡のようなものだ。
ファイターの人間性を映し出す鏡、当然、使うモンスターにも性格が出る。
俺のロード・ミカエルはいうなれば壁、相手の実力を引き出すための障害である。
つまり俺は、相手の全力が見たいのだ。
この世界には無数のカードがあり、俺でも知らないようなカードが山程ある。
それを、直接この眼で見たいと思うのは果たして悪いことだろうか。
……こないだのダークファイトはなんだって?
アレはいいんだよ、ダークファイトなんて危険なファイト、やらないに越したことはないんだから。
ついでに言うと、神の宣……ごほん、<ゴッド・デグラレイション>は天使と関わりのあるカードだ。
だから、俺は的確なタイミングで宣告を打てるわけだな。
ただ、一つ大事な点がある。
カード相性というのはその時のテンションにすら左右されるというものだ。
ダークファイトで敵を倒す時と、今のような普通のファイトではファイトに対するモチベーションは異なる。
今のようにファイトを楽しもうとする時、ダークファイトの時ほど的確に宣告はドローできない。
こういうところも、カードの相性の一つである。
「へへ、出たなミカエル! だったら次は俺の番だ!」
そうして、熱血少年ネッカはターンを迎える。
彼のデッキは「バトルエンド」モンスターデッキだ。
「俺は<バトルエンド・ウィザード>をサモン。エフェクトで互いのデッキの一番上をモンスターが出るまでめくる!」
特徴は、この召喚時にモンスターが出るまでデッキをめくる効果。
モンスター以外のカードはデッキの下に行くが、モンスターが出た場合は必ずセメタリーに送られる。
つまり、召喚時に必ず一枚モンスターをセメタリーに送れるデッキというわけ。
そして、墓地に送られたモンスターが効果を発揮することでアドバンテージを稼ぐのだ。
ただ、本質はそちらではない。
「モンスターが出た場合、モンスターのレベルを比べるぞ!」
つまるところデュエマのガチンコジャッジだ。
そして勝利した場合にも効果を発揮できる。
このデッキは、ネッカ少年が特大の負けず嫌いだったことで完成したデッキだ。
ネッカは負けることが嫌いで、勝つための努力を怠らない少年だ。
それがこうして、「バトルエンド」モンスターとして表現されている。
「レベルは……5だ」
「こっちは8だよ、残念だったな」
「ちぇ……でも、まだまだ!」
しかし、そんな「バトルエンド」モンスターには弱点がある。
めくられたモンスターは“お互いに”セメタリーへ送られるのだ。
モンスターがセメタリーに送られるのはこっちにとっても利点である。
クール少年のクローが操る「蒼穹」モンスターは墓地利用に特化している。
エースモンスターが死神だからな、死を操るようなイメージだ。
結果、ネッカのデッキはクローと相性最悪、出会った当初ネッカはクローに全然勝てなかった。
しかし、ネッカはとある事件で成長し、考えを改めた。
負けたら、もう一度勝つためにやりなおせばいいという精神を身に着けたのだ。
負けず嫌いな少年が、たとえ今負けてしまったとしても、次に勝つために努力する精神を手に入れた。
結果――
「相手のセメタリーのモンスターを相手のデッキに戻して、<ハイパーバトルエンド・ドラゴンΩ>のエフェクトを発動!」
彼の新たなモンスター群、「ハイパーバトルエンド」モンスターは、相手のセメタリーのモンスターを利用するようになったのだ。
このように、この世界の人々は心境の変化などで相性のいいカードを変化させることがある。
で、相性の良いモンスターでデッキを組むとどうなるかというと。
そうでないカードでデッキを組む時より、明らかにドローの質がいいのだ。
よっぽど運が悪い人間じゃなければ、ハイランダーでデッキを組んでも事故らなくなるほどに。
さて、話を目の前のファイトに戻そう。
ファイトはネッカ少年有利で進む。
最終的に、彼の現在の最強カード「バトルエンド・ラグナロク・ドラゴン」まで登場。
俺は窮地に立たされるが――
「これで終わりだ、<バトルエンド・ラグナロク・ドラゴン>のエフェクト!」
「それは通さない! カウンターエフェクト!」
俺は、トドメとして使ったネッカ少年のエフェクトをカウンターエフェクトで無効にした。
カウンターエフェクトというのは、モンスターカード以外のカードを指す。
遊戯王で言う魔法罠、デュエマでいう呪文だな。
「げ、店長相手にとどめ刺しきれなかった……エンドだ!」
「惜しかったな、けれど……これで終わりだ」
俺はカードをドローして、勝利までのルートを組み立てる。
ここまで、熱戦だったせいで大分長引いてしまった。
結果、お客さんが大分集まってきていて、今は俺とネッカのファイトを楽しそうに眺めている。
カウンターでは二階から下りてきたらしい店員がこっちに呆れた視線を向けつつ接客をしている。
休憩中だったのに大変申し訳無いので、ここでファイトを終わらせよう。
――俺のファイトスタイルは、壁モンスターで相手の実力を引き出すこと。
だが、それでは俺が勝利できない。
実力を引き出すことは、あくまで勝負の駆け引きに過ぎない。
本質は、相手の全力を引き出した上で、それをこちらの全力でねじ伏せることだ。
それと、もう一つ。
「現れろ! <
俺のフィールドに、バトルエンドによく似たドラゴンがサモンされる。
どういうわけか、俺の「古式聖天使」モンスターには、他のカテゴリのモンスターによく似たモンスターが存在することがある。
エンシェントの名と合わさって、まるで俺がかつてそのカテゴリーに縁があったかのようだ。
そして。
最終的に、パストエンド・ドラゴンの能力で俺はファイトに勝利した。
ネッカ少年はといえば、自分がコレまでイグニッションファイトを通して手に入れてきたエースをフル活用したバトルで、過去を顧みられたようだ。
なんというか、これでこのまま家に帰って誕生日会で祝われたら、いい感じに〆られそうだよな、と思う。
パストエンドといい、こうやって俺とのファイトが相手に自分の反省点を見つめ直すきっかけを与えるようなものだったりすることといい。
こういうことばかりしてるから、俺は周囲からの前作主人公扱いを否定できないのではないかとも、思うのだった。
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