前作主人公兼最強キャラ、ダイアの場合

 私、逢田トウマの親友。

 カードショップ“デュエリスト”店長、棚札ミツル。

 彼はなんというか……彼の言葉を借りるなら、“アニメやゲームの前作主人公”のような人物だ。

 物語で、続編の主人公を導き後方で見守るポジション。

 そんなポジションに、幼いころから彼は収まっていたらしい。


 どこか大人びた落ち着きというか、余裕があったからだろうか。

 親友といっても、私が彼と知り合ったのは中学のころだ。

 優秀なファイターとして、何より特待生で県内有数の私立校に入学した者同士として、私達は知り合った。

 その頃にはもう、今の落ち着いた彼の雰囲気は出来上がっていたのである。


 幼い頃に、ファイターとして大きな事件に巻き込まれる者は少なくない。

 彼の様子を見れば、彼がそういった事件を経験してきたのだろうと誰もが察することができる。

 特待生だったこともあって、最初から彼は周囲から一目置かれる存在だった。


 入学してから程なくして、私はある事件に巻き込まれた。

 それは世界を揺るがすような大事件で、私はその中心に否応なく放り込まれたのだ。

 しかし私は、一発勝負というのがどうにも苦手なタイプだった。

 決して弱いわけではない、比較的苦手というだけだ。

 だが、ここぞという場面でプレッシャーを感じる事が多いのである。

 将来はエージェントではなくプロファイターだと、既に心の中で決めていたくらいだ。


 そんな私に対して、ミツルは多くの助言を与えてくれた。

 彼は私と違って一発勝負に強いタイプだ。

 だからそのアドバイスはどれも的確なもので、まるで私の陥っている状況を見てきたかのようだ。

 私が大きな事件に巻き込まれていることを彼に明かさなかったにもかかわらず、そんなアドバイスができるのだから恐ろしい。

 そう、私は彼に事実を伝えていなかった。

 彼もまた、大きな事件を抱えていると思っていたからだ。


 まぁ、実際にはそんなことは一切なかったわけだが。


 それを聞いた時の衝撃と言ったら。

 膝から崩れ落ちるという経験は、その時をおいて今のところ他にないほど。

 しかも聞けば、彼はこれまでにそういった事件に巻き込まれた経験はないという。

 最初にそう告白された時、私はその言葉を信じなかった。

 どう考えてもありえないからだ。

 何の経験も知識もない人間が、世界の裏側で行われる闇のファイトにアドバイスできるはずがないのである。


 ただ、彼と長年付き合いを続けていくうちに、本当にそうではないのかと思うことが何度も起きた。

 とにかく彼は事件の本筋に巻き込まれないのだ。

 事件を起こした組織の下っ端がちょっかいをかけた結果、警戒されてその後手を出されなくなる。

 事件がおきている最中、たまたま別の用事で他所にでかけている。

 そもそも気付いたら事件が解決していた。

 そんなことが連続して行くうちに、否が応でもその言葉を信じるしかなくなったのだ。


 じゃあ、一体どこからあんな落ち着いた雰囲気を身に着けたのか。

 それは……謎、というほかない。

 なぜなら、そこまで躍起になって探る必要のある秘密ではないからだ。


 棚札ミツルは、棚札ミツルである。

 イグニッションファイトに強く、落ち着いた雰囲気のある前作主人公のような男。

 その事実は、彼がどんな人間だろうと変わらない。

 なら、それでいいではないか。


 それに、彼は別にあらゆる事件から遠ざかる運命にあるわけではない。

 きっちり彼が事の中心に関わることだってあるのである。


 それは“危険のない事件”だ。

 具体的に言えば、大きな陰謀の関わっていないイグニッションファイトの大会とか。

 この世界のあらゆることが、世界の危機に関わるわけではない。

 むしろ、そうではないことのほうがほとんどだ。


 特にイグニッションファイトの大会は、世界中で開催されている大きなイベントの一つである。

 学生大会や、誰でも参加できるアマチュア大会などなど。

 中には、チームを組んで参加する大会もある。

 私はそんな大会に、ミツルを始めとした学友と共に参加したことがある。

 そこで私達は優秀な成績を残すことができたし、ミツルも非常に存在感のあるファイターだった。


 他には、大学時代に大きな大会で三位に入賞したり。

 ちなみにその大会で、彼を破って決勝に進んだのが私だ。

 一発勝負に強いミツル相手に、一発勝負の大会で勝てたのはアレが最初で最後の経験だった。

 あの経験は、私の人生の中で世界を救ったことの次くらいに充実した経験だったな。

 なにせ、あの大会を経験したからこそ、今の日本チャンプとしての私があるからだ。


 つまり、ミツルは決して常に蚊帳の外に置かれるような人間ではないのだ。

 彼の生きてる世界が、致命的に危険な大事件と重ならないというだけで。

 たまに、そういう人間はいなくもない。

 そしてそれは、決して卑下するようなものではないだろう。

 平和な世界で生きられるということは、それだけ幸運なことなのだから。


 ただ、彼の場合少し不思議なのは――じゃあ、その前作主人公のような雰囲気はどこからきたのだろう、という話に回帰することなのだが。

 本当に、どこからあんなそれっぽい雰囲気を身に着けてきたのだろうな……?



 □□□□□



 店は、あれからずいぶんと賑やかになった。

 子どもたちが楽しそうにファイトをしたり、ストレージでカードを漁ったり。

 これぞまさしく、カードショップのあるべき姿だ。


 そんな様子をダイアと眺めていると、不意に問いかけられた。


「店長、君は何かと事件に関われない星の下に生まれてきているが……」

「そうだな、としか言いようがない」

「……昔の私を、君は恨んでいるか?」

「何のことだ?」


 マジで何の話か理解らなかった。

 だが、聞けば単純。

 ダイアが世界を救った事件のことだ。

 あの事件だけは、ダイアが相談すれば俺だって事件に関われたはずだ。

 だが、ダイアが遠慮した結果そうはならなかった。

 まぁ、俺が前世で見てきたカードゲーム作品の世界の危機あるあるを元にした助言は役に立ったので、決して何もしていないわけではないのだが。


「なんだ、そんなことか」

「変なことを聞いた、済まない」

「いや、いいよ。それに……正直なことを言うと」


 店を眺めながら、俺は続ける。


「どっちでもいいんだ」

「どっちでもいい?」

「ああ、だってそうだろ? わざわざ自分から危険に首を突っ込むのは無鉄砲すぎるし、周りにも迷惑をかける。俺だって死にたいわけじゃない」

「あの頃からそう考えてたとしたら、それはあまりに大人の考えすぎるぞ?」


 確かに、そうかも知れないな。

 でも、俺は一応転生者なのだ。

 もしくは、ちょっと前とは違う世界に逆行してやり直しをしている人間。

 確かに、俺だって自分が事件に関われないことを気にすることもある。

 だけど、それを引きずるほど子供じゃないだろう、俺は。


 それに、もう一つ理由がある。


「楽しいのが好きなんだ、俺は」


 それは単純に、この世界のイグニッションファイトが楽しいからという理由。


「誰かが楽しく、ファイトをしているのを見るのが好きだ。そこに自分はいなくても、それでいい」

「どうしてそう思うんだ?」

「この世界が楽しいからだよ」


 前世と今。

 俺の歩んでいる人生もそうだが、俺を取り巻く環境もどうだ?

 こんなにも楽しく、多くの人々がカードバトルを楽しんでいる世界。

 ただそこで暮らすだけでも、俺は満足できてしまう。


「私は、その輪の中に君も加わってほしいと思っているけどね」

「ははは、加わってるさ。これでも十分」


 だからこそ、俺はカードショップ“デュエリスト”を開いた。

 楽しくカードバトルをする人たちを見ていたいから。

 そんな彼らを少しだけサポートできたら、それ以上の幸せはないから。


「君のそういうところが、前作主人公のようだと私は思うのだが?」

「……言われてみると、そうかもしれない」


 そう言われると、全く以て否定できないのだが。

 しかし、そんな俺と同じように、愉しげにファイトする客を眺める君も、大分前作主人公らしくなってきたと思うぞ? ダイア。


 そうだ、この光景は俺にとって絶対に失いたくないもの。

 かけがえのないものだ。

 だから――


 

 そう、心のなかで誓うのだった。

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