4 前作主人公はなんぼいてもいいですからね
カードショップの店長というのは、この世界だとかなりの人気職業だ。
前世だとただのサービス業でしかなかったが、この世界ではカードはそもそも世界の中心である。
それを販売する店の主というのは、わかりやすい憧れの対象だ。
子供の人気職業ランキングで、常に上位を保持する職業。
他に人気の職業といえば、機関エージェントにプロファイター。
プロファイターというのは、文字通りイグニッションファイトのプロ。
プロ野球選手みたいなものだ。
その場合、機関エージェントは消防士か?
子供に人気の職業、という意味で。
だからまぁ、二十代半ばで店を持った俺が評価されるのは自然なことと言えば自然なことなのだ。
それが、「俺には何か秘密があるんだろう」と周りが思うことと繋がるだけで。
実際には、大学時代に出場した大規模な大会でベスト3に入ったときの賞金で店を建てただけである。
ありがたいことに、開店からこっち俺の店は繁盛している。
流石に平日の昼間に客はほとんどこないが。
学生がフリーになる放課後や、休日はいつだって人がいっぱいだ。
まぁ、時にはこないだのサムライとか、変な客もやってくるんだけど。
それはまぁ、この世界ではよくあることというか。
慣れれば案外楽しいと言うか。
変な客といえば、うちには変な常連がいる。
単純にキャラが濃くて変人である、という場合もあるが。
“奴”の場合は、本人は普通なのに変にならざるを得ないのだ。
悪いやつではない、どころか俺にとっては学生時代からの友人なのだが……
□□□□□
「いらっしゃいませー」
扉が開いたのを察して、俺がちらりと視線を向けながら挨拶する。
見ると、そこにはニット帽を被ったサングラスの男が立っていた。
身長百九十前後、めちゃくちゃデカくてがっしりした体型の男だ。
ニット帽にサングラスとか、すわ強盗かと思ってしまう格好だが、その体格からすぐに俺はそいつが“友人”であると察することができる。
「やぁ“ダイア”、元気そうだな」
「久しぶり、店長。そっちも元気そうで何より」
「まぁ、今は流石に閑古鳥だけどな」
今の時刻は十五時、そろそろ小学生が学校を終えるか終えないかという微妙な時間帯。
これから人が増え始めるだろうが、今は特にそういうこともない。
俺も、概ね準備を終えてバックヤードに引っ込んでいようかと思っていたところだ。
友人が訪ねてきたなら、談笑に興じるのも悪くない。
接客業としてはどうかと思うが、カードショップは店員と客の距離が近くなるものだからな。
個人経営だとなおさら。
「私としては、この店が賑わっていることが何よりも安心できるんだ」
「そう言われると照れるぞ、ダイア」
ダイア……というのはハンドルネームのようなものだ。
ショップ大会では、参加登録の際に名前を記入する。
この時、本名で登録しても問題ないが、ハンドルネームで参加しても問題ない。
というか、子供ならともかく大人ならハンドルネームの方が普通なのは、前世からそうだよな。
「それに――そっちも順調そうじゃないか。今度は海外遠征だっけ?」
「……ああ、世界大会で欧州にな。光栄な話だ」
ちらりと視線を周囲に巡らせてから、ダイアは答える。
心配しなくとも、俺がこういう話題をふる時は、周囲に客もいないし、
まぁ、店員はダイアの正体を察してるみたいだが。
ダイア、その本名は逢田トウマ。
現イグニッションファイト日本チャンピオンだ。
つまり、日本で一番強いファイターである。
しかも公式戦年間無敗記録なんていう、とんでもない記録まで持っている。
史上最強の日本チャンプ、なんて呼ばれるプロファイター。
そりゃあ、こんな風に正体を隠してやってくる訳だ。
特にトウマは髪型がなんかすごいからな。
帽子を被ってないと一発でバレる、カードゲーム主人公の宿命だ。
まぁ、こんな怪しい格好をしていたら有名人だというのはすぐに解るわけだけど。
どの有名人かわからないってのは、結構大事だからな。
「うちの店でくらい、正体は隠さなくてもいいと思うけどな」
「ここはともかく、店の外だとそうも行かないさ。それに、もうほかの常連からは“ダイア”で覚えられてるから、今更正体を明かすのも気恥ずかしい」
「一応言っておくけど、結構バレてるからな? お前の正体」
う、とダイアの言葉が詰まる。
うちの店員もそうだが、ダイアの正体に気付いている客は多い。
そりゃそうだ、“俺の友人”で、“身長百九十越えの美丈夫”ともなれば。
該当するのは逢田トウマ以外存在しない。
どういうことかと言えば。
前に話した“いつの間にか世界を救っていた友人”とは、ダイアのことだ。
そして、俺とダイアの友人関係はネットを調べれば出てくる。
情報化社会は恐ろしいな。
「まぁ、それを解った上で皆が指摘しないなら……私はその厚意に甘えさせてもらうよ。ここでは私は、不審な常連客のダイア。それでいいじゃないか」
「それもそうだな」
むしろ、自分の立場を気にせず一ファイターとしてのんびり過ごせるここは、ダイアにとって大事な場所だろう。
俺としても、親友がプロとして色々気苦労が多いことは知っている。
少しでも気が休まる場所があるなら、それはいいことだ。
「それにしても、日本チャンプってのは大変だな。こないだのニュース見たぞ?」
「……どれのことだ?」
「ほらアレだよ、イグニッション星人とのこの星を賭けたファイト」
なんだその、将棋星人が地球に攻めてきたら、みたいな話はと思うかも知れないが。
まさしくその通りのシチュだ。
そしてダイアは攻めてきたイグニッション星人と、地球代表として戦ったのである。
俺から言わせれば、そもそもダイアがイグニッション星人側だろって話だが。
「アレか……確かにアレは大変だった。この星の未来を賭けたファイトが一本勝負というのが、特にな」
「エージェントなんて、常に一本勝負で世界の危機と戦ってるんだぞ?」
「そう言われると何も言えないが……」
プロファイターってのは、年間での勝率を求められる職業だ。
毎日何度もファイトをして、常に強いことがプロファイターの条件。
そんな世界で生きているダイアにとって、一発勝負ってのは苦手な条件なのだろうな。
たまに一発勝負のトーナメントで、思わぬ番狂わせが起きたりするし。
その対極にいるのが、機関のエージェントだ。
悪魔のカードを巡る戦いは常に一発勝負。
負けたら世界が終わるというプレッシャーを抱えながら、彼らは戦っているのである。
どちらがキツイかと言われると、人それぞれだが。
どちらも大変だよな、と俺のような外野は思わざるを得ない。
「あの時に、店長がいてくれればな……」
「おいおい。ただのカードショップ店長を、イグニッション星人との勝負に引っ張り出さないでくれよ」
若干恨みがましそうに、ダイアは言う。
「一発勝負なら私より強いカードショップ店長だ。少しくらいいいじゃないか」
ダイアが逢田トウマだというのは、この店の公然の秘密だが。
俺が一発勝負ならダイアより強いと聞けば、常連だって目が飛び出てしまうだろう。
そう、俺は条件次第ではダイアに勝利することがある。
というか、俺達の実力はほぼ互角と言っていい。
百回やればダイアの方が多く勝つが、一回勝負なら俺のほうが勝つ。
そんなパワーバランスで、俺達は昔からライバル同士だった。
「店長、今からでもプロファイターやエージェントになる気はないか?」
「俺は、店長としてのんびりやるほうが性に合ってるんだよ」
個人的に、今までの人生で一度も大きな事件に巻き込まれたことがないのは、色々思うことはあるのだが。
だからといって自分から首を突っ込むような性分ではないのだ。
俺は、今の立場を気に入っているのである。
それを解っているので、ダイアも特にそれ以上突っ込むことはしない。
「そうか。しかしアレだな……また、君と公式試合で戦いたいものだ」
「それは俺も思わなくはない。機会があったら、是非頼むよ」
「ああ」
そう言って、お互いに笑顔を浮かべて――
「へへ、一番乗り!」
「ネッカ、騒がしいぞ」
そこに、学校が終わっただろう熱血少年のネッカとクール少年のクローが飛び込んでくる。
ふと視線をダイアに向けると――微笑ましい視線で少年たちを見ている。
眩しいのだろう、かつての自分にもああいう時があったと、考えているに違いない。
「しかしなんというか……そうやって子供を見守っていると、さながらアニメやゲームの前作主人公みたいだな?」
「…………君がそれを言うのか?」
なんか、すごい目で見られた。
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