3 前作主人公みたいなことしてたらそりゃ言われる
この世界にはカードバトルに関する犯罪や事件が山程ある。
俺が先程巻き込まれたダークファイトを始め、悪魔のカードを使った洗脳や詐欺。
その他諸々。
治安の悪さでいうと、前世より悪いかも知れない。
事件の原因さえ解決すれば、巻き込まれた人も戻って来るので前世よりシンプルかもしれない。
そして、そんな事件に対抗するため色んな「機関」とそれに所属する「エージェント」が存在する。
公的なものから、非公式なものまで。
今回の場合は――
「えーと君は……“秘密闇札対策機関”の人間か」
「……!? 私の組織のことを知っているの?」
現れたのは、黒髪ポニテに黒い制服の少女だった。
おそらく年の頃は中学生程度だろうが、背丈は女子中学生の平均よりも高い。
発育の良さも相まって、同級生より少し大人っぽくみられるタイプだろうな。
キリッとした意志の強い目つきも、それを助長させる。
ちょっと物々しい雰囲気の制服は、秘密闇札対策機関のもので間違いない。
一般には知られていない、悪魔のカードと極秘裏に戦い続ける組織だ。
特徴としては、十代のエージェントが多い。
ラノベみたいな機関だ。
「まぁ、仕事柄どうしてもな、君の上司とは面識があると思うぞ」
「さすがは“デュエリスト”の店長。噂に違わぬ実力者、というわけね」
そういって、ニッと笑みを浮かべながら少女が近づいてくる。
こちらを強者と認めているのだろう、警戒とまでは行かないが、色々と観察するような視線を感じる。
「闇札機関のエージェントとして、貴方に話を聞かせてもらうわ、店長」
「あー、それなんだけど」
俺はスマホを取り出して、時間を確認する。
もう既に、時刻は零時を過ぎて日を跨いでいた。
「……明日、というか今日の昼でもいいか? 平日の昼間なら客もいないし、対応できるから」
「………………そ、そう」
まさか、拒否でも承諾でもなく、後にしてくれと言われるとは思わなかったのだろう。
一瞬停止してから、少女は俺に断ってスマホで上司に連絡している。
「機関」は基本的に正義の組織だ。
でも、闇札機関は公的なものではないので、捜査に協力する義務はない。
公的機関のエージェントがでてきたら、深夜でも対応しなきゃいけなかったので助かった。
結局、上司からもOKが出たらしい。
上司はおそらく俺の知り合いだから、呆れつつもスムーズに話を進めてくれたのだろう。
それはそれとして。
「じゃ、じゃあまた明日……なんだけど、念の為悪魔のカードはこちらで回収させてもらっても? いくら店長が強いファイターでも、一般人が持っていていいものじゃないから」
「もちろん構わないさ、ほら。気を付けて持っていってくれ」
悪魔のカードはエージェントの少女に渡して、俺達は一旦そこで別れるのだった。
□□□□□
エージェントの少女は、夜刀神というらしい。
本名は教えてくれなかった、闇札機関は本名は機密事項なのでしょうがない。
十代の少年少女のプライバシーに配慮しているのだ。
十代の少年少女をエージェントに使うな。
「というわけで、ここ最近この街では、ハウンドと呼ばれる連中が人を襲ってるの」
「ハウンド、猟犬ね……」
というわけで、朝。
開店と同時にやってきたエージェントの少女、夜刀神から事情を聞いていた。
流石に平日朝から客はこないのと、万が一来たら二階でゲームをして遊んでいる非番の店員に助っ人を頼む(もちろん賃金は発生する)ので問題ない。
とはいえ、内容自体はよくある話だ。
夜闇に闊歩する悪の猟犬と、それに対抗する秘密組織“闇札機関”。
こういう話を、俺はこれまで何度も耳にしている。
「ハウンドは、街の実力者を狙ってダークファイトを仕掛けて、勝利した場合その魂とレアカードを奪っていくの」
「俺も、俺の存在を認識された上で襲われたよ。店の前で襲撃した辺り、最初から俺を狙っていたんだろうな」
それと同時に、俺個人が狙われていたわけではないこともわかる。
ターゲットの一人でしかない、立ち位置としてはまっこといつもどおりのやつである。
しかも、サクッと撃退したものだから、向こうからは割にあわないと思われている可能性が高い。
俺を襲撃してくることは、おそらくないのだろう。
これまでの経験が、そう告げていた。
「……私の姉さんも、襲われたわ。許せない、来週には全国大会があるのに……!」
「なるほどな」
なんとなく見えてきた。
このお嬢さんは、姉が襲われたことで闇札機関と関わりを持つことになったのだろう。
そしてその一員となって、姉を取り戻すための戦いを始めた。
そこまでは想像がつく。
そのうえで、俺はピンときた。
「……それ以外にも、何か悩みがあるんじゃないか?」
「え……?」
「ああ、いや。君みたいなファイターを俺は何度も見てきてるんだ。だから、そんな気がしたんだよ」
彼女には、姉のこと以外にも何か悩みがある。
経験則だが、おそらく間違いないだろう。
なにせ、俺のところにこういう物語の中心にいる人物がやってくる時は、たいていそういう時だからだ。
そしてその悩みは――
「……先日、ハウンドの幹部と戦ったの。でも、勝てなくて……上司が来てくれなかったら、私の魂も連れて行かれるところだったわ……」
なるほど、いわゆる実質敗北のファイト中断を彼女は食らったらしい。
前世でもたまにあったやつだ。
ここで負けると話が詰んでしまうので途中で中断になったけど、実質負けで終わるバトルである。
作劇的にあまり褒められたことではないが、それはそれとしてお約束だからな。
「そうだな……」
俺は少し考えて、腰のベルトのデッキケースからデッキを取り出す。
不思議そうに俺を見ている夜刀神を横目に、中央のフィールドへ向かって。
「ちょっと、俺とファイトしてみないか?」
そう、呼びかけた。
□□□□□
物語の中心人物が俺のところにやってきた時、俺はファイトしてみないか、と呼びかけることにしている。
理由は相手次第なので様々だが、必要なことだからだ。
だって一度敗北した後に、本筋とは関係ないところで励まされて再起するのは定番だからな。
正直、こういうことばかりしているから、前作主人公認定されるんじゃないかと思わなくもないが。
それはそれとして、こういうファイトは楽しいのでやめられない。
どちらが勝つかはその時々だ。
たいていは俺が勝つが、たまに相手が勝つこともある。
相手が勝つ時は、たいてい相手の新エースがお披露目されるんだよな。
販促の都合ってやつだ、いくら俺が転生者でも、販促には勝てない。
今回は……
「これでトドメだ」
俺が、冷静にそう宣言する。
勝ったのは俺だった。
夜刀神はまだまだ未熟な感じだ、新エースが出てくる気配もないし、ここは順当だな。
「負けた……流石は“デュエリスト”の店長。噂に違わない強さ……」
「でも、君も結構スッキリした感じだな」
「……そう、ね。こんなに楽しいファイトは久しぶりだったから」
どうやら彼女は、ファイトの楽しさを見失っていたらしい。
そりゃあ、エージェントとして闇の世界で命がけのファイトをしてたら楽しむ暇なんてないよな。
ともあれ、こうしてファイトの楽しさを思い出せたならもう大丈夫だろう。
「……ありがとうございました、店長」
「急に改まる必要はないって」
「でも……いえ、解ったわ。ただ、このお礼はどうやってしたら……」
「なら、簡単だ」
俺は、カウンターの方まで歩いていって、それから夜刀神の方を見る。
「全部無事に解決したら、お姉さんと一緒に客としてこの店に来てくれれば、それで十分だ」
と、いい感じに〆る。
……まぁ、こうやってメンタルケアのファイトをしてからこう言って送り出せば、全部解決した後に常連になってくれるからという下心もあるのだけど。
この間の熱血少年とクール少年のコンビもその口だしな。
まぁでも、誰も不幸にならないなら、問題はないだろう。
そう思いながら、一礼して店を去っていく少女を見送るのだった。
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