2 それはそれとして、事件に引っかかるくらいはする
俺の経歴は、転生者であるということ以外は特に変なことは何も無い。
そもそも転生者だからといって、正直それがどうということもない。
だって俺が転生したのは、カードバトルが世界の全てであること以外は現代と何も変わらない。
前世がすでに社会人だった俺は、正直中学高校の勉強とか覚えてない。
転生のアドバンテージみたいなものはほとんどなかったといえる。
もっと言えば、俺が転生したのはカードバトル世界の俺である。
家族構成も、周囲の環境も、何もかも前世そのまま。
正直、転生直後は「若返った」以外に変化を実感できなかったくらいだ。
強いて言うなら、暮らしている街の名前が「天火市」になっていたくらいだな。
如何にもイグニッションファイト……カードバトル世界の舞台ですよ、みたいな名前。
前世にこんな街なかったぞ。
ともあれ、そんな俺でもカードバトルが全ての世界であると実感すれば変化も生まれる。
もともと前世ではTCGを嗜むオタクだったから、馴染むのは一瞬で。
しかもドロー力が明らかに前世より上がっていた俺は、メキメキと「イグニッションファイト」で頭角を現していった。
周囲からも評価され、何の特徴もなかった前世の俺とは全く違う人生を歩み始めた……のだが。
そんな俺が、この世界の大事件に関わることは今に至るまでついぞなかった。
なかったのである、ちっとも。
これでも子どもの頃からプロファイターとファイトしても対等に渡り合えるくらい強かったのに。
物語のメインキャラやれるくらい強かったのに!
なんなら、俺の友人が物語の主人公になったりもしたのに!
なぜか! まったく! かかわらなかったのである!
いやぁ、いつの間にか友人が世界を救っていたとニュースで知った時は、思わず吹き出してしまったね。
相談してくれよ! ファイトの実力俺とどっこいじゃんお前!
と、思ったのだが。
返ってきた答えは――
「お前もきっと、何か重大な事件を抱えてただろうから。こっちのことで迷惑かけるわけにはいかなかったんだ……」
――これである。
ないよ、何もないよ!?
君が死にかけてる裏で、のほほんと平和な日常を送ってましたよ!?
そう答えた俺に対して、きっと俺の力があればもう少し楽ができたのだろう。
友人は、膝から崩れ落ちてしまった――
以来、俺はなぜか周囲から重大な事件に関わっていると思われ、自分の抱えている事件に関して相談されないことが頻発した。
逆に言えば、頻発するくらい俺の周囲では色々と事件が起きていたのである。
にも関わらず、俺は一切その解決にかかわらなかった。
なのに、俺はいろんな事件を裏で解決してきた、謎の実力者と思われている。
一言言おう。
解せぬ――――
□□□□□
とはいえ、正直そういう実力者だと思われてしまう理由はなくもない。
事件の根幹に巻き込まれることはないが、事件そのものに巻き込まれることはあるのだ。
それは、ド深夜のことだった。
俺は自分が経営しているカードショップ「デュエリスト」で色々と作業をしていた。
オリパを作ったり、在庫を整理したり。
なんでこんな時間に作業をしているかというと、なんとなく作業がしたくなったからだ。
別にワーカーホリックというわけではない。
スマホを使って、ネットで動画やアニメを流したりしながら、のんびり過ごしているのである。
普通の店ならともかく、ここは俺の領土、自分で経営するカードショップである。
閉店後にながらで作業をしていても、誰からも怒られることはないのだ。
ときには「イグニッションフィールド」のオンラインファイト機能を使って、全国のファイターとバトルしたりもしている。
いやぁ、職権乱用って楽しいね。
今はそんな楽しい作業を終えて、そろそろ家に帰って休もうかというところ。
俺のショップは一戸建てで、二階には居住スペースもあるのだが、例の客を俺にけしかけた店員がそこで暮らしてるので俺は家に帰らにゃならんのだよな。
まぁ、家まで歩いて少しの場所なので、別に大変ということもないのだが。
そんな時である。
「ヒヒヒ、棚札ミツルだな」
不意に、声をかけてくる不審者がいた。
舌でナイフをペロペロしそうなチンピラがそこにいた。
あ、棚札ミツルってのは俺の名前ね。
普段は店長って呼ばれることが圧倒的に多いから、あんまり覚える必要はない。
「……何のようだ」
「キサマのレアカード、俺にくれよ! ヒャーッハハハハ!」
カード狙いの強盗だ。
前世でも、カードを空き巣しようとする連中は問題になっていたが。
この世界でもそれは変わらない。
強いて言うなら――
「“イグニスボード”を構えろぉ!」
「チッ……ダークファイトか、面倒な」
舌打ちしつつ、俺はバッグからイグニスボードを取り出す。
盾のような形のボード――この世界におけるデュエルディスクと考えてもらえればいい。
デュエルディスクと違うのは、起動すると俺の周囲を浮遊し始めるところだな。
ダークファイトというのは、「悪魔のカード」と呼ばれる特殊なカードを使ったデッキでファイトを挑むことで、相手を逃げられないようにするファイトのことだ。
悪魔のカードは、特別な力を持っており、これを持っているファイターがファイトを挑むと周囲に闇の空間が形成され逃げられなくなる。
面倒な話だ。
ここから逃げる方法はただ一つ。
カードバトルが全ての世界らしい方法。
「……イグニッション!」
「イグニッション! ヒャーッハハハ!」
カードバトルで決着をつけるしかない。
かくして、闇のイグニッションファイト――ダークファイトが始まった。
ファイトは俺の有利で進む。
チンピラが聞いたことのないカードを召喚し、それを俺のエースカードを呼び出して攻撃。
ダメージを受けるもチンピラは不敵に笑っている……という、なんともそれっぽい流れだ。
おそらくここからチンピラは、俺も知らないような謎のモンスターを召喚して俺をピンチに追い込むのだろう。
が、それはできればもう少し早い時間にやってもらいたいものだ。
今何時だと思ってるんだ、こいつ。
というわけで。
「ヒヒヒ、今こそ地獄の釜の蓋が開く時! 現れろ! ヘルハウンドモンスター! <ヘルハウンド・ダークアリゲーター>!」
チンピラが、ヘルハウンドモンスターとかいうのを呼び出した瞬間。
「おっと、<ゴッド・デクラレイション>を発動、そのサモンを無効にして破壊する!」
「えっ」
そのモンスターを破壊した。
チンピラが、思わず信じられないものを見るような眼でこちらを見る。
「どうした、エースモンスターを呼び出す土台が破壊されて、呼び出せなくなったような顔をして」
「…………え、エンドだ」
どうやら後続を呼び出すことはできないようだ。
こういう闇のファイターの所有する悪魔のカードは、たいてい大型モンスターだ。
出てきたものを破壊しようとすると耐性があったりして、破壊できないことも多い。
だったら、土台を破壊してしまったほうが早い。
木端のファイターは、そうしてしまったらリカバリーできないことがほとんどだからな。
せいぜい、何も無いところからポン出しできるエースじゃなかったことを恨むがいい。
というわけで、大人げない方法で俺は次のターン、チンピラにトドメを指した。
エースくらい見てやってもいいだろ、と思うが。
こんな時間にダークファイトを挑まれる身にもなってほしい。
「う、嘘だ、俺はこんなはずじゃ! うわああああああ!」
そして、チンピラは突如として足元から発生した黒い炎に包まれて――消えてしまった。
ダークファイトを仕掛けた側が敗北すると、このように悪魔のカードに魂をどこかへ連れて行かれてしまうのだ。
やばいじゃんと思うが、こういうのはたいてい大元になったボスを倒せば戻ってくる。
ホビーアニメの定番だな。
「あ、カードが残った。……面倒だな」
そして、おそらく奴が持っていたと思われる悪魔のカードが宙に残されて、俺の手に収まった。
闇のファイターが消えた後、カードが残るかはカードによって違うが、今回は面倒なパターンだったようだ。
だって、カードが残ったらそのことをどこかしらの機関に報告しなければならないからな。
「動かないで!」
とか思っていたら、威圧的でありながらも、こちらを気遣うような声がかけられた。
俺のことを犯人か被害者か、測りかねているような声だ。
どうやら、その「どこかしらの機関」のエージェントが向こうからやってきてくれたらしい。
これなら、多少は楽ができそうだな。
――俺が実力者と思われるのは、こうやって闇のファイターに度々狙われ、撃退してきたからだ。
幼い頃から何度も何度も。
それはもうしつこいくらい狙われて――けれど、別に奴らは俺を事件の根幹に引きずり込もうとしなかった。
多分、今回も俺が深く事件に関わることはないのだろうな……と、想いながら。
声のする方に振り返った。
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