カードゲームで世界が滅ぶ世界に転生してカードショップを開店したら、周囲から前作主人公だと思われている

暁刀魚

1 カードショップ店長に歴史なし

 世界は一枚のカードから始まった――

 なんてのが、大真面目に語られる世界がある。


 カードゲームで世界が滅ぶ世界。


 TCGトレーディングカードゲームを主題にしたアニメは、色々とぶっ飛んだ設定が多い。

 カードが世界を作ったり滅ぼしたりなんてのは、その典型だ。

 あまりにもよくあること過ぎて、もはやツッコミすら入らないこともほとんど。


 そんな世界に転生してしまったら、どうすればいいだろう。

 ふざけるなと思うだろうか、バカにしていると憤るだろうか。

 確かに普通の人ならそういう反応をしてもおかしくはない。

 だが、俺はTCGをそれなりに嗜んでいるオタクである。


 正直、カードゲームで世界が滅ぶとしても、それ以上にカードゲーム第一なこの世界は魅力が多い。

 なにせカードゲームのカードが実体化するのだ。

 いわゆるソリッドヴィジョンのような、モンスター実体化システムによる大迫力のゲーム。

 カードゲームで強いことが大きな評価点になる価値観。

 日常の裏側でカードゲームが世界の趨勢を決めるという、ある種のロマン。

 TCGオタクとして、生活していてなかなか楽しい世界だ、ここは。


 そんな世界で俺は、念願かなってカードショップを開店した。

 TCGといえばカードショップ。

 この世界でカードに関わっていくなら、一番の方法だ。


 ただ、そんな一国一城の主である俺は、ある“悩み”を抱えていた。

 それは――



 □□□□□



 とある県の地方都市、天火テンカ市。

 その中心部とも言える駅から歩いて少しのところに、俺の店はある。

 二階建てのビルをまるっと一つ買い取って建てた店。

 一階はガラス張りで中が見えるようになっていて、ガラスにはカードのポスターがずらり。

 その上には店名の刻まれたボードが掲げられている。

 カードショップ「デュエリスト」

 それが俺の開店した店だ。

 店名は、偉大なる某大手TCGから拝借した。

 こういうお遊びは大事だと思うんだ。


「んじゃ、今日のショップ大会決勝戦を始めるぞ、対戦者は中央のフィールドに進んでくれ」


 そして店内で、俺の声が響く。

 店内は入ってすぐのところにフリー用のテーブルが置いてあって、その奥にステージのような物がある。

 店の壁面にはずらりとショーケースにストレージ、自慢の商品が並んでいる。


 さて、今は週末に行われるショップ大会の日である。

 ショップ大会、前世におけるそれと概ねイメージは一緒だ。

 大会ルールは店によって違うだろうが、うちはスイスドローのダブルエリミネーション方式をとっている。

 そして、そんな大会の決勝が今まさに行われようとしているのだ。


 現実との一番の違いは、対戦者が店の中央に設置された広めのステージ――「フィールド」の上に立っているということか。

 今回の対戦者は、小学生の少年二人。

 燃えるようなツンツンと二色の髪色が特徴の熱血っぽい少年と、青みがかった落ち着いた髪型のクールっぽい少年。

 如何にも主人公とそのライバルですよ、という感じの二人だ。

 そして実際に、この二人はライバル関係でとある大きな事件を解決したことがあったりする。

 まさにホビーアニメの住人。


「今日こそはお前に勝ち越してやる!」

「ふん、何度やっても強いのは僕だ」


 と、ライバルらしい会話をした二人は、同時に掛け声を叫ぶ。



「イグニッション!」



 この世界のカードゲームは「イグニッションファイト」と呼ばれている。

 個人的にカードゲームには「MtG」を源流としたマナなどのコストを使用するコスト型TCGと、それ以外の「遊戯王」のようなコストを使用しないTCGがあると考えている。

 イグニッションファイト……通称イグニッションは後者だ。

 概ね、遊戯王の亜種だと思ってもらって構わない。


 少年二人が立っているのは、モンスターを現実にするための「イグニッションフィールド」と呼ばれるフィールドだ。

 このフィールドの中でなら、モンスターは自由に暴れまわることができる。

 その迫力と言ったらもう、初めて見た時は感動ものだったね。


「俺の先攻だ!」

「ふん、くれてやる」


 フィールドの上で少年たちがバトル……この世界でイグニッションファイト……ファイトと呼ばれるそれを始める。

 周囲の人々は、それを熱心に観戦しているものもいるが、フィールドの隣にあるテーブルの上でフリーをしている者もいる。

 テーブルの上でも、小さなモンスター達が縦横無尽に駆け回っていた。

 テーブルにも、モンスターを現実にするための機能が備わっているんだな。


 俺のショップは地方の小さなショップだ。

 だから、ファイト用のフィールドを設置するスペースは一つしかない。

 普段はフィールドを使ったファイトは予約制になっている。

 予約なしでファイトがしたかったら、テーブルの方でやってもらうか、外でやってもらう必要がある。

 この世界にも、デュエルディスクに相当する小型ファイト用フィールドが存在する。

 しかしスペースを取るので、店内で全員がそれを使ってファイトすることは不可能なのだ。

 なので、決勝でこうしてフィールドを使うことは、それ自体が1つの褒賞でもある。


 まぁ、そんな世知辛い事情は抜きにして、少年たちは激しいファイトを繰り広げていた。


「いけぇ! <バトルエンド・ドラゴン>!」

「くっ……迎え撃て、<蒼穹の死神>!」


 二人のエースモンスター、如何にもといった感じのかっこいいドラゴンと、死神をモチーフにした少し恐ろしさのあるモンスターがぶつかり合う。

 ドラゴンが鉤爪を振り下ろし、死神が鎌でそれを受け止める。

 そしてドラゴンがブレスを吐いて、もんどり打ちながら激しい戦いを両者が繰り広げ……勝利したのはドラゴンだった。


「続けて、<バトルエンド・ドラゴン>のエフェクト発動! セメタリーのカード一枚をデッキの一番下に戻し、デッキの一番上のカードをセメタリーへ! そのカードがモンスターなら、もう一度戦闘を行う!」


 熱血少年は勝負を決めるつもりのようだ。

 やはりエースが戦闘に関する効果を持っていると、ファイトが映える。

 主人公のエースならなおさらだ。

 某禁止カードを経験した主人公のエースカードを思い出しつつ。

 最終的に、ファイトは熱血少年が勝利した。


「っしゃあ!」

「くっ……」


 基本的に二人の力関係は、何も無い時はクール少年の方が強いのだが、今日は珍しく熱血少年が勝ったな。


「そこまで、優勝はネッカだ、おめでとう」


 言いながら、俺は二人に歩み寄る。

 ネッカというのは熱血少年の名前だ。

 クール少年の方はクローという。


「店長! へへへ、やっぱり俺ってば最強ー!」

「あまり調子に乗りすぎるなよ、クローに足すくわれるぞ」

「へいへい」


 こういう熱血少年は、調子に乗りやすいきらいがある、定番だな。

 まぁ、それがどんな状況でも前向きという長所にも繋がるが。


「店長! 次は店長とファイトしてぇ! やろうぜ!」

「あ、ずるいぞネッカ、僕だって店長とファイトしたい」


 とか思ってると、二人がそんなことを言ってくる。

 この年頃の少年が、ファイトをねだってくるのはなんだか微笑ましいものがあるが、それはそれとして俺は店を営業中の店長だ。


「ダメに決まってるだろ、今はお客さんもいっぱいいるんだから」

「えー、やろうぜー!」


 言いながら、熱血少年のネッカは恨みがましい視線で俺を見てくる。

 そんな眼で見てもダメだ、世のお姉様方が黙ってないぞ。

 じゃない。


「――――別にいいですよー、店長がファイトしてる間はそっちに客が集中するので、私一人で回せます」


 その時。

 俺の店で店員をしてくれている、今までショップ大会を眺めながら黙々とオリパを作っていた少女がそう言った。

 銀色の髪の、小柄だが子供という感じでもない、フリル多めの私服の上に店のエプロンを身に着けた少女だ。

 堆く積まれたオリパの山が、彼女がそれなりに手が空いていることを示している――

 いや、作り過ぎじゃない?


 ともあれ、彼女の言葉を聞いた少年二人が目を輝かせている。

 どころか――店内が沸き立ち始めた。

 俺とのファイトがコンテンツになるのはどうなんだ……?

 とか思っていたら。



「どうやら、“その時”が来たようでござるな……」



 突如として、謎のサムライ男が入口から入ってきた。

 本物のサムライである、和服姿で刀まで携えていた。

 あまりにも場違いすぎる乱入者に、ショップはしん……と静まり返る。


「カードショップ“デュエリスト”店長、棚札ミツル……! その実力の本質、見極めさせてもらうでござる!」


 サムライは、そう言ってカードを俺に突きつけた。

 どうやらこいつも、俺の実力の“謎”を解き明かそうとしているようだ。


「……なぁ、クロー」

「ああ、解ってるネッカ。あいつ……できる」


 実力派ファイター少年たちが、サムライ男の実力を冷静に分析している。

 実際俺も、このサムライ男が只者ではないと察してはいるが、それはそれとして。



「……悪いが、俺とのファイトは順番制だ、先にショップにいた客を優先させてもらっていいか?」



 俺は、冷静にそう告げる。

 サムライは申し訳なさそうに、わかったでござる……と了承するのだった。


 □□□□□



 ――俺の悩み。

 それは、どういうわけか俺がこの世界で周囲の人から“前作主人公”扱いされていることだ。

 先ほど現れた謎のサムライがその証。

 俺の実力を聞きつけて、遠路はるばるやってきたのだろう。

 別に、実力者と思われることはいい。

 実際、転生者だからかドロー力が高く、俺はそれなりに強いという自負がある。


 でも、しかし俺には――



 別に、あの熱血少年たちのような、大きな事件を解決した背景も過去もないのである。



 なのにどういうわけか、周りの人々はかつて俺が大きな事件を解決したが、そのことを周りに話していない前作主人公のような人物だと信じて疑わないのだ――――

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