第83話 逃走


 神龍祭が終わった二日後。

 俺達はグレンダールの街に戻るため、今日には帝都を出発する予定となっている。


 ちなみにティファニーとデイゼン、それからシアーラは昨日の内に帝都を後にしており、今現在帝都に残っているのはクラウディアとギーゼラと俺の三人だけ。

 本当はみんなで帰りたかったのだが、馬車にはそんなに大人数が乗れないし、結局別れて乗ることになるからということで、三人は先に帰ってしまった。


「道中も含めてかなりの期間滞在してましたが、振り返ってみるとあっという間でしたね!」

「私にとっては色々と思い出深い遠征になった。ティファニーに負けた悔しさや……エリアスと一つになれたこととか」


 ギーゼラはそう言いながら、俺の肩にこてんと頭を乗せてきた。

 神龍祭が始まってからは、帝城に軟禁されていたということもあって、一度もエッチをしていない。


 急なボディタッチに一気に体が熱くなったが、今は朝のため行為に至ることはできない。

 一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせたのだが、ギーゼラに対抗するようにクラウディアが俺の手を絡めるように繋いできた。


「ギーゼラばかり意識しないでください。……エリアス様が連れて行かれてしまってから、私はずっと我慢していたんです。今日の夜は……いいですよね?」


 甘える声でそう言ってきたクラウディアのせいで、一度冷静になったのにまたムラムラとしてくる。

 切実に朝から誘惑するのは止めて欲しい。


「クラウディア、駄目だぞ! 今晩は私がするんだ!」

「ギーゼラこそ駄目です。あくまでも私が第一夫人ですよ? 忘れたとは言いませんよね?」

「ぐ、ぐぬぬ。それを言い出すのは卑怯だ! ……エリアスに決めてもらおう。私とクラウディア、今日の夜はどちらとしたいんだ?」


 ギーゼラは腕を取ると、胸を押し付けるように抱きついてきた。

 クラウディアか、ギーゼラか。


 究極の二択過ぎて……俺には選ぶことなんてできない。

 どちらともしたいし、何なら同時にしたい。


「い、今は決められない! ……というか、朝から誘うのは止めてくれ! 夜まで我慢するの大変なんだぞ!」

「我慢するからいいんじゃないか。より、気持ち良くなるぞ?」

「そこは同意ですね。私も我慢していますからお互い様です」

「ちょ、ちょっと頭を冷やしてくる。昼前には戻るから!」

「エリアス様、どこに行くんですか!?」

「エリアス、逃げるな!」


 後ろから聞こえる二人の声を振り切り、俺は走って逃げ出した。

 あのままでは我慢できず、今日出発なのに宿に熟れ込んでおっ始めてもおかしくなかった。


 それだけは避けるために逃げ出したのだが、帝都を出る前に寄りたいところがあったし丁度良かっただろう。

 俺は二人から逃げるように走り、向かったのは――初日訪れた武器屋『スペイス』。


 ルーンについて尋ねるつもりだったが、ジュリアを見かけてしまったせいでまた聞けていないからな。

 出発する前に話を伺っておきたい。


 俺は『OPEN』の看板が掲げられているのを確認してから、『スペイス』の店内に入った。

 朝一ということもあってか客の姿はなく、ルーンについて聞くにはバッチリのタイミング。


「いらっしゃい! って、あれ? 少し前に来てくれた人だよなぁ? おらの店にまた来てくれたのか!」

「ちょっと気になることがあって寄らせてもらった。今、話を伺っても大丈夫か?」

「ん? おらに話? 別に大丈夫だが、難しい質問には答えられないぞ?」

「ルーン武器について聞きたい。初めて見たときから気になっていたんだ」


 俺がそう尋ねると、スペイスは手をポンッと一つ叩いた。

 それから、店に飾られているルーン武器を俺の前に並べてくれた。


「おおっ、ルーン武器を買いたいのか? どれでも好きなのを買ってくれて構わねぇぞ?」

「いや、ここにあるルーン武器はいらない。どれも微妙だからな」

「が、がーん……! そ、そんなこと初めて言われたぞ?」

「聞きたいのは二つ。ルーンは俺が持ってきた武器にも刻印できるのか? 例えば……この剣にルーンを彫ることは可能なのか教えて欲しい」

「もちろんできる! ……が、坊主が今言った微妙なものにしか彫れないぞ!」


 スペイスはそう言いながら、ジト目で俺を見てきた。

 確かに言い方は良くなかったかもしれないが、ドワーフのおっさんのジト目は可愛くも何ともないから止めて欲しい。


「というと、決まったルーンしか彫れないということか?」

「ああ、そうだ! おらが彫れるのは三種類だけ! 効果は……錆び防止に切れ味微増に発光の三種類だな!」


 なるほど。

 『インドラファンタジー』では、ルーン武器は一括りにされていたから気づかなかったが、一本一本彫られている文字が違かったんだな。


 百本の鉄の剣を使い、良い効果が出るまでスペイスにルーンを彫らせようと思っていたのだが、これでは同じゴミ武器が量産されるだけ。

 ダンジョンでは、一本一本違うルーン文字が彫られた武器がドロップしているってことだったのか。


「ちなみにだが、この三種類しか彫れないのは何か理由があるのか?」

「理由? そんなものはこの三種類の組み合わせしかルーン文字を知らないからだな!」

「ということは、別の効果が付与されているルーン武器を持ってきたら、スペイスはそのルーン文字も彫れるようになるってことか?」

「断言はできないが、多分彫れると思うぞ!」


 おお! これは良いことを聞くことができた。

 微妙すぎる三種類のルーン文字しか彫れないと聞いて一瞬落ち込んだが、他の効果を持つルーン武器があれば、その武器と同じ効果のルーンを彫ることができるということ。


 どんなに強力なルーンが彫られていても、弱い武器だと何の意味も成さなかったからな。

 本当に彫れるのであれば、これはめちゃくちゃ大きい。


「なら、他のルーン武器を持ってきた時に彫ってほしい。お願いできるか?」

「もちろん構わないが、他のルーン武器なんてあるのか? オラは色々なマーケットとかでルーン武器がないか探しているけど、見つかったのはこの三種類だけだぞ?」

「一応心当たりはあるんだ。それじゃ……見つかり次第、また来させてもらう」

「分かった。本当にあるなら楽しみだな!」


 これはルーン武器を探しに、ダンジョンへ行ってもいいかもしれないな。

 他にも色々とやりたいことがあるし、クラウディアやギーゼラとも相談しなくてはならないが、選択肢の一つに入れておこう。


 良い情報をスペイスから聞くことが出来たし、とりあえず何の憂いもなくグレンダールに帰ることができるな。

 ルーン武器の興奮のお陰でムラムラしていた気持ちも落ち着いたし、そろそろ二人の下に戻って出立するとしよう。

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