第82話 下心


 ティファニー、クラウディア、ギーゼラの三人には、先に祝勝会の場所を押さえてもらいに行ってもらった。

 俺はデイゼンと二人で宿に行き、改めてシアーラと話をすることにした。


「それにしても暗殺しにきた人間を捕まえるなんて、エリアス様も無茶をするのう」

「いや、二人の前ではああは言ったが、普通に可愛いから捕らえただけだ。グルーダ法国の者だと分かっているしな」

「ん? ……やはり下心があって捕らえておったのか。うーむ、まぁ気持ちは分からんでもないがのう」


 デイゼンはだらしない笑みを浮かべており、俺もそんなデイゼンの顔を見て笑う。

 きっちりしている人間に見えるが、デイゼンは意外とスケベ爺だからな。

 話の分かる人物で非常に助かる。


「この部屋の中におるぞ。話すぐらいの体力は回復しておる」

「分かった。色々と話してくる」


 デイゼンは部屋の前で待機し、俺は一人で部屋の中に入った。

 部屋はベッドのみの簡素な部屋であり、そのベッドではシアーラが横になっていた。


 眠ってはいなかったようで、俺が部屋に入るなり顔をこちらに向けた。

 ……やっぱり可愛い。

 横になっている状態でも可愛いのだから、相当な美人であることが分かる。


「…………エリアス」

「名前を知っていたのか?」

「一昨日、デイゼンから教えてもらった」

「そうだったのか。体調の方はどうだ? もう大分良くなっていそうではあるが」

「ん。動けるくらいには回復してる」

「そうなのか。動けるようになっていたらてっきり逃げるかと思ってた。意外と約束を守るんだな」

「逃げても意味ないから。国に戻っても殺されるだけ。なら、ここにいた方が……延命になる」


 どこか諦めた表情でそう呟いたシアーラ。

 この表情から察するに、俺に殺されると思っているのだろう。


「治療したときに約束したと思うが、大人しく捕まっている限りは殺さないぞ」

「嘘。殺さない理由がない」

「嘘はついていない。ただ、殺さない代わりに情報を話してもらう。お前は――グルーダ法国の者だよな?」

「……ん。エリアスが貴族学校で殺したヴィン――男もグルーダ法国の人間。もちろんコロシアムで襲撃した人間も全員」


 驚くほどにあっさりと情報を吐いたシアーラ。

 本当にもうグルーダ法国に戻るつもりはないらしい。


「やっぱりそうだったか。……何で俺の命を狙ったんだ?」

「別に最初はエリアスの命は狙っていない。ローゼルを殺そうとした時にたまたま一緒にいたってだけ」

「ん? つまり俺は巻き添えを食らっただけってことか?」

「そう。……ただ、今回はエリアスを狙っての行動。ローゼル暗殺を阻止したエリアスを拉致する計画だった」


 なるほど。

 俺が食い止めたから狙われたのか。


「黒いローブの人間も同じ目的か?」

「違う。黒いローブのは皇女暗殺を目論んでた。私とベアト――エリアスの仲間に殺された女はそれを利用しただけ」

「なるほどな。別々で動いていたから、あんなにも混沌な状況になっていたのか」


 ようやく何で狙われたのかを理解できた。

 最初は偶然で、その後は俺が単体で狙われた。


 今回も防いだということは、また新たな刺客が送られてくる可能性が高い。

 第八席次に第七席次、それから第四席次まで倒したのだから放っておいてほしいが……メンツを気にする組織だし無理だろうな。


「それで……私はもう用済み?」

「だから殺すつもりはないって言っているだろ。行く場所がないなら……俺のところで働くか? デイゼンの部下って形で」


 俺がそう提案すると、シアーラは驚いた表情を見せた。

 ここまで無表情だったため、驚いた表情も非常に新鮮に映る。

 

「私を雇うってこと? 私はエリアスを殺しに来たの知ってる?」

「知っている。でも、行く場所がないんだろ?」

「……また殺されるかもしれないとか思わないの?」

「もうシアーラの実力は知っているし、殺される心配は一切していない。それに……次殺しに来たら、容赦なく殺すつもりだ。仏の顔も三度までって言うだろ?」

「聞いたことない。……けど、本当に助けてくれるの?」

「ああ。ちゃんと働くならな」


 シアーラは俯いて黙った後、俺の顔を見て頷いた。

 多分だが、これでひとまず大丈夫なはず。


「働く。助けてくれるなら」

「なら、一緒に俺の家まで来い。正式にシアーラを雇う。その代わり、もうグルーダ法国の所属から、俺のものになるってことだからな」

「ん。分かってる。……よろしくお願いします」

「とりあえず帰ったら、デイゼンから色々と教わってくれ。グルーダ法国についても、また後日聞くからな」

「ん。分かった。……ありがと」


 そうお礼を言ってきたシアーラに俺は頷き、部屋を後にした。

 扉の前では、デイゼンが待っていてくれていた。


「デイゼン、中の話は聞こえていたか?」

「聞こえておったぞ。ふぉっふぉ、エリアス様上手いことやったのう」

「とりあえず、シアーラのことはよろしく頼む」

「分かったが……クラウディアやギーゼラは大丈夫なのかのう?」

「そこは……まぁ……大丈夫なはずだ」

「色々とドヤやされそうじゃがのう」


 まぁ確実に白い目で見られるだろうが、だとしてもシアーラを見捨てることはできない。

 そのために助けたようなものだしな。


 とりあえずシアーラのことは明日伝えるとして、今日は祝勝会を楽しむとしよう。

 俺はデイゼンと一緒に宿を出て、三人が待っている祝勝会の会場に向かった。


 祝勝会の場所は、大通りにある『ケルティ』という店。

 ルーシーおすすめの店であり、個室のため騒ぐことも可能とのこと。


 空いていたかどうかが問題なのだが……三人が店前にいないし、多分大丈夫だろう。

 『ケルティ』の店内に入り、ティファニーの名前を告げると、店員さんは三人がいる場所へと案内してくれた。


「エリアス、随分と早かったな。もう話は済んだのか?」

「話は大方聞き終わった。こっちも席が空いていたみたいで良かった」

「もう適当にいくつかの料理を注文しています。エリアス様は何か飲みますか?」

「せっかくだしお酒でも飲もうかな」

「なら、みんなで祝杯といこう! とりあえずビールで大丈夫?」

「ワシは大丈夫じゃぞ」

「私ビールがあまり好きじゃないのですが……一杯目は構いません」

「私も大丈夫だ」


 ということで、全員分のビールを注文。

 酒なんて滅多に飲まないが、こういうときじゃないと飲まないしいいだろう。


「それじゃ気を取り直して祝勝会といこう。――ティファニー、改めて優勝おめでとう」

「「おめでとうございます!」」


 俺の言葉の後に、続けてクラウディアとギーゼラもお祝いの言葉を告げ、みんなで乾杯をした。

 ティファニー以外は一口だけ飲み、ティファニーは一気にジョッキに並々注がれていたビールを飲み干した。


「流石の飲みっぷりだな」

「ふふ、ティファニーさんって感じがします」

「みんなから祝ってもらうことなんて、そうそうないことだからな。今日は遠慮なく飲ませてもらう」


 ティファニーはそう言って笑うと、追加でビールを注文した。


「そういえば、優勝商品はどうしたんだ?」

「ああ、この袋に入っているぞ。――エリアスにやろう」

「え? ティファニーが勝ち取ったものなんだから、ティファニーが使うなり売るなりしていいんだぞ」

「いや、エリアスにプレゼントしたくて頑張ったからな。私はエリアスの使用人だし、このアイテムはエリアスが使ってくれ」


 そう言って、優勝商品である世界樹の木の実と大天使の腕輪が入った麻袋を手渡してきた。

 受け取っていいのか迷ったが、ティファニーの好意だし受け取るべきか。

 それに……単純にこの二つのアイテムは欲しい。


「ティファニー、ありがとう。大事に使わせてもらう」

「ふふ、私だと思って大事に使ってくれ」

「ティファニーだと思っては……ちょっとよく分からん」


 それから俺達は祝勝会をとことんまで楽しみ、泥酔する一歩手前まで酒を飲んだ。

 最後はみんなで肩を貸し合いながら、宿泊している宿へと戻ったのだった。

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