第78話 悪い虫


 ジュリア様が神龍祭で襲撃されたという情報が耳に入り、心配したのも束の間、とある男と共に城へと戻ってきた。

 エリアス・オールカルソン。


 名前すら聞いたことなかったが、ジュリア様を助けた人物だと聞いて感謝の気持ちを頂いていたが、いかんせんジュリア様との距離が近すぎる気がする。

 助けてもらったという話だったから、それで惚れてしまった――なんてことになっていないか非常に心配。


 吊り橋効果なんて言葉もあるくらいなため、一時の迷いで恋に現を抜かしてしまったら……あまりにも勿体ない。

 ジュリア様には圧倒的な才能があり、魔法だけ見てもドラグヴィア帝国で一番の魔導士になれる才能を持っている。


 それは元Aランク冒険者の魔導士であり、宮廷魔術師長としてジュリア様に魔法を教えた私が一番よく分かっている。

 更にジュリア様の才能は魔法だけに留まらず、剣の才能も別格。


 帝国騎士団の副団長を負かすほどのものであり、魔法と剣の両刀なんていうのはまずあり得ないこと。

 皇女様とか関係なく、ジュリア様は世界のトップを狙える才能を持っており、悪い虫がつかないように見張るのも私の仕事。


 そう思っているのは私だけでないようで、中庭にいるジュリア様とエリアスを私と同じように見張っていたのは帝国騎士団の団長——ルーシー・ホワイトの姿が見えた。

 俺とルーシーは決して仲が良いわけではなく、どちらかといえば敵対心を持っているぐらいなのだが、今回の件に関しては同じ気持ち。

 俺は軽く会釈をしてから、ルーシーに話しかけることにした。


「ルーシー。お前もジュリア様が気になって様子を見ていたのか?」

「ええ、悪い虫がつかないように見張っていたの。……だけど、あのエリアスって男も中々やるわよ」


 今は剣での打ち合いを行っており、魔導士である俺には凄さが分からない。

 ただ、ジュリア様と打ち合えている時点で実力があるのが分かるし……何ならエリアスの方が押しているように見える。


「そうなのか? 得体の知れない人物だから、俺もルーシーと同じように警戒していたんだが……実力者なら話が変わるな」

「ジュリア様と年齢が近くて、あの剣さばきは異常もいいところよ。それに……どこか私の憧れの人に似ている気がするの」


 ルーシーはこれまで見せたことのないような目でエリアスを見ており、何ならジュリア様よりもエリアスの方が気になっているようにも見える。

 帝国騎士団の団長であるルーシーがこれほど言うのだから、俺が思っている以上の実力者なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺とルーシーは柱の影に隠れながら二人の打ち合いを見ていたのだが……。

 ジュリア様は剣を納めると、今度は杖を取り出して構えた。


「ジュリア様は杖に持ち替えたわ。魔法も解禁して戦うのかしら?」

「でも、エリアスの方も剣を納めたぞ。……一体何を行うんだ?」


 俺もルーシーも、これから何が行われるのか全く予想ができない。

 もはや覗き見していることも忘れ、柱から全身を出して食い入るように見ていると、始まったのはまさかの魔法の打ち合い。


 ジュリア様だけでなく、エリアスも魔法を放っている。

 理解が追い付かず、俺はルーシーの方を見たのだが、ルーシーもまた理解できていない表情で俺に顔を向けた。


「え、エリアスも剣と魔法を使えるの?」

「そんなことあり得るのか? 高いレベルで剣と魔法を使える人間は、これまでジュリア様しか見たことがなかった。それが、ジュリア様と同年代のエリアスも……」

「剣のレベルも相当高かったわよ? 何なら私よりも上の可能性もあった。アルバート、魔法はどれくらいの錬度なの?」


 ルーシーにそう問われたため、俺はエリアスの魔法を注視した。

 使っている魔法は初級魔法なんだが、驚くくらいに魔力操作が上手い。


 それに……無詠唱で魔法を使っている。

 自由自在、変幻自在に魔法を操っており、下手したら俺よりも錬度が高い可能性がある。


「初級魔法だが驚くくらいの錬度だ。無詠唱で魔法を発動させていて、無詠唱は繊細な魔力操作と異次元の想像力が要求される」


 それこそ何十万回と魔法を繰り返し使うことで、ようやく習得できる技術。

 別に詠唱ありと無詠唱とで、何か劇的に変わるということではないのだが……無詠唱で魔法を扱える凄さは俺にはよく分かる。


「私以上の剣術を持っていて、アルバート以上の魔法の錬度。あのエリアスという男……本当に何者なの?」

「よく考えれば、ジュリア様を助けたということはジュリア様より強いということだもんな。未来の英雄——だったりして」


 そんな会話をしていると、エリアスは何やらジュリア様にアドバイスを始めた。

 教えながら実演したのは複合魔法であり、まさかの複合魔法もエリアスは無詠唱で唱えた。


「本当に凄いわね。軽々と氷属性の魔法を唱えたわよ」

「…………才能というもの恐ろしさを思い知らされてる。複合魔法をこうも軽々と……。まさか、ジュリア様以上の逸材がこの世界にいるとなんて思ったこともなかった」

「ジュリア様は複合魔法を使えないの?」

「ああ。教えてはいたが、使えるようになるには後十年は――」


 俺がそう言いかけた瞬間――今度はジュリア様の手から氷属性の魔法が唱えられた。

 【アイスボール】という初級中の初級魔法だが、紛れもない氷属性の魔法。


「えっ? 今、ジュリア様が使ったわよね?」

「…………あ、あり得ない。ど、どうやって」


 いくら思考しても、ジュリア様がどうやって氷属性の魔法を唱えたのか分からない。

 単純な好奇心が抑えられなくなり、俺は一歩また一歩と二人の下に足が進んでしまう。


「ちょ、ちょっと。見つかっちゃうって」


 ルーシーに止められたが、もう俺の頭の中はエリアスでいっぱいになっていた。

 あの年齢で私以上の魔法の錬度があり、ジュリア様に一発で複合魔法を教えた人物。


 確実に只者ではなく、できることなら……俺も指導してほしいと思ってしまった。

 宮廷魔術師長としてのプライドやメンツを考えたら、見ず知らずの男に教えを乞うなんて行為は取ってはいけないのだが、どうでもよくなってしまっている。


「ルーシーも一緒に行こう。こうして見ているだけじゃ分からないし……俺はエリアスと手合わせしたくなっている」

「私も手合わせはしたいけど、単純に二人の邪魔していいの?」

「悪い虫が寄り付かないように見張ってたんだろ? なら、邪魔をするのが正解だろ」

「いや、普通にエリアスが『悪い虫』かどうかが疑問なのよ」


 未来の英雄であることは間違いなく、エリアスはジュリア様にふさわしい人物であると、短期間で確信しているが……。

 そんなことはどうでもよく、単純にエリアスと手合わせし話がしてみたい。

 

 自分の欲が抑えきれなくなったアルバートは、ルーシーと共にジュリアとエリアスの下に向かった。

 その結果、ジュリアからは嫌悪の目で見られ、エリアスには魔法でこてんぱんにやられるのだが……多重複合魔法なる未知の魔法を見ることができ、アルバートは非常に満足のいく時間を過ごしたのだった。




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