第72話 好カード


 試合前の独特な緊張と高揚。割れんばかりの歓声。

 まさか私が再び表舞台に立つことになるとは思っていなかった。


 担ぐように握っていた聖剣がズシリと重くなったような気がする。

 ――ああ、分かっている。全ては私にこの聖剣を託してくれたエリアスのために。


 聖剣と会話するように握り直してから、正面に立っている対戦相手と向き合う。

 金髪の爽やかな見た目をした男。


 雰囲気はチャラチャラしているが、長年剣を振ってきていることは腕を見れば分かる。

 二本の剣を持っており、珍しい双剣使い。


 双剣使いとは初めて戦うが、何も心配することはない。

 エリアスから託された聖剣を使いこなすため、私は鍛練を積んできたからな。

 断言できるが……今の私は王国騎士団で団長をやっていた頃よりも強い。


「それではトーナメント一回戦を始める。ティファニーとエドワード。準備はいいか?」

「私はいつでも大丈夫です。どうぞお手柔らかにお願いしますね」

「私もいつでも大丈夫だ。こちらこそよろしくお願いする」


 軽い挨拶をした後、対戦相手であるエドワードと握手を交わした。

 やはり腕は鋼のようであり、片手で剣を扱えるように徹底的に鍛えられている。


 予選の相手ははっきり言って物足りなかったが……この相手は楽しめそうだ。

 口角が上がるのを抑えられず、悪魔のような笑みを浮かべているのが自分でも分かる。


「それでは――始めッ!」


 合図と同時に、私もエドワードも動き出した。

 様子見してくると思ったが、ガンガン仕掛けてくるタイプのようだな。


 激しい斬り合いは望むところ。

 力でごり押してやろうと思ったのだが……エドワードは剣をぶつける前にスキルを発動させた。


「【微風円舞脚】【双刃斬】」


 踊るような足捌きに、二本の剣から放たれる斬撃の衝撃波。

 私に近づかせない戦法のようで、想像していた以上に厄介。


「わざわざ近づかないですよ。このまま一方的に倒させて頂きます」

「小賢しい戦法だな」

「なんとでも言ってください。普通に戦っても勝てますが、トーナメント戦はいかに体力を残すかが大事ですので」


 余裕そうな表情で笑うと、剣を振るスピードを速めてきた。

 剣士と戦っている感覚はなく、魔法使いと戦っている感じだな。


 もっとバチバチの斬り合いができると思ったのに……期待外れもいいところ。

 【双刃斬】を食らうことはないが、このまま一方的に攻撃を受けていたら時間切れで私の負けとなる。


 まずは間合いに入らないと話にならないため――鬼ごっこからスタートだな。

 ふふふ、鬼ごっこならばエリアスと散々やってきた。


 私がまだエリアスのことを馬鹿息子だと思っていたときのことを懐かしみながら、聖剣を盾にしながら一気に間合いを詰めていく。

 軽やかなステップを踏みながら私を外そうと動いているが、私は脚力にも自信がある。


 エドワードがスキルを使って軽快な動きを見せる中、私は脚力だけでその軽やかな動きについていった。

 筋肉だけで無理やり自由自在のステップに合わせ――そして、あっという間にエドワードを捉えた。


「エリアスはもっと必死に逃げていたぞ」

「――くっ、化け物染みた速度――ですね!」


 ここまで一方的に攻撃されていた分を返すために、渾身の一撃をエドワードにぶつける。

 大振り且つ、見え見えの攻撃だったため、二本の剣で完璧にガードをされたのだが……。


「――ちょっ!? 重……すぎやしませんか?」


 完璧にガードしたのにも関わらず、威力を殺しきれずにふっ飛んだエドワード。

 地面を転がりながら何とか受け身を取ったようだが、その表情からは余裕が消えていた。


「まだまだいくぞ。あと何発耐えられるかな」


 私は一つ笑ってから、倒れているエドワードに攻撃を仕掛けにいった。

 ギリギリで立ち上がってガードを行ってきたものの、ガードを行う度にふっ飛んでいる。


 攻撃に移る余裕などないようで、せっかくの双剣がガードのためだけのものになってしまっている。

 私は一発斬り込むごとに出力を上げていき、五回目を斬った時には……エドワードの表情は怯えきっていた。


「こんな重くて鋭い一撃を受けたことがありません! あなたは……一体何者なのですか?」

「オールカルソン家に勤めるただの使用人だ」


 そう返事をしながら振り下ろした聖剣により、エドワードが持っていた二本の剣はコロシアムの端まで吹っ飛んでいった。

 そして無手となったエドワードの首に聖剣を当てると、両手を挙げて降参の言葉を告げた。


「――参りました。ここまで何もさせてもらえなかったのは初めてですよ。……完敗です」

「そこまでッ! 勝者は――ティファニー!!」


 審判によって勝者がコールされたことで、今日一番の歓声がコロシアム中に響いた。

 どうやらエリアスも見ていてくれたようで、歓声に混じってエリアスのはしゃいでいる声が聞こえる。


 ……この凄まじい歓声の中、エリアスの声を聞き分けられるとか気持ち悪いな。

 自分でもそう思いながら、私は手を挙げて歓声の声に答える。

 その後エドワードを起こし、固い握手を交わしてから控え室へと引き上げたのだった。




※     ※     ※     ※




 いやぁ……凄まじかったな!

 つい大声を上げてしまったし、身を乗り出して応援してしまった。


 結果だけでいえば、試合前の予想通りティファニーの圧勝だったのだが……最序盤はエドワードが押していたということもあって、見ているこっちはハラハラした試合展開だった。

 【双刃斬】は『インドラファンタジー』でも使ってきた厄介なスキルで、【微風円舞脚】と組み合わせると対応するのが面倒くさくなる。


 エドワードがこの二つのコンビネーションを使ったことにも興奮したが、この厄介なスキルを単純な脚力で捻じ伏せたティファニーには俺も大声を上げてしまった。

 その後はエドワードが防戦一方となり、聖剣による連撃で完勝。

 トーナメント戦ならではの非常に見ごたえがある試合に大満足。


「流石はティファニーさんでしたね。強いとは思っておりましたが、圧倒的にでしたね」

「あんな人に指導してもらっているのは幸せなのかもしれない」

「確実に幸せだろうな。今すぐ会いに行って褒め称えたい気分でいっぱいだ」

「ふふっ、エリアス様も珍しく興奮なさってましたもんね。私も声が出てしまいましたが」

「私も声が出た。あの試合内容は誰だって声が出る」


 三人で感想を言い合いながら、デイゼンの試合結果を確認するため訓練場の方へと向かう。

 ティファニーが早めに終わらせてくれていたし、試合が長引いてくれていれば見られるのだが……俺のそんな願いは叶わず、訓練場の方から歩いてくるデイゼンの姿が見えた。


「あっ、デイゼンさん! もう試合は終わってしまわれたのですか?」

「おー、もう終わったぞい。お主たちはティファニーの方を見ておったのか?」

「ああ。デイゼンの方の応援も行きたかったんだけど、流石にエドワード対ティファニーは見たかった」

「その選択は正解じゃったな。ワシのとこは不戦勝じゃった。試合開始と同時にアーシュラの奴が棄権しおったんじゃ」

「棄権? 予選なしのシード選手が棄権とかあり得るのか?」

「詳しいことはよく分からんが……恐らく任務か何かが関係しておるんじゃろう」

「任務? 任務って何ですか?」

「グルーダ法国から任務が言い渡されるんじゃ。内容については分からんが……ワシと戦いたそうにしていたことからも、任務があるから棄権しなくてはならなかったんじゃろう」


 ヴィンセントやシアーラのような裏の連中は任務で動いているのは知っていたが、表も任務が言い渡されるのか。

 初めての情報に色々と聞きたくなってくるが……残念ながら、今は長話をしている時間がない。


 次はコロシアムで俺の試合があるため、デイゼンの試合が終わっているとなれば準備をしておきたい。

 控え室でジュリアと接触も図りたいしな。


「その任務について詳しく聞きたいところだが……そろそろ俺の試合が始まってしまうから後で聞かせてくれ」

「おー、次はエリアス様の試合なんじゃな! 相手は確か……この国の皇女様じゃったか。ワシもしっかり見させてもらうぞい」

「ああ。応援してくれると助かる」

「ティファニーさんとも合流して、四人で応援させてもらいます! ……ただ、デレデレはしないでくださいね」

「す、する訳ないだろ」


 ジト目で見てきたクラウディアにそう言ってから、俺は一人で選手控え室へと向かうことにした。

 ジュリアと話すのも楽しみだし、戦うのも楽しみだな。

 俺はワクワクしながら選手控え室へと向かった。


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