第73話 皇女
早めに選手控え室に来てジュリアを待っていたのだが、皇女様ということがあってか控え室には姿を現さなかった。
色々と話すことを決めていただけに残念だが、冷静に考えたら……まぁ普通は来ないよな。
試合の時間になったため、俺は選手控え室からコロシアムへと向かう。
ドラグヴィア帝国の皇女様が戦うということでこの戦いは注目されており、ティファニーVSエドワードと同じくらい観客が沸いている。
ただ、俺に対する注目はゼロ。
オールカルソンという有力貴族の出ではあるが、帝都ではそこまで名が知られている訳ではない。
それにジュリアと違って大した実績を残した訳でもないし、かませ犬ぐらいにしか思われていないだろう。
まぁそれぐらいの注目度の方が気は楽だからいいんだが。
先にコロシアムに出てきた俺は、軽い準備運動をしながら待っていると、反対側からシルバーのフル装備で姿を表したジュリア。
割れんばかりの大歓声が巻き起こり、ジュリアはその歓声に手を挙げて答えている。
ヘルムだけは身に付けていないため、顔はハッキリと見えるのだが……クラウディアに負けず劣らずの超が付くほどの美人。
綺麗な黒髪の長髪で鼻筋は高く、目は大きく若干のつり目。
『インドラファンタジー』で見た通りの、気品高い正統派美人。
もしここで俺がジュリアを負かすようなことがあれば、完全なヒールとして名を轟かすことになるだろう。
悪役貴族であるエリアス・オールカルソンなのだから、嫌われるのが当然な部分があるのだが……。
できることなら、嫌われたくないな。
「初めまして。ジュリア・エリザベス・ベル・ドラグヴィアと申します。どうぞお手柔らかにお願い致します」
「ああ。俺はエリアス・オールカルソンだ。実は初めましてじゃないんだけど……覚えていないか?」
俺がそう言葉を返すと、可愛らしく小首を傾げたジュリア。
『スペイス』での出来事は一瞬だったし、俺のことはほとんど見ずに出て行ったから記憶にないようだ。
「申し訳ございません。一度お会いした方ならば、基本的に忘れないのですが……」
「数日前に『スペイス』で武器を見ていなかったか? その時に声を掛けさせてもらったんだが」
「あっ!? 顔を隠していたのに、わ、私だとお気づいた変態……?」
「へ、へんたい!?」
まさか変態だと思われているとは思っておらず、すっとんきょうな声を出してしまった。
いや……確かに手だけでジュリアだと気づいたのだから変態か。
変態だと思われて逃げられていたとは、結構ショックだ。
「まさか神龍祭の出場者だとは思っていなかった。……本当は初戦でいい感じに負けようと思っていたのだが、変態が相手となれば――私に近づいたらどうなるかを教えないといけない」
「ちよ、ちょっと待ってくれ! 何か誤解をしている」
100%誤解をされているのだが、ジュリアの目は完全に変態を見る目に変わっている。
話すのをあれだけ楽しみにしていたのに、まさか変態と思われたまま試合に臨むことになるとは思っていなかった。
何とか言い訳をしようとしたのだが、俺が言い訳の言葉を述べる前に審判がやってきてしまった。
弁明の時間がほしかったのだが、そんな時間をもらえることなく、ルール説明が始まってしまった。
「エリアスとジュリア様で間違いないか?」
「ええ、間違いございません」
「あ、ああ。俺がエリアスだ」
「へー。……変態の名前はエリアスと」
ジト目で変態と言われる度に、心臓がグサグサと刺されるような痛みに襲われる。
「相手が降参を宣言するか、戦闘の続行が不可能と判断されるまで戦ってもらう。基本的に何でもありだが、殺してしまわぬようにだけは注意をしてくれ」
「分かりました。殺さぬようにしっかりと加減致します」
「……ああ。ルールは大丈夫だ」
「それでは両者位置についてくれ」
言われるがまま定位置についた。
ジュリアは宝刀を抜くと、ゆっくりと構えた。
気品さと美しさを兼ね備えており、非常に絵になる立ち姿だが……その目は変態を成敗するという強い覚悟を感じる。
こんなはずじゃなかったんだけどな。
俺は一つ大きくため息を吐いてから、剣を抜いて構えた。
「それでは本戦一回戦——始めッ!」
そんな審判の合図により、ジュリアとの試合が開始された。
※ ※ ※ ※
行きつけの『スペイス』で声を掛けられた。
長年通っていたが、顔を全て隠しているということもあり、店主にすら私が皇女であることは気づかれていなかったのだけど……店に入ってきた一人の男の客。
そんな見知らぬ男の客に――急に私の名前を呼ばれたのだ。
なぜ気づかれたのか疑問であり、今日まで恐怖すら覚えていたのだが……その相手がこうして目の前に現れた。
思っていたよりも若くはあったが、常にニヤニヤとしていてみるからに変態そうな見た目。
顔を真正面からしっかりと見ても見覚えがなかったことから、あの時はストーキングでもされていたのだろう。
名前はエリアス。エリアス・オールカルソン。
わざわざ自ら、あの時の変態と名乗り出るとは……やはり変態の考えることは分からない。
どれだけの変態であろうが、こうして剣一本で向き合っている状況ならば怖くはない。
私を付きまとったことを絶対に後悔させてやろう。
「それでは本戦一回戦——始めッ!」
審判の試合開始の合図と共に、私はエリアスに向かって斬りかかる。
そんな私に対し、エリアスはじっと見つめたまま動かない。
動きを読まれているような嫌な気分に陥るが、変態特有のいやらしい目を向けられているからそう感じるだけ。
単純な剣術ならば、帝国騎士団の副団長とだってやりあえる力を私は持っている。
そんな私の剣技を――この変態が受けきれるはずがない。
そう強い確信を持って、エリアスに向かって剣を振り下ろしたのだが……私の剣は楽々と受け止められた。
そこから更に連撃を浴びせたものの、どんなに速く、どんなにフェイントをかけ、どんなに緩急をつけても、エリアスは難なく受け止めてきた。
その表情には余裕すら見えており、変態に弱いと思われている思うと――恥ずかしいやらムカつくやらのぐちゃぐちゃな感情が渦巻く。
「やっぱりジュリアは凄いな。指導を受けていないのに、ギーゼラ並みの剣技だ」
「気安く名前を呼ぶな! この変態めっ!」
エリアスは変態であることは間違いないが、それと同時に強者であることもこの短い時間だけだか分かった。
本来なら目立たないためにも、ここで負けるのが無難な選択なのだけど……あれだけの啖呵を切った以上は負けられない。
この目立つ場所で奥の手は使いたくなかったのだけど、エリアスを倒すためなら仕方がない。
私は剣を片手で握り、フリーにさせた手で魔力を練る。
「【エアロブラスト】」
剣でしか戦えないと思っているであろうエリアスに、私は中級魔法を叩き込んだ。
不意を突き、近距離からの中級魔法。
それなりの強さを見せていたエリアスだったが、流石に対処できる訳がない。
私は審判の方を向き、試合終了の宣言を行うように促したのだけど……一向に試合終了を告げない。
不思議に思い、審判の視線の先にいるエリアスに目を向けると――そこには無傷のエリアスが立っていた。
どう対処したのか分からないけど、【エアロブラスト】を食らった様子はなく、驚いている私に向かって余裕の笑みを見せてきた。
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