第70話 本戦開始


「何なの!? 本当にありえないッ!!」


 机を思い切り蹴り上げる音が響き、その後すぐにベアトリスは蹴り上げた足を押さえて悶絶し出した。

 シアーラはそんなベアトリスを見下ろしながら、呆れた表情でため息を吐く。


「机に当たっても仕方ない。私達だけでやらないと」

「何を達観しているのよ! 協力しないとかありえないでしょ! しかも、聞いた? 『他の任務で来てるから無理』だって! 私は第四席次で、アーシュラは第六席次よ!? ちやほやされているからって調子に乗ってるでしょ! あの馬鹿女!」

「他の任務っていうのが気になる。アーシュラは何の任務で来たの?」

「知らないわよ! んもー、どうするのよ! イライラするから……神龍祭が行われているところを襲撃する? アーシュラの任務とやらも邪魔できるし一石二鳥でしょ!」

「目立つ行動は駄目。確実に怒られる」

「別にいいわよ! 元々はあんたのせいでドラグヴィア帝国まで来させられているんだし。失敗しようが関係ないわ!」


 無茶苦茶なことを言いだしたベアトリスに対し、シアーラは呆れることしかできない。

 ヴィンセントは色々と細かくて面倒くさいとシアーラは常々思っていたが、こうして別の人間とバディを組んで一番痛感したことはヴィンセントのありがたさだった。


「私達は失敗。アーシュラは任務達成。また馬鹿にされるけどいいの?」

「…………なによ。喧嘩売ってんの?」

「売ってない。またアーシュラに馬鹿にされると思っただけ」

「…………それは癪」

「とりあえず、アーシュラが何の任務で来ているかを調べる。任務次第では、その任務の騒ぎに乗じてこちらも任務を遂行する」

「……へぇー、なるほどね。アーシュラを利用するわけ?」

「そう。馬鹿にされた借りを返す」

「それは中々面白いわね! いいわ、それなら手伝ってあげる」


 何とかベアトリスをやる気にさせることに成功したシアーラ。

 ホッと息を吐いたが問題はここから。

 どうやってアーシュラの任務内容を調べるかを考えなくてはいけない。




「はい。ザッとこんなもんよ!」

「凄い。流石は第四席次」

「でしょ? そこらの雑魚とは人としての性能が違うのよ!」


 無い胸を張っているのはベアトリス。

 どうやってアーシュラの任務を探るか手をこまねいていたのだが、ベアトリスが隠密行動を取ったことで、あまりにもあっさりと調べることに成功した。


 認識阻害ローブの能力もあるが、それだけではない。

 ベアトリスは忍の一族の末裔であり、認識阻害ローブがなくとも気づかれないほど隠密技術に優れている。

 普段の態度が態度だけに、これまで一切尊敬の念を抱いていなかったシアーラだったが、この隠密技術は素直に関心するほど凄まじかった。


「それで……アーシュラの目的は何だった?」

「皇女の暗殺。ドラグヴィア帝国の皇女は凄まじい才能の持ち主らしくて、直々の王命みたいよ。法王はドラグヴィア帝国の皇女のことを大分恐れているみたいで、【毒猿】までここに連れて来ているみたいよ」

「えっ? 帝都に【毒猿】がいるの?」

「神龍祭の試合に乗じて【毒猿】に襲撃させるらしいわ。アーシュラと当たった時か、皇女が負けそうになった時に動くって」


 【毒猿】というのは第十席次から落ちた者の総称であり、法国では使い捨ての道具として扱われている。

 ちなみに名前についている『毒』というのは、失敗したら歯に仕込んでいる毒薬で自殺しなくてはならないことからついている。


「なら、私達は皇女の動きにだけ注目して、【毒猿】が動いたところに合わせてエリアスを誘拐しに動こう」

「OK。ふふふ、退屈な神龍祭が少しだけ楽しみになってきたわ! 利用されたと知ったら……アーシュラの奴、一体どんな顔をするかしら」


 上機嫌なベアトリスに対し、一切油断をせずに思考し続けるシアーラ。

 仮に完全に出し抜けたとしても、相手はヴィンセントを殺したエリアス。


 油断できない相手であることは、シアーラが一番よく知っている。

 作戦決行は完全にトーナメントの運次第なため、シアーラはいつでも戦えるように準備を行うのであった。




※     ※     ※     ※




 予選が終わり、今日からいよいよ本戦であるトーナメントが開始される。

 俺もクラウディアもギーゼラも予選を無事に突破しており、上位64人に残ることができた。


 ちなみにティファニーとデイゼンも予選を突破したようで、昨日こっちで初めて顔を合わせた。

 そして改めて一つ気づいたのだが、俺が思っていた以上にこの二人は有名だと言うこと。


 クラウディアとギーゼラも容姿で男の視線を集めるのだが、ティファニーとデイゼンは男女問わず注目を集めていた。

 ティファニーはナイルス聖王国騎士団の元団長。デイゼンはグルーダ法国の元第五席次。


 肩書きは貴族の使用人をやっているのがおかしいぐらいだし、有名なのは当たり前といえば当たり前。

 というか完全に忘れていたのだが、デイゼンはグルーダ法国出身なんだよな。


 ヴィンセントに襲われた訳だし、グルーダ法国について色々と教えてもらってもいいかもしれない。

 『インドラファンタジー』でも謎に包まれた大国って情報しかなかったし、グレンダールに戻ったら教えてもらうとしよう。


「あっ、エリアス様! もう来ていたんですね!」

「ああ。ギーゼラも来ているぞ」

「じゃあ、私が一番最後だったんですか。……それでギーゼラはどこに?」

「忘れ物をしたとか言って取りに行った。多分もう来る」


 そんな話をしているとギーゼラも丁度戻ってきた。


「待たせてすまない。もう準備バッチリだ」

「それじゃコロシアムに向かうとしようか。多分、もうトーナメント表が貼り出されていると思う」

「エリアス様、ティファニーさん、デイゼンさんとは早めに当たりたくないですね」

「……ん? 私とは早めに当たっていいのか?」

「もちろんです。ギーゼラとは早めに決着をつけたいので!」

「ふふっ、面白いな。私も望むところだ」


 早くも火花を散らしているクラウディアとギーゼラ。

 俺はそんな二人を見ながら、初戦の相手が誰かを考えながら歩いていると……あっという間にコロシアムへと辿り着いた。


「あの大きな掲示板に貼り出されているのがトーナメント表ですかね?」

「多分そうだと思う。見に行こうか」


 少し早足で掲示板へと向かい、対戦相手の確認を行う。

 端から順に見ていったのだが、俺の名前は一番端の次に書かれていた。


 そんな俺の初戦の相手は――ジュリア・エリザベス・ベル・ドラグヴィア。

 ドラグヴィア帝国の第一皇女であり、『スペイス』で見かけた人物。


 話がしたかったため、トーナメントで当たりたいと思っていたが……まさかの初戦から当たるとは思っていなかった。

 流石にこれは――あまりにも運命的。


 興奮を抑えられず、思わずニヤついてしまう。

 今からジュリアと何を話すか、考えておくとしよう。


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