第69話 運命の分かれ道


 ノンソーが部屋から出て行き、アダムと二人きりとなった。

 いきなりカンチョーから入ったからアレだが……よく見るとかっこいいな。


 年齢は三十代中盤くらいで、黒髪のイケオジって感じの見た目。

 筋肉もかなりついており、服装はだらしなく見えるが清潔感があるから見た目の不快感がない。


「……なんでジッと見たまま黙ってんだ! もしかして……そっちの気があって二人きりになったとかじゃねぇだろうな! 俺はノーマルだから無理だぞ!」

「違う。俺はおっさんなんかに興味はない。というか、会ったばかりでよくそんなことを言えるな」

「俺はなんかそっちの人間から好かれるからなぁ! 急に二人きりになりたいとか言い出したから勘繰っちまった」


 ガハハと笑いながらそう言ったアダム。


「なんでもいいが、俺も男には興味ないってことだけは伝えておく」

「それなら良かった。んじゃ、俺に用って一体何なんだ?」

「アダムには妻がいるだろ?」

「は? 俺は独身だが?」

「……あれ、まだ結婚はしていないのか。なら、好きな人はいるだろ?」

「そりゃあもちろん! 手では数えきれないぐらい好きな人がいるぜ?」


 またしてもガハハと笑い、アダムは誤魔化すようにそう答えた。

 まだ結婚していなかったとしても、既に愛し合っている可能性は非常に高い。


「誤魔化さないでいい。教国の王女と親密な関係なことは知っている」


 笑っているアダムに俺がそう告げると、一瞬で真顔になったアダム。

 その表情の変化が非常に怖い。


「……なんでそのことを知っている? お前は何者だ?」

「なんでって言われても、普通にローゼルに教えてもらった。英雄アダムと教国の王女はできているって」

「――チッ、あの糞ババア。どこで嗅ぎつけやがったんだ。つうか、ベラベラと喋ってんじゃねぇよ」


 アダムはぶつぶつとローゼルに対する恨み節を唱え始めた。

 何にも関係ないローゼルを悪者にしてしまって申し訳ないが、我ながらいい誤魔化しができたと思う。


「やっぱり王女様といい関係なんだな。結婚はもう考えているのか?」

「なんで会ったばかりのお前に話さなくちゃいけねぇんだ」

「減るものでもないしいいだろ。ちなみに、俺は近々結婚することも知っている」

「……変な奴だな。とりあえずこの王命を成功させたら、王に伝えるつもりでいるぜ?」

「そうか。てことは、もう動き出してもおかしくはないな」


 アダムの“妻”である王女が攫われるため、結婚してしまうとどのタイミングで攫いに来るのか不透明。

 怪しまれることも踏まえるともう少し様子見しておきたかったが、ここは隠さずに告げた方がいい。


「動き出す? お前はさっきから何を言っているんだ?」

「戯言だと思ってもらっても構わないが――王女は近い内に魔王の手先に攫われる。だから十分に注意してほしい」

「は? 魔王軍に攫われる? なんでだよ」

「理由は分からない。ただ、王女は確実に攫われる」

「本気で意味が分からねぇな。俺と話したいと言い出したと思えば、急に王女が攫われるって信じられねぇだろ」

「だから言っているだろ。戯言だと思ってもらっても構わないって。とにかく……宮廷魔術師のオーウェンには気を付けろ。魔王軍と繋がっているからな」


 教国には他にも魔王の手先の者が五人ほどいるのだが、名前持ちはオーウェンだけ。

 全員が宮廷魔術師として潜り込んでいるため、このことさえ伝えておけば十分だろう。


 これで攫われたとしても……今の俺にやれることはやった。

 情報を持っていながら、愛する人を守れなかったアダムが悪いと言える。


「オーウェンって言えば教国最強の魔術師。そいつが魔王と繋がっている?」

「後は自分で調べてみてくれ。オーウェンの部下の方を調べればボロが出るかもな。それじゃ俺からの話は以上だ」

「話したいことってこれだけか? 本当に訳が分からないんだが!」

「いや、分かるだろ。アダムにとっての大事な人が攫われてしまうことを教えてあげた。それだけだ。とりあえず……待たせている人もいるから俺はもう行く。神龍祭で当たった際はよろしくな。手加減をするつもりはないから」

「誰が誰に手加減するって言ってんだ! 未だに理解が追い付いていないが……ありがとうでいいのか?」


 困惑気味のアダムに親指を立てて返事をし、俺はアダムの部屋を後にした。

 伝え方のせいで変人に思われただろうが、これ以外に伝えようがないからな。


「あっ、エリアス! もう話は終わったんですかい?」

「ああ、話は終わった。俺はもう帰るからアダムによろしく」

「えっ、エリアスについて教えてくれるって約束は……?」

「また今度で。神龍祭が開催されている間は話す機会があるだろ」

「そりゃねぇでさぁ! 約束と違いやすぜ!」


 後ろで文句を言っているノンソーの言葉は無視し、俺は急いでクラウディアとギーゼラの下へと戻ることにした。

 寄り道してしまったし、恐らく待たせてしまっている。


 二人は見た目がいいから、目を離すと絡まれる可能性があるからな。

 少しでも早く二人の下に戻れるよう、俺は走って向かったのだった。




※     ※     ※     ※




「エリアスはもう帰っちまいやしたよ? 何の話をしたんですかい?」

「いや、よく分からねぇ。あいつ、一体何者なんだ?」

「あっしが知る訳ないでさぁ。というか、あっしが知りたいぐらいですぜ」


 部屋に残されたアダムとノンソーは、互いに首を傾げて見つめ合う。

 急に現れ、訳の分からない言葉を残して去って行ったエリアス・オールカルソン。

 いくら考えてもアダムは理解できない。


「エリアスが言うには、オーウェンが魔王と繋がっているらしい」

「オーウェン? オーウェンって言いやすと宮廷魔術師のオーウェンですかい?」

「ああ。気を付けろって忠告をしてきたんだが……」

「なんでエリアスがそんなことを知っているんですかい?」

「そこが謎だ。ただ、嘘をついているようにも見えなかった。……俺を惑わせるための言葉なのか、それとも本当にオーウェンが魔王と繋がっているのか」

「惑わせるためだとしたら、相当なやり手ですぜ! アダムさんが精神攻撃に弱いことを熟知してるってことでやすから」

「俺は精神攻撃に弱くねぇ」

「あんまり考えなくてもいいと思いやすぜ? あっしらですら知らない情報を、エリアスが知っているとは思えやせんから。きっとブラフでさぁ」


 アダムもそう思いたかったが、王女と親密な関係にあることを言い当てられている。

 エリアスはローゼルから教えてもらったと言っていたが、改めて考えてみるとサレジオ魔法学校に引き篭もっているローゼルがこの情報を知っているとは思えなかった。


「ただ、エリアスには知り得ない情報を言い当てられたんだ。だから、余計に気になってしまう」

「ん? 知り得ない情報ってなんですかい?」

「…………ノンソーには言えねぇ!」

「酷いでさぁ! またあっしだけ除け者にしないでくだせぇ!」

「近い内分かる。とにかく今は忘れて……教国に戻ったら、オーウェンについてを調べてもいいかもしれない。ノンソーも手伝ってくれ」

「……あっしを除け者にしておいて頼み事はするんですかい。まぁ雇われている身でやすから手伝いはしやすが」

「悪いな。信頼しているノンソーにも言えないことはあんだ」


 国に戻ったら調べるというとことで、エリアスの言葉はひとまず忘れることにした。

 なんにせよ、神龍祭に優勝して王命を達成しないと王女と結婚はできない。

 アダムは気合いを入れ直し、再び鍛錬へと戻ったのだった。

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