第40話 動き出す影


 静まり返った夜のバーリボスの街。

 今日はいつもの酒場ではなく、人目のない街の裏道で二つの人影。

 散歩をしている風ではあるのだが、足音は一切なく歩く所作一つを取って見ても鍛え抜かれていることが分かる。

 

「んで、潜入して五日が経ったがァ……さっさと経過の報告をしろ。俺ァ、ずっと待機で暇なんだよ。殺せるならさっさと殺して帰りてェ」

「ん。まだ早い。ローゼルについては調べ終わったけど、これからローゼルと戦っていた学生について調べる」

「あァ? なんで関係ねェ人間を調べようとしてんだァ……? 標的はローゼルだけだろォ」

「最近、ローゼルの周りをうろちょろしているから。……いや? ローゼルがその学生の周りをうろちょろしている」

「なんでもいいが……その学生とやらも殺っちまえばいいんじゃねぇかァ? 貴族殺したら騒ぎになりそうだがァ、見つかる前にズラかっちまえばいい」

「それでもいいけど、殺すにしてもまずは調べないと」

「いらねェだろ。強かったって言っても貴族のボンボンだぜ? 俺達の相手じゃねェ……」

「なら……明日決行?」

「ああ、侵入経路を教えてくれ。明日にでも暗殺開始だァ」


 物騒な会話をしている二人の姿だったが……。

 次の瞬間には二人の姿は闇に消え、何もない裏路地は恐ろしくなるほど無音となった。



 明るい日が差している昼のバーリボスの街。

 夜とは打って変わって賑やかであり、そんな大通りを黒いローブを着た男が通る。 


 誰一人として男には気づくことはなく、あっという間に男は大きな学校の前へと辿り着いた。

 そして厳重な校門の奥には学生服を着た女がおり、ローブを着た男を学校の中へと招き入れた。


「相変わらずセキュリティが緩々だなァ。こんなんじゃ何からも守れやしねェ」

「襲われる想定が一切ない。過酷な環境で育った私達からしたら考えれないけど」

「そう聞くと……なーんかムカつくなァ。いっそのこと、貴族のガキを皆殺しにしちまうか?」

「それやったら任務失敗。早くローゼルと例の学生を殺って逃げる」

「場所はもう割れてんのかァ?」

「ん。何か闘技場の裏手で例の学生と何かやってる。人気がないし、二人だけだからサクッと殺れる」

「そりゃあいいなァ。向こうから人気のないところに行ってくれたなら、昼間だろうが楽に暗殺できる」


 これから人を殺しに向かっている雰囲気ではなく、爽やかな天気にマッチした非常に明るい会話。

 完全な異物が入り込んでいるのだが、今は授業中ということもあってか、黒いローブの男には誰も気づいていない。


「前も来たから分かると思うけど、ここが闘技場。この裏にいる」

「ああ、気配で分かる。さて……サクッとやっちまうかァ」


 隠れながら闘技場の裏を覗くと、そこには標的であるローゼルの姿とローゼルと戦っていた学生の姿があった。

 こんなところで何をやっているのか分からなかったが、どうやらローゼルが回復魔法を教えているらしい。


 ただ一つ気になるのが、教わっている学生の方が偉そうということ。

 まぁローゼルだということを知らないだけ。黒いローブの男はそう解釈し、散歩するかのように二人に近づいていく。


 手には短剣が握られており、強い殺気を放っているが――気づく素振りも見せない。

 それもそのはずで、この黒いローブは超大国であるグルーダ法国が作り上げた魔道具であり、ローブを身に纏っている間は周囲の人間が認識できないようになっている。


 このローブさえあれば昼間であろうと暗殺が可能であり、どこからでも不意を突くことができる暗殺に持ってこいの代物。

 やりがいがないのだけがネックではあるが、老いぼれと貴族のボンボンを殺すのにやりがいなんてものは生まれない。


 黒いローブの男はローゼルの真正面から、その首元を斬り裂こうとしたのだが――。

 その隣にいる学生と目が合った……気がした。


 ここから男が取った行動は、暗殺者として培われた長年の勘。

 気づいていないローゼルへの攻撃を止め、学生の方を斬りにかかった。


 今回の暗殺の対象はローゼルであり、この学生は何の関係もないため、こっちから殺すというのは普通ならしないこと。

 ただ――男の勘が学生の方から攻撃しろと叫んでいる。


 こういった時に役に立つのは己の勘であり、そして振った短剣を学生に軽々と弾かれたことで……その勘が正しかったことを確信した。

 この学生が何者なのかは分からないが、只者ではないことだけは分かった。


「おい、坊主。なんで俺の一撃を止めれたァ?」

「そりゃ見えているから」

「ひゃっ!? だ、誰……!!」




※     ※     ※     ※




 翌日。

 俺は早速、アリスを尋ねて回っているという学生を見るべく、クラウディアの教室へと向かった。

 何故かアレックもついてきており、非常に鬱陶しい。


「エリアスさん、他クラスに乗り込みですか? 俺が先頭を切って特攻しますから何でも言ってください!」

「違うって言ってるだろ。アレックは教室で待っていろ。ついてくんな」

「そんな冷たいことを言わないでください! 俺はエリアスさんの行くところならどこへでもついていきます!」


 本当に鬱陶しい。

 もう面倒くさいため、完全にいないものとしてクラウディアのところへと向かった。


「エリアス様! 本当に来てくださったんですね。……ってあれ? 後ろの方はご友人ですか?」

「…………う、美しい。――って、ひゃ、ひゃい! エリアスさんの子分をやってるアレックです!」

「エリアス様の子分さん? ふふ、面白い方ですね!」


 アレックはクラウディアに緊張しているようで、顔を真っ赤にして直立不動状態になっている。

 まぁ絶世の美女だし、自然な笑みを見せるようになってからはその顔面の破壊力は何倍にも増した。


「全然面白くない。今じゃ子分とか言っているけど、アレックは俺をいじめてた張本人だからな」

「やっ、そ、それは……ほ、本当に申し訳な――」

「エリアス様をいじめていた? ……嫌いです。あっちへ行ってください」

「が、がーん……」


 笑顔から一転、冷たい視線を向けてそう言い放ったクラウディア。

 嫌いと面と向かって言われたアレックは露骨に落ち込み、肩を落として黙りこくってしまった。


 少しだけ可哀想な気がしないでもないが、鬱陶しいし黙っていてくれた方が好都合。

 その隙に、例の学生のことを聞こ――そこまで思考し、クラスの中をぐるりと見渡したところで、見覚えのある人物を発見した。


 ローゼルと同じく、絶対にこの学校に居てはいけない人物。

 聞かずとも分かってしまったが、念の為クラウディアに尋ねるとしよう。


「……クラウディア。例の学生について聞きたいんだが、端の席にいるあの女の学生か?」

「ええ、そうです。知っておられたのですか?」

「いや、転入生と聞いていたからな。あの学生だけ見覚えがなかった」

「なるほど。エリアス様は記憶も素晴らしいですね! 隣のクラスの人の顔まで覚えているなんて!」

「ま、まぁ……それほどでもない」


 適当に誤魔化したが、『インドラファンタジー』で見たことのある人物だから……なんて説明はできないからな。

 ただ、とりあえずこれで確定した。


 この女がローゼルを嗅ぎ回っていた人物であり、グルーダ法国の裏の第七席次シアーラ・ローレンス。

 『インドラファンタジー』で人気の高かった――物語の中盤以降に出てくる強敵だ。


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