第41話 特殊部隊


 シアーラ・ローレンス。

 グルーダ法国の特殊部隊に属しており、主に暗殺を得意とする人物。


 『インドラファンタジー』では、ドラグヴィア帝国第三皇子の暗殺を企むシアーラと、その暗殺を阻止する主人公という構造で戦うことになるのだが、顔が可愛いからという理由でプレイヤー人気の高かったキャラ。

 ただティファニーとは違って普通の悪人であり、顔以外は好きになる要素はないのだが……確かに容姿は可愛い。


 色白で銀髪のクールキャラって感じの見た目。

 ――って、今はそんなことを考えている暇はなく、グルーダ法国のシアーラが紛れ込んでいるということは、誰かを暗殺しようと企んでいるということ。


 ここには有力貴族の子供がたくさんいるし、誰が狙われてもおかしくはないのだが……。

 まぁ狙っているのは十中八九ローゼルだろう。


 自ら聞き込みとかもしていた訳だしな。

 普段はミスリエラ教国内の聖サレジオ魔法学校に籠っているローゼルが、何故か単身で他国にいるのだから、グルーダ法国としては狙わない手はない。


 ……というか、アリスとか偽名を使い、姿形まで変えているのに思いっきりバレているのはどうなんだ?

 不用心なローゼルに疑問を抱いてしまうが、俺がシアーラの存在を知っているのは大きなアドバンテージ。


 別にローゼルを守る義理はないのだが、昨日指導を行ってもらう約束をしたしな。

 まだ何も教わってはいないが、一応師匠だし守ってあげるとしよう。


「エリアス様……? ぼーっとしていましたけど大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。それよりありがとう。良い情報が得られた」

「いえいえ。エリアス様のお役に立てて良かったです!」


 笑顔のクラウディアに見送られ、俺は未だ放心状態のアレックを連れて教室を後にした。

 何か臭うとは思ったが、まさかグルーダ法国の暗殺者がいるとは思っていなかった。


 それともう一つ気になるのは、シアーラ一人だけだったということ。

 『インドラファンタジー』では二人一組で行動していて、グルーダ法国の裏の第八席次であるヴィルヘルム・ゴーランと一緒に行動していた。


 ヴィルヘルムは戦闘狂であり、そのイカレっぷりに『インドラファンタジー』をプレイしていた時は肝を冷やしたが、意外と弱点も多くて対応しやすい。

 流石にシアーラ単身で乗り込んでくるとは思えないため、どこかにヴィルヘルムがいると思うんだが、別行動を取っていると考えた方がいい。


 襲撃する時はヴィルヘルムと二人で来る。

 そう頭で理解し、いつ襲われてもいいように準備をしておこう。



「違ーう! 何度言ったら分かるのよ! 回復魔法を使う際は、魔力をこうぐるっとさせてボンとさせるの!」

「……言っている意味が分からん」

「なんでよ!? ちょっと腕を出しなさい! また実践してあげるから! ぐるっとさせてボンよ?」


 早速、今日から回復魔法の指導が始まり、ローゼルから魔法を教わっているだが……。

 ローゼルは教えるのが絶望的に下手。


 事あるごとに擬音で説明してくるため、何を言っているのかさっぱり分からない。

 こうやって色々な人に教わってみると、改めてデイゼンの凄さが分かる。


 デイゼンは分かりやすさにとことんこだわってくれており、魔法のまの字も知らない俺でもすぐに習得できたからな。

 最初の指導者がローゼルだったら、何も分からずに心が折れていたと思う。


 そんなことを考えながら、ローゼルの回復魔法を受けながら必死に体で覚える。

 何と言うか……ローゼルの回復魔法は俺の回復魔法とは治り方が違う。

 

 一箇所に集中した上で内側から治る感じであって、俺のは平面的で効率が悪いのかもしれない。

 これがローゼルの言うぐるっとさせてボンなのか。


「なんとなく分かったかもしれない。ローゼル、腕を出してくれ」

「え? 怖いから自分の腕で試しなさいよ」

「それじゃ合っているか分からないだろ。指導したいのは誰だっけ?」

「うぅ……私です。お願いします」


 俺はローゼルの腕を斬り、すぐに先程分かったことを試す。

 コントローラーを使ってもう一つの腕を動かす感じで、かなり難しいが……なんとなく要領は掴めた気がする。


「そうそう、そんな感じよ! 流石にやればできるわね!」

「こんな感じで合ってるのか。なら、後は数をこなせば習得できるかもしれない」


 回復魔法のコツを掴み、後は数をこなしてものにするだけ。

 ノリに乗ってきたところだったのだが――俺はこちらに近づく小さな気配を捉えた。


 もうかなり近くまで迫ってきており、近づいてくる者に気づかれないよう振り返ってみると……フードを被った男が角を曲がってきた。

 あの姿は間違いなく、ヴィルヘルム・ゴーラン。


 これから色々と対策を練ろうとしていたのだが、まさか今日の今日で動いてくるとは思っていなかった。

 まだ何も考えていなかったが――向こうがやる気ならやるしかないよな。


 俺が気づいていることにヴィルヘルムは気づいていない。

 身に着けているあのローブは、認識疎外が施されている魔道具。

 

 『インドラファンタジー』でも身に着けていたもので、魔力を目に集めて魔力越しでないと視認することができない。

 非常に厄介な魔道具なんだが、知っていればそう怖いものではない上に、気づかれていないという慢心からヴィルヘルムの攻撃も雑になるはず。


 そこを狙って、逆に一撃で仕留めてやる。

 一番隙が生まれるのは、攻撃を行う瞬間だからな。


 近づいてくるヴィルヘルムに全ての意識を割き、手元では適当に回復魔法を使う。

 模擬戦は何百回とこなしてきたが、対人相手の実戦はこれが初めて。

 それに相手が本気で殺しに来ていると分かると……かなり怖い。

 

「エリアス、違うわよ! もっとぐるっとさせてボンだって言っているでしょ!」

「…………ああ」


 回復魔法の方に全く集中できていないせいで、ローゼルは憤慨している様子。

 ただ、そのお陰で良いカモフラージュになっており、ヴィルヘルムは普通の足取りで近くまで寄り、そしてローゼルに向かって短剣を振り下ろ――そうとしたところで、急に方向転換し俺に剣を振ってきた。


 ローゼルに振り下ろしてくれていれば、一発で仕留められていたのだが……ガードを強制させられた。

 咄嗟の切り返しで俺を攻撃したのは、流石はグルーダ法国の裏の第八席次といったところだろう。


「おい、坊主。なんで俺の一撃を止めれたァ?」

「そりゃ見えているから」

「ひゃっ!? だ、誰……!!」


 ローゼルは叫んだ後、すぐに俺の後ろに逃げ隠れ、俺はヴィルヘルムの懐に潜り込んでローブを剥ぎ取った。

 これでヴィルヘルムの姿は丸見えとなり、目に魔力を帯びさせなくても視認することができる。


 ヴィルヘルムの後方にいるシアーラはローブを身に着けているが、魔法での攻撃を得意とするタイプだから気にしなくていい。

 俺が今相手にするべきはヴィルヘルムだけで、どれだけ早く仕留められるかが鍵となる。


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