第32話 悪魔の誘い
放課後。
約束していた校内の闘技場でエリアスを待っていると、少し遅れて姿を見せた。
隣には昼も一緒にいた彼女を連れており、その時点で余裕っぷりが分かる。
デートのついでにって感覚なのだろうが、すぐにその余裕の面を引き剥がしてやる。
…………というよりも、昼からずっと気になっていたが、あまりにも不釣り合いな二人だ。
彼女の方は超が付くほどの美人であり、対するエリアスは小太りで普通の顔立ち。
あれだけ強ければ、女の子の方から寄ってくるということだろう。
それにエリアスは聞いたところによると、かなりの名家らしい。
親の意向だけで決められた婚約者という線も考えられる。
それにしては自らを犠牲に守ろうとしていたし、彼女の方が随分とご執心な気がする。
「待たせて悪かった。……審判役は呼んでいないのか?」
「個人でやるだけの模擬戦だから、そこまで格式張ったのはいらないと思ったんだけど……必要だと言うならそっちの彼女にやらせてはどうだ?」
「“彼女”ではありません! 私はエリアス様の婚約者であり、クラウディアという名前がございます」
「言い直そう。“クラウディア”とやらにやらせたらどうだ?」
「いや、ギーゼラがいらないならいらないでいい。それじゃさっさと始めよう」
エリアスは適当にそう返事をしてから木剣を手に取ると、ゆっくりと構えた。
……やはり立ち振舞いが様になっていて、かなりの圧を感じる。
体型だけを見たら、全くもって動けなさそうなのにな。
「ルールはどうする? 魔法が得意なようだし、私は何でもありのルールでも構わない」
「いや、魔法は禁止にしよう。何かあったら危ないし……もう怒られるのは散々だ」
昨日のことで朝も叱られていたようだし、魔法は懲りている様子。
どうせなら魔法を使うエリアスと戦ってみたかったのだが、一方的にボコボコにすれば自分から魔法ありのルールを提案してくるはず。
まずは軽く勝利を収めるとしよう。
私も木剣を手に取って構える。
「私の方の準備は整っている。いつでも構わないぞ」
「それじゃ、金貨が地面に落ちたら試合開始で」
そう言うとエリアスはポケットから金貨を取り出し、指で弾いた。
弾かれた金貨が地面に落ちると同時に――私はエリアスに斬りかかる。
時間はかけるつもりはない。
【瞬脚】のスキルを使用し、間合いを詰めて叩き斬る。
不意も突いた完璧な一撃——だったはずなのだが、エリアスは余裕綽々の表情で私の一撃を受け止めて見せた。
……ふふ、やはり面白い。
ならば受け止められない速度、そして威力で斬るだけ。
更に【怪力】のスキルも発動させた上で、様々なタイミングで様々な斬り方で攻撃したのだが――エリアスは一切焦る様子も見せず、ただ淡々と私の攻撃を受け止めてきた。
完璧にタイミングを外したと思っても、まるで未来が見えているかのように余裕で対応してくるエリアス。
ここまで手応えのない相手は初めてであり、同時に戦いが面白くないと思ったのも初めて。
「……お、お前は一体何者なんだ」
「まだ何者でもないけど……強いて挙げるなら、ただの悪役貴族だな」
その返答と共に、ここまで攻撃を仕掛けて来なかったエリアスが攻撃を開始した。
受けだけが優れているのでなく、剣での一撃も鋭くて重い。
受け止める剣が毎回弾かれるなんてのも初めての経験であり、攻撃箇所を分かりやすく教えてくれているのに……ガードが追い付かない。
あっという間に体勢を崩され、強烈な突きをみぞおちに食らう。
一瞬呼吸が止まったが、まだ有効打としては一発。
あまりに苦しく、体を丸くさせたくなる気持ちを押さえ、必死に距離を取る。
このまま戦っても勝てないことは流石に分かる。
ただ、一発ぐらいは浴びせたい。
思考を勝利から一発浴びせることに切り替え、まずは呼吸を整える。
余裕からか追撃は仕掛けてきておらず、ゆったりと剣を構えたまま動かないエリアス。
ここで余裕を見せたことを必ず後悔させてやる。
恐らくエリアスは、模擬戦のトーナメントの時に私が戦っているところを見て、どう攻撃を行ってくるかを事前に調べてきている。
だから、常に先読みしているかのように立ち回られていた。
ならば……誰にも見せたことのない攻撃を行えば、エリアスにも一発浴びせることができるはず。
そうなってくると、先生を打ちのめした【速撃】からの【乱脚】のコンビネーションが一番無難。
――いや、それじゃ不意を突いたとしてもガードされる可能性がある。
ならば、実戦ではまだ使ったことがなく、練習でも成功率四割の【瞬撃】で確実に、そして致命的な一撃を浴びせる。
自然と速くなる呼吸を落ち着かせ、エリアスが間合いに入るのを静かに待つ。
半分諦めたような態度を見せ、エリアスの油断を誘い――間合いに踏み込んできた瞬間に全身の筋肉に力を込め、スキルを発動させた。
「――【瞬撃】」
完璧なタイミング。完璧な間合い。完璧な一撃。
成功率四割の壁を越えて全てが噛み合い、隙だらけのエリアスの土手っ腹に木剣を叩き込む。
下手すればあばらが数本折れる一撃だけど、真剣勝負だから仕方がない。
手加減は一切せずに打ち込んだ剣の手応えは抜群であり、メキメキという骨が折れる感触が手に伝わった――はずだったのだが。
「実際に受けてみると速いな。ガードが間に合って良かった」
エリアスは完璧なタイミングで放った【瞬撃】すら、飄々とガードしてみせた。
「な、なんで……今の一撃をガードできるんだ……?」
理解ができない。
攻撃した私ですら成功するか分からない一撃を完璧にガードできるこの男が。
その表情は笑顔であり、心の底からこの戦闘を楽しんでいる顔。
剣だけでも完敗しているのに、エリアスにはまだ魔法が残されている。
どんなに高く困難な壁であろうが、乗り越えられる。
……いや、乗り越えるまで挑む。
英雄伝に描かれているような英雄になると決めた日から、そう心に誓ったはずなのに……本能がエリアスには敵わないと認めてしまった。
心がポッキリと折られ、まだ模擬戦の最中なのにも関わらず、私は膝から崩れ落ちる。
もう立つことは難しいかもしれない。
まさかこんな形で両親の願いを叶えてしまうことになるなんて。
ただの遊びの一戦。たかが模擬戦。されど、私にとっては頂きには達することができないと分からされた一戦。
絶望にうちひしがれている中、そんな私に手が差し伸べられた。
手を差し出したのはエリアスであり、その表情は真剣そのもの。
「ギーゼラは最強になる素質がある。更なる高みを目指したいなら、俺の指導を受けてみないか?」
私と同年代の者が言い放ったとは思えない誘い文句。
普通の精神ならば突っぱねていたと思うけど……今の私にとっては神にも思えた救いの手。
見ようによっては悪どい貴族による、悪魔の誘い。
だけど、そんな悪魔からの手だろうと掴まなくては二度と立ち上がることは出来ない。
そう確信した私には、選択の余地などなかった。
「…………お願いします。私を最強にしてください」
エリアスの手を両手で掴み、すがるように懇願する。
この決断が吉と出るのか凶と出るのか。
今の私には――まだ分からない。
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